Episode.7

「なあなあ、そう言えば昨日さあ、面白いもの見ちゃったんだよね」


 ある日の放課後。


 教室で、リックンが意味ありげな笑みを浮かべながら突然そんな事を言い出した。


「え、なになに?」


 その話にすぐ食い付いてきたのはイッチーだ。


 二人は気が合うのか特に仲良くしている。


「面白いものって、どうせ大した事じゃないんだろ。なあ、アオ」


「うん、俺もそう思う」


 優音ゆうとが笑いながら同意を求めてきたので、蒼空そらも一緒に笑いながらそう言った。


「お前ら、ひっでなー。そういうセリフは人の話をちゃんと聞いてから言えよ」


「じゃあ聞いてやるよ。はは」


 既にスマホの画面に目を移している優音を横目に、リックンはようやく話し始めた。


「駅からの帰り道にさ、土手を通るんだけどその下に遊歩道があるんだよ。昨日、そこを隣のクラスの佐藤さとうが女の子と一緒に歩いてたんだ」


「うんうん」


「彼女、って事かな……?」


「まあ、彼女くらいいても別におかしくないよな」


 リックンはまだ教室に残っている他の生徒を気にする様にしながら、さっきよりも小声で続けた。


「その後そいつらさ、そこでキス!したんだぜ」


「えっ、マジで!?」


「ふーん、外でするってなかなか大胆だな」


 目を丸くして声を上げたイッチーとは対照的に、優音は特に驚いた様子も見せずスマホをいじっている。


 蒼空は段々と嫌な予感がしてきた。


 男同士ならよくある会話だろう。


 でも、蒼空は昔からあまりこういう話題が得意ではなかったので、反応に困り黙っていた。


 もし下手に何か言って逆に自分の事を聞かれるのも避けたかった。


「それにさ、キスしてるって事は多分……なあ?」


 リックンがニヤニヤしながらイッチーの方を見る。


 イッチーもその意味を察した様だ。


「絶対そうだよね。どんな子だった?」


「背が小さくて、かわいい感じの子だったよ」


「かわいい系かあ」


「あれ?そう言えば平山ひらやまってさあ、どんな女の子がタイプなん?」


「えっ、俺?」


 ほら来た。


 リックンにいきなり話を振られて、蒼空は答えに詰まった。


 何も言っていないのに結局こうなってしまったのか。


「言われてみれば聞いた事無かったよね。かわいい系?きれい系?好きな子いないの?」


 とどめにイッチーが無邪気な笑顔でぐいぐい迫ってくる。


「いや、あの……」


「そんな事よりさあ、先月みんなで行ったカラオケの前に潰れたコンビニあったじゃん?あそこ今新しくラーメン屋が出来てんの。知ってる?」


 蒼空が口ごもっていると、優音が横からスマホを机の上に置きみんなに見せた。


「全然知らなかったよ。えー行きたい行きたい」


「さっすが小花おばな!情報早い!今から行っちゃう?」


 二人の興味は、あっという間にラーメンに奪われた様だ。


 蒼空は、ほっと胸を撫で下ろした。


「残念。俺今日はちょっと用事あるから無理だわ」


「何だよ、小花から言い出しといて」


「また今度な。ほら、お前らそろそろ出ないと電車乗り遅れるぞ」


「あ、もうこんな時間だ。一本遅れると次待つの面倒だよ。早めに行こ」


 イッチーは慌ててリュックを背負うと、リックンの制服を引っ張った。


「ん、ちょっと待って」


 リックンも鞄を手にし、やっと椅子から立ち上がる。


「じゃあ、また明日ね。ばいばーい」


「じゃあな、ラーメンはまた今度絶対だからなー」


 二人はバタバタと慌ただしく教室を出て行った。


「まだ言ってるよ」


「あの、小花……ありがと」


「ん?何が?」


 優音はまたさっきと同じ様にスマホをいじりながら答えた。


「さっき、話題変えてくれて」


「あー、前から思ってたけどさ、アオってああいう話苦手だろ。顔に書いてある」


 蒼空は思わず自分の顔に手を当てた。


「えっ、顔に……えっ?」


「お前、分かりやすすぎ。いや、あいつらが鈍すぎるのか?」


 優音が笑いながら言う。


 蒼空は、普段から颯汰そうたに対して思っている事をそのまま優音に言われ、軽く衝撃を受けていた。


「アオは真面目すぎるんだよ。それもお前のいいとこだと思うけど、ああいう話は嘘でもいいから適当に流しときゃいいんだぜ」


「嘘、でも……?」


 ふと思った。


 蒼空の好きな人は颯汰だけだ。


 もし本当の事を言ったら、優音はどんな反応をするだろう。


 気持ち悪いと罵られ、軽蔑され、蒼空から離れていくだろうか。


 もう、友達ではいられなくなるだろうか。


 リックンやイッチー、みんなに言いふらされ、学校に居場所が無くなってしまうだろうか。


「どうした?」


 きっと、優音はそんな事をするやつじゃない。


 そう信じたい。


 信じているけど、でも……。


「ううん、何でもない」


 誰にも言ったらダメだという反面、誰かに話を聞いてもらいたいという気持ちも正直あったが、蒼空にはまだ話す勇気が持てなかった。


「なあアオ、今からチョコレートパフェ食べに行かね?」


「え、チョコレートパフェ?」


 突然話がチョコレートパフェに飛び、蒼空は首をかしげた。


「あっ、もしかして、さっき言ってた用事ってそれ?」


「いや、用事は予約してたゲーム取りに行く事だけど、近くの喫茶店ででっかいパフェ出してるとこあるから、ちょっと付き合わないかと思って」


「男二人で?」


「男四人よりゃマシだろ」


「まあ、そりゃそうだ」


 喫茶店の小さいテーブルで、男四人が向き合ってチョコレートパフェを食べている所を想像して蒼空は思わず笑ってしまった。


 颯汰は今日、会社の親睦会があるので夕飯は要らないと言っていたから、少し遅くなってもいいだろう。


「いいよ、行く」


「よし、決まりな。じゃあ行こうぜ」


「うん」


 いつか、優音にも本当の事を話せる日が来るのだろうか?


 迷惑はかけたくない。


 今はまだ、このままで……。

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