Episode.6
「うん、美味いよ」
「そうか、良かった。蒼空は小さい頃からハンバーグが好きだよなあ。この唐揚げも美味いから食べてみ」
颯汰は箸で唐揚げを一つつまむと、蒼空のご飯の上に置いてくれた。
「ありがと。じゃあ、ハンバーグもあげる」
「俺はいいよ。蒼空が全部食べな」
「いいから。ほら」
「……じゃあ、一口」
颯汰はハンバーグを箸で少し切り分け、口へ運んだ。
「うんうん。次はハンバーグもいいな」
「唐揚げもいい感じだね」
「なあ、蒼空」
「うん?」
「さっき一緒にいた子、もしかして彼女か?」
「ぶっ」
予想だにしなかった事を突然言われ、蒼空はもう少しで漫画みたいに吹き出してしまう所だった。
「おい、大丈夫か?」
「いや、大丈夫だけど……いきなりだな。え、何?見てたの?」
「見てた、と言うか……見えた?」
「違う違う。全然そんなんじゃないよ。ただのクラスメート。スーパーの前で偶然会ったからさ。ほら、電車通学で駅まで行くって言うから、同じ方向じゃん?だから、そこの交差点まで一緒にいただけ」
ぺらぺらと早口でまくし立てる。
自分でも何でこんなに喋ってるんだろうと、蒼空はふと思った。
「そっか、悪い。変な事聞いたな。昔さ、日曜日とかよく女の子が家に遊びに来てただろ?ちょっとそれを思い出しただけ」
「昔って……いつの話してんだよ。そんなの小学生までじゃん。大体あれは父さんが目当てで来てたんだから」
「ん?何だそれ」
蒼空が小学校に入学して、しばらく経った頃だった。
母親がいなかった蒼空は、学校で配られた授業参観のプリントを隠していた。
その時、祖母は病院通いをしていたし、仕事が忙しい颯汰の迷惑にもなるかと思ったからだ。
授業参観の日、友達はみんな教室の後ろに立っている母親に手を振ったり、何度も振り向いたりしている。
蒼空は、嬉しそうにしている友達を横目で見ていた。
その時だった。
廊下でバタバタと足音がしたと思うと、後ろの扉が開いた。
蒼空は驚きを隠せなかった。
息を切らしながら、颯汰が教室に入って来たのだ。
「あ、すみません」
颯汰は他の親に礼をしながら、きょろきょろと教室を見回している。
朝出て行ったままの格好だった。
きっと仕事を抜け出して来たのだろう。
蒼空は落ち着かず、後ろをちらりと見た。
颯汰と目が合う。
見つけた、という風に、颯汰は微笑みながら小さく手を振ってくれた。
突然颯汰が現れた驚きと、少し恥ずかしさもあったが、蒼空も手を振り返した。
すると、それを見ていた近くの席の女子達が蒼空に小声で話しかけてきたのだ。
「ねえ、あの人って蒼空くんのパパなの?」
「うん、そう」
「えー、かっこいい」
「背がすごく高いしテレビに出てる人みたい。うちのお父さんと全然違うよ」
入学式の時は遠くに住んでいる伯母が代わりに来てくれたし、違う幼稚園から上がってきて蒼空の父親を知らない子も多い。
いつの間にか蒼空の周りではちょっとした騒ぎになっていた。
「そう、かな……?」
颯汰はその時まだ二十六歳だったか。
口には出さなかったが、蒼空は幼稚園の頃から、どの友達の父親よりも颯汰が一番かっこいいと思っていた。
だから、友達に颯汰の事を褒められるとすごく嬉しかったのだ。
後から聞いた話だが、祖母が病院で会った知り合いからたまたま授業参観の話を聞き、颯汰に連絡したらしい。
小学一年生だった蒼空には、あの時教室に駆け込んで来た颯汰が何だか正義のヒーローか何かみたいに見えたものだ。
蒼空はニヤけた顔を友達に見られない様に必死で隠していた事を思い出し、自分でも少しおかしくなった。
「あれ?蒼空?」
「え、何?」
「急に喋らなくなったと思ったらニヤニヤし出して、どうしたんだよ」
「えっ、嘘」
「変なやつだなあ。早く食べないと冷めるぞ」
颯汰は笑いながら言った。
(そんなにニヤけてたかなあ……?)
蒼空はニヤけた自分の顔を想像しながら、冷めかけたハンバーグを口に入れた。
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