Episode.5

(これでよしっと)


 味噌汁が出来上がり、蒼空そらはコンロの火を止めた。


 しかし、颯汰そうたは風呂を洗うと言って部屋を出て行ったきり一向に戻って来る気配が無い。


 時計を見ると既に二十分近くが経っていた。


「父さん?」


 風呂場に向かって声を掛けてみたが、返事は無く静まり返っている。


 聞こえなかったのかと思い足を運んでみても、そこに颯汰の姿は無かった。


 見た所、風呂は洗い終わっている様だ。


 トイレも電気が消えていて、入っている様子は無い。


(もしかしたら……)


 蒼空には一つ、思い当たる事があった。


 階段を上り、二階に行く。


(やっぱり……)


 蒼空が思った通り、奥の部屋、窓の前に颯汰はいた。


 颯汰は昔から、時々こうやって星空を眺めている事がある。


 普段は蒼空に見せる事の無い、どこか物憂げで、悲しそうな表情。


 なぜ、そんな顔をするのだろう。


 その横顔を見ていると、蒼空はいつも、たまらなく切ない気持ちになるのだった。


 胸が痛い。


 蒼空はその場から離れようと、階段を下りかけた。


「蒼空」


 足が止まる。


 すぐには振り向けなかった。


「ごめん、呼びに来てくれたの」


「……うん」


「悪い、ちょっと遅くなっちゃったな。よし、食べよ食べよ」


 その表情は、もういつもの颯汰だった。


「……じゃあ、弁当温めるね」


 そう言って、蒼空もいつも通りの笑顔で返した。

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