Episode.3

 両手に買い物袋を提げ、スーパーを出た所で蒼空そらは同じ高校の制服を着た女子と目が合った。


「あっ」


「あっ」


 二人同時に声が出た。


 高校では席が隣同士のクラスメイトで、よく話す事もある横澤よこざわみおだった。


平山ひらやまくん。買い物?」


「うん。そっちは?部活の帰り?」


「そ。もしかして平山くんの家ってこの辺りなの?」


「うん。こっちちょっと行ったとこ」


「そうなんだ。あたし電車通学だから遠くて。いいね、学校近くて」


「まあな」


 駅は蒼空の家と同じ方向だったので、二人は話しながら一緒に歩き出した。


「それにしてもすごい荷物だね。あ、分かった。あれでしょ、お母さんのお使い」


「お使いって……。違うし。それにうちは母親いない……し……」


 しまった、と思って澪の顔を見ると、相手も同じ様な表情を浮かべていた。


「え、やだごめん。あたしって超イヤなヤツじゃんね」


「いや、今のは俺が余計な事言った」


 物心がついた頃から母親はいなかった。


 だから顔や声も全く憶えていない。


 写真すら一枚も無いので母親の事は全く知らなかった。


 颯汰からは蒼空が三歳の時に離婚した、とだけ聞かされていたが小さいながらに何となくその事に触れてはいけない気がして母親の話は避けてきた。


 一緒に暮らしていた祖母も三年前に病気であっけなく逝ってしまったが、結局最後まで母親の話を聞く事は無かった。


 友達に話して今みたいな空気になったり気を遣われるのもイヤで、学校でも知っているのは優音ゆうとくらいだ。


「ホント、気にしなくていい。他のヤツらに言わないでいてくれたらそれでいいから」


「うん……。分かった。絶対言わない」


「あー、今日は夕飯何作ろっかな」


 空気を変えようと、蒼空はわざと大げさに言ってみた。


「え、平山くんって料理出来るんだ?」


「まあ夕飯はいつも作ってるかな」


 小さい頃から祖母が料理する姿を見てきて、小学生になると色々な料理も教わってきた。


 颯汰は不器用だけどお前は何でも器用にやると祖母はよく褒めてくれたものだ。


「すごいじゃん。あたしなんてカレーも作れないよ。ねえ知ってる?料理って、実は女の人より男の人の方が上手いらしいよ。それでコックさんは男の人が多いんだって」


「何そのウンチク?ホントかよ」


「うん、多分」


「多分って」


「あはは」


「適当だなあ」


 二人で笑いながら歩いていると、交差点に差し掛かった。


「あたし駅だから、こっち。平山くんは?」


「俺こっち」


「じゃあ、ここまでだね。また明日ね。ばいばい平山くん」


「ん、じゃあな」


 ちょうど信号が青になった横断歩道を、澪は手を振りながら渡って行った。


 しばらくして蒼空の方も信号が青になったので、横断歩道を渡り切った時。


「蒼空!」


 突然後ろから名前を呼ばれた。


 振り向かなくても誰だか分かる。


 蒼空の大好きな、あの声だった。


「父さん。おかえり」


 信号が点滅して、赤に変わる。


 慌てて走ってきたのだろう。


「ただいま。蒼空も、おかえり」


 少し息を切らしながらそう言うと、颯汰は蒼空の左手から買い物袋をひょいっと取り、持ってくれた。


「ただいま。ありがと」


「うん。かえろ」


 二人は並んで家への道を歩き出した。

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