布団に沈む

 高一の秋、両親が他界した。事故だった。飲酒運転の車に巻き込まれて、二人とも私たちの前からいなくなってしまった。父は即死だったと聞いた。母はそうと聞いていないから、手当てが間に合っていればもしかしたら、なんていうのは、かれこれ数百回は考えた「もしも」の話。

 私には妹がいた。年の差は三つ。母方の祖父母は既に亡くなっていた。父方は祖母がまだ健在だったから、私は妹と共に祖母の家に住むことになった。

 高校卒業後の進路は、就職を選んだ。学費のことを心配しなかったと言えば嘘になるけど、大学に進学してまでやりたいことも特になかったから。私は自分の意志で、働くことを選んだ。祖母は奨学金で進学することを勧めてくれたけど、最後には「あなたがそう決めたなら」と背中を押してくれた。

 私とは反対に、妹には夢があった。国語科の教員になりたいと、いつだったか楽しそうに教えてくれた。なんでも、高校で出会った先生に憧れたのだとか。私には自分がやりたいことなんか分からなかったから、目を輝かせて未来を語る妹がとても眩しく見えた。私はこの時、妹には大学に行ってほしい、と思った。それを思うと、仕事だってより一層頑張れる気がした。


 結論から言えば、私は失敗してしまった。祖母は私の背中を優しく撫でてくれたけど、私は私が許せなかった。字を一つ間違えるのとは訳が違う。会議に遅刻する方が、良くはないけれど数千倍マシだ。

 私のせいだ。

 私のせいで、妹は夢を諦めてしまった。私のせいだ。

「お姉ちゃんのせいじゃないよ。ほら、教師って拘束時間長いわりにお給料安いんだって。『教員になるのは正直お勧めしません』って、何人も先生が同じこと言うから、なんか熱覚めちゃっただけ。目標もなく宙ぶらりんのまま就職したのは、お姉ちゃんだって一緒でしょ?」

 そうは言うが、私は妹が大学のパンフレットを捨てずに取ってあるのを知っている。だから、私のせいなのだ。

「だからお姉ちゃんはそんなこと気にしないでさ、今は自分のことだけ考えてて」

 そう言って、妹は今日も仕事に出る。昨日だってそうだ。きっと明日も。

「別に迷惑だなんて思ってないけど……じゃあさ、お姉ちゃんが元気になって仕事行けるようになったら、お婆ちゃん連れて三人で旅行しようよ。全部お姉ちゃんの驕りで。ね、良くない? そしたらその話はそこでおしまい。後でお礼してもらうんだから、今はこれで良いの」

 私が元気になったら。私が仕事に復帰したら。そんな話をする時、妹は楽しそうに笑う。いつか将来を夢見た笑顔とよく似た表情で、彼女は家を出る。

 今からでも遅くない。妹に夢を叶えさせてやりたい。大学に年齢なんて関係ないのだから。そのためにはまず、私が社会に復帰しなければならない。一日も早く。少しでも早く。

 早く、早く。早く。


 それなのに今日も、何もできなかった。

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