第3話 二回目の結婚記念日 その1
他の雌の臭い。
それは、あの時だけ感じたものだったんだろうか?
それとも私の単なる思い過ごしだったんだろうか?
そうだよね。電車の中で、満員電車の中でたまたま近くにいたのが女性だったのかもしれない。
雄也がそんなことするわけないじゃない。
――――そんなことって。
う・わ・き。
ないないだって雄也は私一筋なんだもん。プロポーズだって『生涯麻奈美のことだけを愛することを誓う』ってプロポーズしてくれたんだもん。
今日の私はおかしいんだよ。だからだよ。
そんな予感が当たらないことを心のどこかにひそめながら、その時は感じないようにした。
あれから一か月が過ぎた。
私のミスで愛子さんに代わって担当している作家。
多分彼の担当は、もう私のところには戻ってこないんだろうな。
愛子さんと
編集長もなんだか、安心しきっているかのように見えるほど、春日先生のことは愛子さんと言う繋がりで終息しているようだ。
でもあのミスは、私の痛恨のミスだ。
今更どうこういい訳も、言い逃れも出来ない。それにそれをいつまでも引きずっていること事態、私はまだまだ編集担当としては未熟者なのかもしてない。
だが、実際。いつまでも新人という訳にはいかない。この編集部に配属されてもう三年になる。もう三年も過ぎればある程度新人扱いはされなくなちゃうんだよね。
春日先生の担当は外れたままだけど、仕事量は前より倍増している。
新人作家さんのフォローや、コンテストの選考会。
構成さんとのやり取りと、作家先生とのやり取り。目まぐるしく忙しい日々が続いている。
それに引き換え、雄也の方はさすが大手の食品商社。たまに忙しいときもあるけど、なんかものすごく安定感を感じるんだよね。
そんな私だけが目まぐるしい日々を過ごしているかのような、気持ちを押し殺しながら、私達夫婦は。
結婚して二年目を迎えた。
二回目の結婚記念日に、私は雄也のためにサプライズを計画していた。
有休をとって、雄也の好きな料理を夕食までに間に合わせるように奮闘しながらキッチンに立っていた。
きっと雄也も喜んでくれる。
最近は忙しさにかまけて、ろくな料理も作っていなかった。それでも雄也は文句の一つも言わずに、いつも私にはあの笑顔を投げかけてくれている。
ああ、ホントに私は良い夫をもって幸せなんだ。そう心に埋め込みながらここまでやってきた。
何とか雄也が帰ってくる時間までに、料理は間に合わせることが出来た。
「まだ帰ってこないかな?」
後は雄也が「ただいまって」あのドアから入ってきてくれればすべてが整う。
それにね、もう一つあるんだよ。
結婚して二年。もうそろそろいいのかなって。
貯蓄もこの二年間。二人で頑張って溜めた。
それにね。結婚記念日って、私の誕生日なんだよね。
で、今日めでたく私30歳になちゃったんだよね。それを思うともう私”おばさん”って呼ばれちゃう年なんだよね。最も25すぎりゃ、新卒の子たちからすれば”おばさん”なんだろうけどさ。
もうあのきゃぴきゃぴとした媚び売りは出来ないていうか、する気もない。
それにしても雄也の帰りが遅い。
もうとっくにいつもの時間は過ぎていた。
「仕事、忙しいのかな?」そんなことをつぶやいていると、スマホに雄也からメッセージが届いた。
雄也♡:「ごめん麻奈美。仕事トラブって今日は帰れそうにもない。ごめんね」
えっ! 何? 嘘でしょ。
帰れそうもないって……。そんな。この料理どうすんのよ!!
今日、結婚記念日だって知っているでしょ。ねぇ、雄也。……。
そのメッセージに返事を送ることも出来ないほどショックだった。
それにさ、今日は……。有効排卵日。
だからさ、今までがまん? 待っていた子供。もしかしたら出来るかもしれないチャンスなんだ。
それでも気を取り直して。
麻奈美:「そっかぁ。仕方ないね。お仕事あんまり無理しないでね」
ピコーン!
「上野君。君、今日結婚記念日だったんだよね」
「そう言えばそうでしたね」
「ふぅーん。そんな風に平然と言うところ、意外と君も冷酷な男だねぇ。可愛い奥さんをほったらかしにして、私とこんなところに来ているなんてさ」
「何言っているんですか。上司と部下の円滑な関係を築くためですよ」
「それって仕事っていうこと?」
「さぁ、どうですかねぇ。部長」
「あん。もうそんなに慌てないの! 夜はまだ長いんだから。この”サレ妻夫”」
「そう言う部長こそ”サレ夫妻”ですよね。お互い様じゃないですか」
「あらでもあなた方が、私よりも重罪じゃなくて?」
「それは?」
「
「……それは業務上の機密事項ですよ部長」
この時夫。雄也の本当の正体に。
私はまだ気づいていなかった。
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