第80話 戸惑う出場者たち
「ええ!?な、なんで僕が?」
オレアリスはいま、目の前にいる美女に対して必死に抵抗していた。
「シッ!あなたが女装すれば優勝できるかもしれないわ」
「む、無理ですよ!」
「何を弱気な事を!私の弟なら私のために頑張りなさい!」
強引にねじ込んでくるその美女はなんとオレアリスの姉であった。
事の顛末を説明すると、美姫選抜大会の数日前、いきなり姉に呼び出されたオレアリスは渋々会いに行くことになった。
「姉さんもいきなり呼び出して何の用だろう。どうせろくな事じゃないだろうけど……」
昔から迷惑ばかりかけられてきたオレアリスは姉の事だからまた何か碌でもないことを考えているのだろうと予想していた。
今までずっと逆らう事も出来ずに言いなりになってきたせいでオレアリスは随分とまあ悲観しているようだ。
そして案の定、一応男子たるオレアリスは姉から美姫選抜大会への出場という無理難題を押し付けられていたのである。
オレアリスが困惑するのも無理はない。
目の前にいる悪戯好きな姉は、嬉しそうに口角を上げて弟を睨め付けている。
その目と雰囲気はまるで獲物をとらえている蛇のようだった。今回姉の捕食対象となったオレアリスは小刻みに震えている。
オレアリスの姉はオルマリアという。学園ではすでに最高学年である四年生だ。実は彼女、2年前に
昔からオルマリアは自分の容姿に自信があったのだが、ローズマリアのせいで初の敗北を味わうことになった。そしてそれ以降、社交界でもいつも二番手扱いとなり、結局卒業を前にしてもなお、いまだ陽の目に当たることも出来ずにいるのである。
ということでプライドの高い彼女はずっと辛酸を舐めていたのである。
そして今年また美姫選抜大会が始まろうとしている。
オルマリアはもうコンテストに出場することも出来ないのだ。しかもコンテストを通して過去の敗北感が自然と甦って思い出してしまうのだ。オルマリアはこのまま無念のうちに卒業してしまうのかと思うと、胸の内からムカムカと胃液が込み上げてくるほどに腹を立てしまうのであった。
オルマリアはなんとか自分の気持ちを整理すべく、頭の中でいろいろと模索し始めた。
なんとかして、この状況から抗いたい、
このまま後悔はしたくない。
ならば腹いせにと、たまたま昔から腹いせの対象にしていた弟オレアリスの事を思い出した時に妙案を思いつく。そしてなんでも思い立ったら即実行を旨としているオルマリアは己の直感に従い、すぐに弟を呼び出した。
「ねえ、オレアリス、あなた
「ええ!?な、なんで僕が?」
「あなたも女装したら私に似て美人になりそうだもの」
「ぼ、僕は男ですよ?で、出られるわけないじゃないですか!」
「私の側使いだと言って出たら良いじゃない」
「そ、そんなの無理ですよ!」
意外にしぶといわねとオルマリアは舌打ちをする。幼少の頃から散々いじめて来た弟が生意気にも反論してくるのだ。
面白くないとつまらなさそうに拗ねるオルマリアは、ならば最近知った弟の弱みをチラつかせる。
「あら、それならあなたの秘密をバラそうかしら」
「な、何を言ってるんですか?僕に秘密なんかありませんよ!?」
「あら、あなたの部屋にあった女の子の姿絵は何かしら?」
「え!?ね、姉様、み、見たのですか?」
いつの間に、とオレアリスは狼狽える。
対してオルマリアは弟の反応を見て勝利を確信した。
「ええ、大切に飾っていたみたいだから、つい興味が沸いて見ちゃったのよ」
「うわあああ!!な、何てことを!」
「綺麗な子だったわね?」
「ううう」
「どうする?出るの?出ないの?」
(もう少しね)
「ううう……」
「そう、それじゃコレは要らないのかしら」
オルマリアの手にはサラの姿絵があった。
実はオレアリスが自分で描いたサラの姿絵である。片想いが拗れて自分で姿絵を描くまでになっていたのだ。
だからこそか、サラにはバレたくないという思いが勝ってしまう。
「わ、わかりました。出場すれば返してくれますね?」
「ええ、もちろん」
(これは良いわ。これからも使えるわね)
オルマリアは悪い顔で
♢
「アイリーン様、この衣装はさすがに派手ではありませんか?」
サラは恥ずかしそうに真っ赤なドレスを着て大きな鏡の前で狼狽えている。
「あら、あなたに良く似合っているわよ?」
「そ、そうですか?」
サラは自分ではわかりませんと恥ずかしそうに鏡に映った自分を凝視する。
「メリアはどう?」
「あ、あの、このドレス、胸の辺りが少し開きすぎているように見えるのですが……」
「あら、あなたのそのスタイルを活かすには良いドレスじゃない?」
(同い年のくせに)
アイリーンはメリアの胸を見て同じ歳なのになぜこうも違うのだろうと不貞腐れていた。
アイリーンはいまだ成長途中にあるが、メリアはそれなりに発育が良いようでアイリーンにはそれが気に入らなかったようだ。
しかしせっかくの晴れ舞台ならば長所を活かすべきである。
アイリーンはプロデューサーとして2人のメイクアップに力を入れるのであった。
♢
「あら、やっぱり私に似てるわね」
「ううう」
女装したオレアリスは恥ずかしそうにオルマリアの前に立たされていた。
オレアリスがメガネをとり、カツラをつけて化粧を施すとあらびっくり、
美少女爆誕である。
誰が見ても男には見えない。
というか美少女過ぎて驚くほどのレベルである。
もともと男らしくない容姿の上、女の子のような顔立ちだったのもあってオレアリスは誰がどう見ても可愛い女の子になっていた。
「は、恥ずかしいです」
「このまま学園で歩き回っても誰も気づかないわよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、これなら優勝できるんじゃないかしら」
「ま、まさか!そ、そんなことは絶対ありませんよ!」
「そうかしら?結構良い線いってるわよ?」
「ハァ、僕には眼鏡を外したから全く見えないんですけどね」
「あら、それじゃあ、私の魔道具を貸してあげるわ」
「え?」
オルマリアは持っていたコンタクトレンズのようなものを取り出してオレアリスに手渡した。
「これを使いなさい」
「どうすれば良いんですか?」
「これはガラスと水魔法で作られた魔道具よ。目に直接つければ良いだけよ」
「え?直接!?」
「大丈夫よ、危険ではないわ」
「わ、わかりました」
オレアリスがコンタクトレンズを付けるとあらびっくり!なんとメガネよりも色んなものがよく見えるではないか。
「す、すごいです!こ、こんなにハッキリと物が見えるなんて」
「素晴らしいでしょう?私の友人から貰ったものなのよ」
オルマリアは自慢げに語ってはいるが魔塔にいる魔法師に貢がせた代物である。買うと金貨100枚以上はする高価な魔道具なのだ。
しかも定期的にメンテナンスが必要で、購入して更に維持管理にはコストがかかるのでこの魔道具を所持できる者はとても少ない。
幸運にもオルマリアに言い寄ってきた男性がたまたま魔法師でこの魔道具を調達できる立場にあったから運良く手に入れる事ができた。
もともと姉のオルマリアも近視のため、コンタクトレンズの魔道具を常時使っており、今回はスペアを(特別に)オレアリスに貸してあげたのである。
だからか、
もはやオレアリスは断れない状況となっていた。
「それじゃ、コンテスト当日はその格好で出なさい、わかったわね?」
「ハイ……ワカリマシタ」
もはやオレアリスは虚な目になっていた。
「もう!いつまでもイジイジとしてないで男らしくなさい!」
オルマリアは理不尽な説教をたれる。
無理やり女装をさせておいて男らしくしろとはこれ如何にとオレアリスも思ったことだろう。
「やりますよ!やればいいんでしょう?」
オレアリスはヤケになったようで、もうどうにでもなれといった感じだ。
頑張れオレアリス!
「そういえば、名前はどうしましょう。んん、そうねえ…、そうだわ!その格好でのあなたの名前はアリスよ!わかったわね?」
オルマリアは名案とばかりに変装したオレアリスに名をつけた。姉の言葉にアリスはガックリと項垂れる。最近サラのためにもっと男らしくありたいと願い、かつ剣術の修行を頑張っていたオレアリスにとって今回のことは本当に酷い仕打ちであったろう。
「ハァ……、ワカリマシタ」
それでも姉には逆らえないオレアリスは無表情となって頷いた。
彼の困難は続く。
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