第81話 コンテストの開催
サトゥーラ王国の学園では
開催当日の早朝から大会に出場する乙女たちがすでに列をなして並んでおり、そこには貴族令嬢だけでなく、魔法科に騎士コースの生徒、そして科目の違う商人の娘たちもいた。
いずれも外見の整った見目麗しい子女ばかりである。
その中にはサラとメリア、そして女装したオレアリスことアリスちゃんもいた。他には風の魔塔にいたロイの妹のメイも華やかな衣装を纏って参加者の列に並んでいた。
本人はとても不服そうに早く終わらないかしらとイライラしているご様子。
「ああ、早く帰れないかしら」
先日のこと。
「メイ頼むよ、父さんがメイを
「お兄様は私が出て勝てると思ってるの?」
「んー、まあ、メイは可愛いから上位は狙えるんじゃない?」
「な、お兄様の嘘つき!」
「いや、本当だよ!」
お世辞でも兄に褒めてもらったメイは内心嬉しそうではあるが、照れ隠しか、素直にはなれずにムキになる始末。
これでもお年頃の女の子なのである。
メイは背が低いことにコンプレックを抱いており、自分ではあまりパッとしない印象であると自己評価していた。そのため身内の
しかし、
土下座するロイを見てなんとも言えない優越感に満たされるメイ。
「わかったわよ。出ればいいんでしょ」
「あ、ありがとう!メイ!恩に着るよ!」
メイは土下座する兄を見て恍惚感に満たされていた。このまま兄の頭に足をのせたくなる衝動にかられたが、メイのつま先が兄の頭に触れそうになったところでハッとなり、すぐに自制心を働かせると慌てて足を引っ込めた。
(あ、危なかったわ)
どうして兄の頭を踏みつけたくなったのだろう。
考えても考えても最適解の答えは出てこない。唯一、頭の中に浮かんでくる答えは、
「そこに頭があったから」
(わ、私って、へ、変態なのかしら……)
兄への偏愛を抱える特殊な妹愛。
メイも十分すぎるほど変わり者だった。
ただ、ロイの偏見もあるがメイも十分に可愛いは可愛い。しかしそれ以上の美少女があちこちにいるわいるわで自己評価の低いメイは煌びやかな周囲に呑まれそうになって心底ウンザリしていた。
「こんなことになるんだったら出場なんてするんじゃなかったわ」
恥をかくだけじゃないの。
メイは一人で不貞腐れている。
メイがふと顔を上げると目の前にとんでもない美少女がいた。
「あら、あの子可愛いわね。どこの娘かしら」
今まで見たことのない小柄で可愛い女の子だ。メイは気分転換も兼ねて美少女に声をかけた。
「あの、あなた、名前は?」
「え!?」
「あ、私の名前はメイ、私もこの大会に出場するの。待っているのが退屈だったからあなたに声をかけちゃった」
「そ、そうなんですか」
「そう。それであなたの名前は?」
「ぼ、いや、わたしの名前は、ア、アリス、です」
その正体は女装したオレアリスであった。
「へえー、アリスちゃんね。お互いがんばろうね」
「は、はい」
(ば、バレてないみたいだな)
自分の女装がバレていないと安堵するオレアリスはホッとして胸に手を当てた。
普通、成長期の男の子ならば、いくら外見が中性的であろうと違和感は感じるはずである。世の男子は成長期になると年齢的に声変わりしてもおかしくないはずなのだが、幸いにしめオレアリスはまだ声変わりしていないためか変装をしていても違和感を感じさせない。平均よりも成長が遅いせいで子供のような声をしており女装していても誰もおかしいと思わないレベルなのであった。また骨格も男性にしては細く、女性の体型に近いため誰もオレアリスを男だと気づく者はいなかった。
オレアリスの正体を知る者はここにはいない。唯一知っているのは本人と姉のオルマリアのみである。
オレアリスの両親でさえ姉オルマリアの魂胆を知ることがない。親たちもまさか娘が弟を女装させてコンテストに出場させるなど考えもしないだろう。
可哀想なのは羞恥に晒されるオレアリスのみである。
メイは暇つぶしにオレアリスと雑談を重ねた。
「ねえ、あなた、どこの生徒なの?」
「えっ!?ぼ、僕?」
「僕?」
「い、いえ、わ、私は土魔法師の側使いです」
「へえ、私は魔法科二年なの。風の魔塔にいるわ」
「そ、そうなのですね」
「あなた本当に可愛いわね。今まで学園で見たことないから気になっちゃったのよ」
「え!?か、可愛い?」
「ええ、自分の姿、鏡でみたことないの?」
「い、いえ、そんなことはありませんけど」
「私なんかより余程可愛いわよ!もう、なんで私このコンテストに出場しちゃったのかしら」
メイは溜息を吐いた。
「あ、あの、君も、とても可愛いと思いますけど」
「そう、ありがとう」
メイは気のない返事をする。
自分よりも可愛いのに、まるで怯えた小動物のように緊張するオレアリスを見てなんだか気が紛れたのだろうか、自分の劣等感などはもうどうでも良さそうだ。メリアはいつも通り無愛想な女の子に戻っていた。
「それでは今から始まりまーす!」
運営スタッフの生徒が出場者の女の子たちに声をかけると列をなして並んでいた令嬢たちは全員高揚感と共に緊張もしているようでソワソワとしながら前に進み始めた。
そして列の後方には見知った二人組がいた。
そう、サラとメリアである。
アイリーンの命令で容赦なく出場させられた二人は、いつもより大胆で露出度の高い奇抜な衣装に身を包んでいる。
そんな二人はいつもと様子が違っており、なんというか、
……変だった。
サラは剣術大会の時と比べて高揚感よりも緊張感の方が勝っているようで、なんとも気分が悪そうだ。今にも吐きそうな感じで口に手を抑えつつ、青白い顔をしている。
メリアはいつも通り平然とした雰囲気を醸し出してはいるが、いつもの衣装と違って胸の露出が気になるのか、胸元を隠すようにマフラーをしているため、少しではない、とても暑そうだ。
まだ朝方だというのにメリアは額に汗をかいており、ずっと暑いのを我慢しているようだ。
対照的にサラの方は、緊張しすぎているために、寒いのだろうか、ずっとガクガクと全身を震わせている。
「は、早く始まって、早く終わりませんかね」
「そうね、同感だわ」
メリアは胸元を見せないよう細心の注意を払いながらマフラーをクイッと引っ張って扇子をパタパタと扇ぎながら首元に風を送っていた。それでもまだ暑いのか全身汗ばんでいる。
「あ、あそこに並ぶんですかね」
「そ、そうみたいね」
今回の被害者ともいえる可哀想な二人は綺麗どころが並ぶ列に加わると、まるでカルガモの子のようになって必死に列の後をついて行く。
ガチガチに緊張しているサラと必死に胸元を隠すメリア。
ある意味新鮮な二人を観客席で嬉しそうに見守るアイリーン。
デートで邪魔されたことへの仕返しは恐ろしかった。
倍返しというのは、こういうことを言うのだろう。
アイリーンの隣にはモブ王子ことアレクが座っている。アレクも列の後方にいるサラとメリアの異変に気づいたようだ。
「ねえ、あれサラとメリアだよね。なんか体調が悪そうだけど大丈夫かな」
「大丈夫ですわ。こんなことで狼狽える二人ではありませんもの」
二人の専属プロデューサーであるアイリーンはなぜか自信満々だ。
実際には
出場者の登場によって観客たちから盛大な拍手が送られる。アレクは出場してくる令嬢たちを見定めるように観察していた。
「お、あの子すごく可愛いんじゃない?」
アレクが指差す先には変装したオレアリスがいた。
「あら、アレク様はウチの二人以外の女の子を応援されるのかしら?」
アイリーンはゆったりと微笑む。
しかしその笑みの意味と凄味は冷や汗となってアレクのもとにダイレクトに伝わってきた。
「い、いや、そんなこと、ないよ?」
アレクはアイリーンから視線を逸らした。そして今度は姿勢を正しすともう一度メリアたちに視線をもどした。
気になるのはメリアのつけていたマフラーだ。時々マフラーから首元が見えるのだが、その時にはっきりと胸元が見えてしまう。
アレクは思う。
とても同じ年齢だとは思えない。
(しかしメリアってなかなか発育が良いんだな)
アレクはお年頃のため、ついメリアの胸に視線を集中してしまう。
「アレク様?何をそんなに集中して見ていますの?」
アイリーンの笑顔がまたまた冷たく見える。
「な、何も、サ、サラとメリアを見ていただけだよ?」
アレクはこの時どの大会出場者よりも緊張していたことだろう。逃げ場もない。まともにアイリーンに顔負け出来ないアレクは再び、誤魔化すようにスっと会場を見渡した。
「どうです?二人とも美しくなったと思いませんか?今回は私が彼女たちの衣装とか化粧を手がけましたのよ?」
アイリーンにしては珍しく自慢している。どうやら二人の出来映えが自分でも余程気に入っているようだ。
うふふんと上機嫌のアイリーン。
「確かに二人とも似合っているね」
アレクも無難な褒め方をする。
でしょう?とアイリーンも嬉しそうだ。
二人が話している間に会場のステージには出場者たちが勢揃いしており、近くに一人男子生徒がツカツカと歩いて登壇にまで移動した。
「それでは伝統ある学園の
本大会の司会者の名は騎士コースのアイドル的存在パトリック。
彼は騎士コースのカインやセドリックと比べて剣術の強さは大して目立たない程度の実力だ。
しかし男性にしては中性的な容姿でスラリとした体躯が騎士コースの生徒らしくないと女の子たちから注目されたのがキッカケとなり一躍パトリックは人気者となった。
本人も明るく気さくな性格のためか女生徒からの人気に火がつき、とうとう今回の司会者にも抜擢されたのである。
「それでは今回の出場者である麗しき令嬢たちです!どうぞ盛大な拍手で迎えてあげてください!」
パチパチパチパチ!!
観客席は湧いていた。
ステージに立ち並ぶ美少女たち。
壮観である。
貴族や商人、そしてその子弟の男子たちはワイワイと女の子たちを値踏みするかのように見ている。
そうした男子を穢れたものとして見下すように見る出場者たち。
「よろしくお願いします♡」
しかし美少女たちは一切本心を顔に出さずに上品にかつ可愛らしく挨拶するのであった。
何かが歪んでいる
いざ開幕である。
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