第77話 サーシャの結婚
サーシャの故郷にある神殿ではサーシャとケビンの結婚式が執り行われていた。
神殿は田舎だからか、建物自体はそんなに大きくはない。人が50人も入れば満員になるほどの小さな神殿であり、そこには二人の結婚を祝福しようと領地の人たちはこぞって神殿に押しかけていた。
そう、
その日に限って神殿の前には大人気のテーマパーク並みに長い行列が出来ており、家族以外の参列者たちはほとんど神殿に入り切れずに外で待つ状況となっていた。
その様子を見るにいかに男爵家が領地の民から愛されているかわかるほどだ。
サーシャの父であるパトリックは男爵ながらお人好しで、税の徴収も民の都合に合わせて取ったり取らなかったりとしているものだからか、領地経営は下手でも領民から深く愛されているようだ。またケビンの父ダレスは地元の大地主であり、質素倹約の鑑として地元の人たちからも愛されている。
そんな男爵の愛する娘と大地主の息子の結婚式。親として、また領主として子供たちがようやく結婚してくれるとあって父親たちは現在、感無量であった。そして今回の結婚式を何が何でも成功させねばと、二人はとても気合いが入っていた。
ということで花嫁サーシャの父パトリックと新郎ケビンの父ダレスは我が子の結婚式に向けてとにかく頑張っていた。
いや、頑張ろうとはしていた。
単に結果が伴わないだけだった、というべきか。
パトリックは領地で一番高価な衣装を取り扱う商人を呼び出して一番高いウェディングドレスを購入しようとした。
しかしサーシャからは母親の昔使ったウェディングドレスを仕立て直すということであっさりと断られてしまう。
しかもサーシャの見立てではパトリックが選んだドレスは値段の割に生地が良くないとのこと。結局パトリックの選んだドレスはサーシャ以外の家族たちからも全くの不評だったため、サーシャの方からもう二度と無駄な出費をするなと厳しく叱られてシュンと気落ちしてしまう始末。
なんとも可哀想で空回りなパトリックだった。
ダレスも仕事中に結婚式の後に豪勢な食事を振る舞うために必要だからと野鳥とウサギを仕留めてくると思いついたように言って一人勝手に狩りへと出かけていってしまう。
しかし狩りの最中、運悪く猛獣に襲われてしまい逃げる途中で転んだ拍子に怪我をしてしまう。ようやく逃げ切ることができて片足を引き摺りながら帰ったところ、夕食の準備が出来たのにダレスがなかなか帰ってこないと言って痺れを切らしていたケビンの母にしこたま叱られた。
今回ダレスは運良く軽傷で済んだのだが、たまたま近くを通った知り合いの狩人に助けてもらわなければ結婚式の前に危うく葬式になっていたかもしれなかったのだ。
ダレスは妻に叱られた後、息子ケビンにも厳しく
こうして自業自得ではあるが役に立たかった父親たちが一人勝手に落ち込む中、彼ら以外の家族たちの献身的なサポートのおかげで、サーシャたちは無事に結婚式を執り行なうことができるようになったのである。
新婦の部屋では、女たちが群がって花嫁の支度に勤しんでおり、とても賑わっていた。
本日の主役のひとり、花嫁サーシャは若い女性ならば誰もが
デザインは一昔前のものだろうか、母のおさがりである花嫁衣装は刺繍や形全体は少し古びた感じはするものの、逆にクラシカルな衣装として格調高くも感じられる。そんな煌びやかな花嫁衣装を着飾るサーシャの姿を見た家族たちは誰もがサーシャが清楚で気高く、まるで物語にでも出てくる美しい令嬢のようだと言って賑わっていた。
男性の中で唯一入室を許可された父パトリックも愛する娘を見て領地で一番美しいのではないかと言いながら、感慨深くも美しく着飾った娘の姿にうっとり見惚れている。
もともと見目も良く美しいサーシャ。
しかし王城で働いていた頃はサーシャよりも美人である貴族令嬢が比較的多かったこともあり、また長年の奉公のせいか、随分と自己評価が低くなってしまったようだ。
王城にいた頃のサーシャは基本、勤務中アレク以外の男性との接点があまりなかった。実際一人で王子の世話をするのは忙しく、彼女の青春時代はアレクの世話に忙殺されていたのだ。実際はただそれだけのことなのだが、サーシャはそれを自分がモテないせいだと勘違いし、長い間ずいぶん思い込んでいたようだ。
そのためにサーシャはいまだ自信を持てずにおり、ウエディングドレスを着て家族から褒められても自信なさげにこれでケビンが喜んでくれるかと不安がっていた。
そんなサーシャのもとに母から呼び出しの声がかかる。
「サーシャ、そろそろ出番ですよ」
花嫁の出番だと呼ばれたサーシャは恥ずかしそうにソワソワとして、早く結婚式が終わればいいのにと呟いていた。
いよいよ花嫁登場の時、会場の扉が開くとサーシャは緊張のせいか足がまるで鉛のように重たく感じる。
(身体が思うように動かないわ)
一歩、
とにかく気合いを込めて鉛のような足を一足、一歩前に出した。
一歩、そしてまた一歩、
サーシャは重い足取りで一歩ずつ、歩き出し、ゆっくりと祭壇前へと進んだ。
ようやく祭壇前に辿り着くと、背後からまた扉が開く音が聞こえくる。
サーシャが後ろを振り向くと扉の前にケビンが立っている。
ケビンはとても顔が強張っており、かなり緊張しているようだ。
そして緊張のあまりに身体が硬直しているのか、アレク同様に古いブリキの人形のようになってギクシャクと右手右足を同時に前に、一歩一歩サーシャのもとへと歩み寄った。
花嫁のもとにゆっくりと近づくケビンはとうとうサーシャの隣に立った。
サーシャは自信がないせいか、気恥ずかしそうにケビンを見やる。
しかし、そんなサーシャの心配など関係なくケビンはサーシャの美しい花嫁姿に大層驚いていた。
「なんて、美しいんだ」
ケビンは目を見開きながら美しいサーシャの花嫁姿に感動しており、夢現の中でひたすら花嫁を愛でている。
白い肌に整った容姿、美しい顔立ち、まつ毛が長く、目はキリリとしている。瞳の色は青くてまるで美しい宝石のようだ。その瞳に魅了されたのか意識ごと瞳の中に吸い込まれそうになる。
またその青い目は丸いレンズの鏡のようで、目の前にいる美しい花嫁の瞳の奥には緊張しいの惚けた自分の姿が映っている。
反対にサーシャの方は、ケビンの優れた容姿、細く高い長身で、正装もキッチリとしており、とても格好が良いと自信満々に好評していた。
そして自分の意志とは関係なく、サーシャは顔に熱を帯びたようになって赤く頬を染めている。
結婚式という緊張の中、それでも二人は恋焦がれるようにお互いを見つめ合った。
「……サーシャ、とても、綺麗だ」
「ケビン、あなたも、素敵よ」
サーシャはケビンが綺麗と言ってくれたことで不安感がいくばくか解消されたようだ。緊張の顔が解けてとても安堵した表情となっていた。
参列者たちは仲睦まじく向き合う二人をジッと見守っている。後ろにいる家族や親族たちはお似合いの二人だと小さな声で囁き合っている。
サーシャは嬉しそうにケビンの腕に手を添えた。
この世界の結婚式もキリスト教のものとあまり変わらない。神に夫婦の誓いを立て、共に誓いの口づけを交わすのだ。
無いのは指輪だけである。
その代わり、夫婦になる男女お互いが自分の魔力を込めた魔石の結晶を神前で手渡すのがこの国での結婚式のやり方だった。
「それでは魔石を」
木箱に入っている二つの魔石にはお互いの魔力を込めた魔石がうっすらと光っている。そして互いに自分の魔石を相手に手渡すと、最後に口づけを交わすのだ。
サーシャ……。
カイン……。
見つめ合う二人。
双方とも頬を染めながら唇と唇がふれあう。
チュッ♡
二人が口づけを交わすとお互いの魔石が淡く光出した。
後ろにいるサーシャの父パトリックは涙を流している。
よく見るとサーシャの家族全員が喜びがすぎて号泣するほどに泣いていた。
ハンカチで鼻をかむ音も……。
二人は口づけを終えると恥ずかしそうに離れて教父に向かって並びなおした。
「神に二人の願いは届けられました」
教父が奏上を上げて祈りを捧げると、これで結婚式は無事終了となる。
最後は家族や親族、そして友人たちから盛大な拍手を贈られながら教会を出ていくのだ。
サーシャはケビンの腕を組んで幸せそうにカーペットを歩いていると、入場の時とは違って今は軽い足取りで前に進めていることに気がついた。
(足が軽いわ)
結婚式が終わってサーシャは何か吹っ切れたように重たい緊張から解放された。ようやく安心したのか、今度は余裕が出て来たようで歩きながら隣にいるケビンを見ていると顔がニマニマとニヤけてくる。
(とうとう私、結婚しちゃったのね)
色々気苦労もあったが、神様は私を見捨てていなかった。
悪い男に騙されたこともあった。
面倒臭い王子の世話を約10年ほどやってきた。
悔しい思いもたくさんした。
でも、今は違う。
隣には素敵な旦那様がいる。
今まで大変だった分、幸せに生きよう!
いや!私が彼を幸せにしてみせる!
サーシャは決意を固めるのであった。
そして二人を祝福するかのように神殿の鐘が高らかに鳴り響くのであった。
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