第76話 意固地

カインは焦っていた。


「勝負だぁ!」


まさか二人が負けるとは思ってもいなかった。


焦りに焦った結果、思わずアレクとの勝負に出てしまったカイン。


もはや後には引けない状況を自分から作ってしまった。


「それじゃやってやるよ」


アレクに対しては何故か反抗的な態度になってしまうカイン。


本人自身その理由もわかっている。


(アイリーン……)


昔から一緒に遊んだ。

そして小さい頃から大好きだった。


会えなくなってからはまた再会できる日を心待ちにしてひたすら鍛錬に打ち込んだ。


久しぶりの再会できると思った頃には大好きだったアイリーンは王子との婚約が決まっていた。


しかも王子の評判も良くなかったこともあり、このままではアイリーンが可哀想だと勝手に思い込む。


さらにはアイリーンに婚約破棄させて自分と婚約するしかないと勝手に思い込んでしまった。


こんなにもこじれてしまったカインは思い込みだけでアレクと敵対し、アイリーンたちに嫌われている事も気付かずにただアイリーンとアレクとの婚約解消が決まれば自分にチャンスがあると確信していたのである。


完全に彼の一人舞台となっていた。


「それでははじめ!」

「ウオォ!」


カインは果敢に攻め込む。


カァン!


アレクは余裕で受け止める。


「くそっ!」


カァン!

カァン!

カァン!


今まで血の滲むような鍛練を繰り返してきた。


「ウオォ!」


全ては愛しいアイリーンのために、

いつかは騎士団の団長となってアイリーンにプロポーズするために、


カァン!

カァン!


「まだまだぁ!」


恋敵は目の前にいる。

コイツを倒せば、

コイツさえいなければ、


「ウオォ!」


カァン!

カァン!


カインは猛攻撃するもののアレクには通用せずにすべて剣で受け流されていた。

この前までは互角に戦っていた筈だ。


なぜだ。


カインは剣術大会で敗退した後、更に鍛錬の時間を増やしてきた。

そして更に強くなった気がしていた。


それなのに、

アレクには全く通用しない。


「何故だ!」


カインは焦り、もがくように必死に剣を振り回すもアレクは冷静にカインの剣筋を見切り、受け流すように対処していた。


「ウオォ!」

「いちいち五月蝿うるさいよ」


アレクはカインの剣を躱して剣を振りかぶったカインの隙を狙う。


メキィ!


「うっ!」


カインの肋骨に剣がめり込む。


「くそっ!まだだ!」


カインは剣を振るも今度は空振りする。


「無駄だ」


アレクは上段から剣を振り下ろす。


ズドン!!


今度はカインの頭に木剣がめり込んだ。


「ま、まだまだ」


カインはよろめきながら剣を構える。


ウオォォ!!


カインはもはや動きが鈍くなっておりアレクの一方的な攻撃に打ちのめされるのみであった。そして周りの生徒たちは静かにカインが打ちのめされるのを見ているしかなかった。


「アレク様……」


アイリーンも少し心配になるほどアレクは怒っていた。


普段温厚なアレクはなかなか怒ることはないが、今回のカインの暴挙にはさすがのアレクも腹が立ったようだ。


「あのな、お前の動きはいつも同じなんだよ」


ズドン!


「うっ!」


「お前との会話もいつも同じ、お前は何も変わっていない」


ズドン!


「くっ」


「だから成長しない。いつも同じ生徒たちと練習しているだけなんだろ?」


カァン!


「それがなんだ!」

「同じ人間と同じ練習ばかりしていても上達するわけないだろ?」

「くっ!」

「だから勝てないんだ」


ブンっ!


アレクの木剣が伸びるように見える。

カインの首に木剣が当たる。

カインは耐え切れず膝を地につけた。


「それまで!」

「アレク王子の勝ち!」

「くそおおお!なぜ、なぜだ!」


カインは我慢できずに悔しがっていた。


そこにアイリーンがツカツカとカインの前に立つとカインの頬にビンタした。


バシッ!


「なっ!」


「アイリーン……」


カインは呆けた顔をしてアイリーンを見上げる。


「情けないですわね。もう貴方の負けは決まってますの。いい加減男らしく負けを認めなさい!」


「う、くぅぅ」

「男らしくなら泣かない!男らしくもない!男なら早く気持ちを切り替えしなさい!」


アイリーンの説教に皆、居た堪れないぐらい静かになってその場を見守っていた。


「もう私の事は諦めなさい。私はアレク様の婚約者なのですからね」


アイリーンはそう言って振り返り、アレクの元に戻っていった。


アレクもポカンとしていたが、ハッとしてその場を見た。


「あ、あのさ、もう、明日からみんなで稽古するということで良いかな?」

「は、はい、わかりました」

「そうですね、わかりました」


皆、気まずそうに頷き合う。

カインだけが何も言わずにただ呆然としていた。


「そ、それじゃ解散、でいいかな?」


アレクもさっさと帰る準備をする。


「はい、それじゃまた明日の朝からよろしく」


そうして皆、サッサと帰っていった。


そこにメリアだけが残っており、カインを見つめて話しかけた。


「情けないですね。いつまでアイリーン様にこだわっているのですか!昔の貴方はそこまで意固地ではなかったはずですよ?」

「メ、メリア……」

「目を覚ましてください。もう、アイリーン様にはアレク王子の婚約者です。アイリーン様はもう身も心もアレク様のモノになってしまったのですよ」

「し、しかし、」

「もうアイリーン様の事は諦めなさい!」

「う、うう……」

「はあ、昔の貴方はあんなにも格好良かったのに、なぜこんなにも拗れてしまったのでしょう」

「君も俺がおかしいと思うのか」

「ええ、貴方は変わりました。昔はもっと自分に厳しく、そしてみんなに優しい人でした。わたしだって貴方の事は格好良いと思っていましたよ?」

「何?」

「今はもう格好良いとは思いませんけどね。今の貴方はみっともないだけです。だから反省してやり直してください。そうすればまたカッコ良いカイン様になりますよ?」

「そ、そうか……わかった。君の言う通りだ。私はもう一度、やり直してみるよ」


カインは体勢を立て直して立ち上がる。


「それでこそ、カイン様です。頑張ってください」

「ああ、メリア、ありがとう」


メリアとカインは握手した。


「すまなかったな。もう大丈夫だ」

「そうですか。それではまた明日よろしくお願いしますね?」

「ああ、君たちも稽古するんだったな。そうだな、明日もよろしく頼む」


カインはまるで憑き物が取れたように穏やかな顔で微笑んでいた。


「いつもそのぐらいなら格好良いのに……」

「何か言ったか?」

「いいえ……なんでもありません」

「そうか、それではまた明日」

「ええ」


そうして二人は修練場を出た。


メリアがアイリーンの元に戻るとアイリーンは面白そうにメリアを見る。


「あら随分と遅かったじゃない。また昔の恋心が復活したのかしら?」

「そんな事ありません。一応昔からの仲でしたから少しは可哀想かなと思っただけです」

「私は全然可哀想だと思いませんでしたわ。むしろアレク様に負けて安堵しましたもの」

「だから可哀想だと思っただけです」

「メリアがそんな事を思うなんて、やはり」

「違います。叶わない恋に執着するのは馬鹿げていますから…」

「カインの何処がいいのかしらねえ」

「今はもうカイン様の事は好きではありませんよ?」

「でもねえ」


アイリーンはチラッとメリアを見る。


「ウフフ♪楽しくなってきたわ」

「何ご楽しいのですか?」

「だって、メリアがカインを選ぶのかジョージを選ぶのか、ウフフ、どちらを選ぶのかしら♪」

「どちらも選びません!」

「あら、そんなにムキになって否定するとますます怪しいですわね」

「そんなことありません!」

「正直になりなさい」

「私はいつも正直です!」

「そうかしら」

「そうです!」


いつになく反応が可愛いメリアをアイリーンが揶揄いたくなるのは仕方がないだろう。


強く否定するも少し頬を赤く染めたメリアはとても可愛らしかった。


次の日、


アレクが最上級生で騎士コース最強といわれていたカインをタイマンでボコボコにしたという噂がひろまった。


この世界に番長やヤンキーのアタマなどという立場はない。


しかし、それに近いカインをくだしたということでアレクは事実上、学園生のトップに躍り立つことになる。(剣術大会でもカインに勝利しているのだが、あの時は泥試合だったため、そこまで噂されるほどではなかった)


しかもアイリーンもカインに手痛い一撃をくらわしたということでアレクに並び恐れられる存在へと昇格した。


「な、なんということですの!?」

「アイリーン様、大丈夫ですか?」

「わ、私のような博愛主義者が、みんなから、お、恐れられる存在になっているなんて……」

「アイリーン様、お気を確かに、ただの噂です」

(確かに恐ろしい存在ではありますけど……)

「まあいいわ、皆さん、日頃の私の行いを見ればおのずと本来の正しい評価に戻ることでしょう」

「そうですね」

(……もっと恐れられるかもしれません)

「メリア、何か言いたいことでも?」

「いいえ、何もございません」

(本当に勘の鋭いお方です)


ショックを受けていたアイリーンがメリアと話ししていたところ、アレクがなにやら上機嫌でやってきた。


「アイリーンおはよう!」

「アレク様!おはようございます!」

「さっき校舎に入ったらさ、みんなが僕を見てサーっと廊下の両側に避けてくれるんだ。なんか王子としての威厳が増したのかなあ」


アレクはなんの誤解をしているのか、ちょっと自慢気にアイリーンに話しかけてきた。


「……ああ、そうでしたの、良かったですわね」

(ああ、このままではいけませんわね)

「やっぱり?まだ一年生なんだけど、上級生まで僕を恐れているような感じみたいなんだよね。昨日のカインとの戦いで僕が一番強いってことがわかっちゃったのかな?」


嬉しそうなアレク。


確かに学園生の中で一番強いのは事実なのだが、強い=《イコール》憧れの対象ではなく、他の生徒にとってはただ恐怖の対象になっているという事実を彼はまだ理解していなかった。


ここは異世界。

ヤンキー漫画の世界ではない。


ケンカに勝ったからといって必ずしも良い結果になるとは限らないのだ。


「そ、そうでしたの」

(このままではアレク様がおとぎ話にでてくる魔王のように皆に恐れられる存在となってしまいますわね)


ヤバいですわ……。


アイリーンは未来の王妃として、将来国王となるアレクの更生のためになんとかしなければと決意するのであった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る