第72話 勘違い
ジョージとオレアリスがアレクとサラの朝の鍛錬に参加してから二週間経った。
二人とも初日は頑張っていたものの、次の日には二人揃って全身筋肉痛でお休み。それからはアレクの提案によって二人のできる範囲のペースで頑張れということになった。それ以降、ジョージとオレアリスはゆっくり自分なりのペースでなんとか稽古についていくことができるようになった。
そして二週間後になると変化もあった。
ジョージはだいぶ昔の感覚を取り戻したのか、サラとの手合わせでなんとか剣の応酬ができるようになり剣を振る格好もなんとか様になってきた。
そして、
「それでさあ、この前あったことなんだけど……」
「へえ、そうなのか、ジョージもよく知ってるな」
といった風にジョージとサラは気兼ねなく話をするまでに仲良くなっていたのだ。もともとジョージは誰とでも仲良くなるタイプで友人も多い。サラと話ができるのもコミュニケーション能力が人並みにあるからだ。
当然ながらコミュ症のオレアリスは仲良く話する二人を見て不機嫌であった。談笑する二人をよそにブスッとした顔でずっと素振りを繰り返して練習している。
アレクも三人の構図がわかるだけに、その光景を複雑そうな顔でただ見守るだけだった。
当然ジョージには下心は無く、ただ誰とでも仲良くなってしまうだけなのだが、コミュ症なオレアリスはジョージのコミュ力の高さに嫉妬して、更には自己への劣等感に差異悩まされるのであった。
そして知らずのうちにオレアリスはジョージに対する態度も変わっていくのである。
♢
学園では授業が終わり生徒たちの帰る時間となる。
「終わったー!」
終了後の開放感に満たされたアレクはグーっと背伸びをしている。
「アレク様どうかされましたの?」
いつもと違うアレクの様子にアイリーンは違和感を感じる。
察しの良いことこの上ない。
さすがは未来の妻である。
「いや、最近朝の鍛錬でね、稽古中にジョージがサラと仲良くなったものだからサラに片想い中のオレアリスがずっと不機嫌なんだよ」
良くも悪くも(バカ)正直なアレクはオレアリスの事をアイリーンにバラしてしまう。
なぜアイリーンからサラに伝わることを考えなかったのか。
浅はかな王子の発言でアイリーンの両目はキラリと光るのであった。
「まあ!そうだったのですね!そうしましたら私たちもお手伝いしませんと!そうですわ!明日から私たちも朝の鍛錬に参加させていただきましょう!」
「私も力及ばすながらお手伝いをさせていただきます」
隣のメリアも珍しくやる気だ。
そうして他人の色恋沙汰に興味津々の二人はさっそく明日の早朝の鍛錬に参加することとなった。
もちろんサラ、オレアリス、ジョージたちには内緒である。
そして翌朝、
「おはようございます!」
さっそく二人は意気揚々と乗り込んで来た。
「アイリーン様にメリアまでどうされたのですか?」
サラは今まで朝の鍛錬に顔を出さなかった二人が急に来たものだから驚いていた。
「アレク様からそこの二人が朝稽古に参加していると聞いたものですから、私たちも是非参加しなければと思いましたの!」
ウフフ。
アイリーンとメリアは意味深な微笑みでサラを見ている。そして二人はアレクと共に稽古に励むことになった。ただ今回は珍しく、アイリーンとメリアは剣の稽古をせずにオレアリスと魔法の鍛錬をしようと提案してきたのである。
「そこのあなた、私と魔法の練習をしなさい」
「え?でも僕は、剣の修行を「早くこちらに来なさい」……はい」
アイリーンの無茶振りに仕方なく頷き、オレアリスはトボトボとアイリーンの元に向かう。オレアリスは正面からアイリーンを見つめると彼女の整った容姿を見て、つい顔を紅潮させた。
(いけない、僕はサラさんが好きなのに)
目を逸らしながらサラを想うオレアリス。なかなかストイックである。アイリーンはそうしたオレアリスの態度を見てクスリと微笑むのである。
「それでは私の魔法を受けてみなさい」
アイリーンは魔法で目の前に大きな水玉を生み出した。
「さあ、この水玉をあなたに向けて打ち出すわ!さあ、あなたはどうしますの?」
「え!?あ、あの、その、」
「早くなさい!そのまま考えてばかりだと間に合いませんわよ!」
そうしてアイリーンは水玉をオレアリスに向けて放った。
「ぶわっ!」
オレアリスの顔面に大きな水玉がぶつかりオレアリスの頭と肩あたりがずぶ濡れになってしまった。
「さあ、次もいくわよ!」
アイリーンはまた水玉を生み出す。
オレアリスは慌てて剣を持つと手に魔力を込め始めた。
「さあ!どうするか!あなたの意思を示しなさい!」
アイリーンは挑発的に魔法をオレアリスに向けて放った。
「ストーンシールド!」
オレアリスの目の前に突如地面から突き出して現れた石の壁がオレアリスに向けて放たれた水玉を受け止めて守ってくれた。
「よく出来たわ!それじゃ次!」
アイリーンは次にオレアリスの頭上に水玉を生み出して放った。
「さあ!どう?」
妙に活き活きとしたアイリーンはまた新しい水玉を生み出してすぐにオレアリスに向けて放つ。
「ストーンバレット!」
オレアリスは上空から落ちてくる水玉を大きな石の弾で吹き飛ばしてしまった。
「なかなかやるじゃないの!それじゃあこれはどうですの?」
今度は大きなオレアリスの真下に大きな水溜まりをつくり出す。そして大きな水溜まりはオレアリスを包み込むように水が溢れ出てきて、オレアリスは全身を包み込む水の中にすっぽりと入ってしまった。
ぼこぼこ。
オレアリスは水の中でもがいている。
「さあ!どう?」
「あ、あの、アイリーン様……」
隣のメリアがアイリーンを呼びかける。
「何かしら?」
「あの、ちょっとやり過ぎではないかと」
「私はあの男にサラへの想いが本物かどうかを確かめる必要がありますわ!」
「はい、それはわかりますが……もう、溺れていますので、早く助けませんと」
「え?」
アイリーンはオレアリスを見るともはや白目になってぷかぷかと水玉の中に浮かんでいた。
きゃあ!
慌てて水の魔法を解除してオレアリスを助ける。
オレアリスは大量に水を飲んでしまったのか意識を失っている。
「は、早く助けませんと」
「俺がやるよ」
すぐにジョージがオレアリスの胸を押して水を出そうとする。
「オレアリス!早く起きろ!」
ジョージが何回かオレアリスの胸を押し出て人工呼吸を施すとオレアリスは口から水を吐き出した。
「ゲホっ、ゲホっ!」
「た、助かった……」
ジョージもホッとする。
アイリーンは申し訳なさそうにオレアリスとジョージの元に近づいた。
「あの、ごめんなさい……」
「あのなあ!もうちょっとで大変なことになるところだったんだぞ?」
ジョージは怒り心頭だ。
たとえ貴族であろうとも、こんな事はあってはならない。今回はアイリーンもやり過ぎてしまった。
「いや、僕の対応が遅かったからだ。こちらこそごめん」
アレクもアイリーンの隣に立ち二人で謝った。
「いや、アレク王子は関係ないよ。アイリーン様がやり過ぎただけだろ?」
ジョージもアレクとアイリーンの二人の前ではさすがに冷静になった。
「いや、僕も二人の魔法でのやり取りは見ていたからさ、さすがにオレアリスが溺れるとは思わなかった」
オレアリスは意識を取り戻すとふらふらと立ち上がる。しかし、まだダメージは大きくすぐに倒れそうになった。
「おっと、大丈夫か?」
オレアリスを隣で支えてくれたのはサラだった。
「あ、あわわ」
オレアリスはサラが近くにいるだけで顔を真っ赤にして慌て出す。
「あの、僕は大丈夫です!」
「そんな事はなさそうだが、まあ、もうこれで練習も出来ないだろうから私も一緒に寮まで送ろう」
ジョージは「やったな!」と言わんばかりに親指を立ててオレアリスにウィンクする。
「でも私は男子寮に入れないからな。ジョージも一緒に来てくれないか?」
「いや、俺はちょっと疲れたから無理だ。アレク王子に一緒について行ってもらったら良いんじゃないか?」
「そうか仕方ない。アレク王子、良いですか?」
サラはアレクの同行を求めるとアレクも仕方なく了承する。
「まあ、仕方ないな。いいよ」
そう言ってアレクはオレアリスを支えるサラの反対側に移動して一緒に寮に戻るのであった。
「あら、ジョージは一緒に行かなくて良かったのかしら?」
「ええ、俺が一緒だと、またオレアリスに嫌われちゃいますから」
「あら、だったらもっとオレアリスのために手伝ってあげれば良かったのに」
「ええ、でもオレアリスが自分でやらないとサラには伝わりませんよ。それに俺もサラとの手合わせは楽しいんで、ついオレアリスのことを忘れてしまうんです」
「それじゃあなたもサラのことが好きなの?」
「い、いや!それは無い!ホントに」
「あら、ムキになって否定するのが怪しいですわね?」
メリアも無言で頷く。
「いや、サラは俺の好みじゃないし」
「ならどんな女の子が好みなのかしら?」
「え?いや、その……」
「私はダメですわよ?私はアレク様の婚約者ですもの!」
ドヤっと語り出すアイリーン。
「いや、さすがに貴女を好きにはなれませんよ」
ジョージは頭をぽりぽりとかきながら冷静に答えるのであった。
「ならどんな娘が良いの?」
何故かジョージに詰め寄るアイリーン。
「そりゃあ、サラと比べるのも失礼だと思うけど、んん……俺にとってはアイリーン様の隣にいるメリアさんの方がよっぽど可愛いかな」
「え?わ、私?」
突然の指名にメリアの方が取り乱す。
「あら、メリアはあなたのような人には勿体無いですわ」
「それはわかってるよ。ただ、どんな娘が好みかって聞くから素直に答えただけじゃないか」
「そうでしたわ。ごめんなさいね」
アイリーンは素直に謝った。
メリアは正直居た堪れないようで少し恥じらいながらモジモジしていた。
「まあ、メリアさんが好みではあるけど、まだ好きってわけじゃないからさ。そう構えないでほしいかな」
ジョージもメリアに対して誤解させないように上手くフォローするのであった。
さすがは9人兄弟の三男にしてサーシャの弟。器用に気遣いのできる男である。
「そう、それじゃサラとオレアリスのほうはよろしく頼むわね」
「ああ任せといてくれ。でもアイリーン様としては二人をどうしたいんだ?俺としてはオレアリスの想いを応援したいだけなんだけどな」
「あら、私だって同じよ?人の恋路を邪魔するなんて、ありえませんわ」
だってこういうの大好きなのですもの。
声なき声が聞こえる。
「それじゃ、これからもよろしくお願いします。俺も寮に帰りますね」
それじゃ。そう言ってジョージは帰っていった。
「あの子、メリアが好みですって」
「はい、聞いてました」
「貴女はどうなの?」
「はい?」
「彼のことどう?」
「い、いえ、私には、まだ早いかと……」
「あら、そんなこと聞いてないわ。彼が好みかどうかを聞いたのよ?」
「えっと……まだ、よくわかりません」
「どうして?」
「外見はそこそこですし、性格は悪くはなさそうですけど、まだよく知らないだけかもしれませんし、好みかと言われても正直良くはわかりません」
「そう、まあ、これからが楽しみですわね?」
「え?どうしてですか?」
「だって貴女の反応が面白くて良かったもの。また楽しみが増えてよかったわ」
アイリーンは嬉しそうに微笑む。
そうしたアイリーンを見てメリアはハアッと溜息を吐くのであった。
♢
「サラさん、ありがとうございます」
「いや、当然のことをしたまでだ。弱き者を助ける。これが騎士としての務めだからな」
サラはキリッとして答えた。
オレアリスは「ハハ」と苦笑する。
(弱き者か……)
さすがに自覚はあるが好きな人に言われると余計にショックである。ガックリするオレアリスを見てアレクが慌ててフォローを入れる。
「いや、でも今日のオレアリスの魔法はなかなか良かったぞ?あんな大きな石の壁を造るのは難しいからな」
「ええ?そうなのですか?」
「ああ、大きな石を造るのは魔力がないと出来ないからな。オレアリスは結構魔力があるんだな」
「いやあ、その分力が無いので……」
すぐに自虐的になるのが彼の欠点なのだろう。せっかく好きな子の近くにいるのである。もう少し上手に自己PRできないものか。
「まあ、サラは騎士団コースだけどオレアリスは魔法科で将来魔法師になるかもしれないしな。同じ尺度で評価はできないだろ?」
「そうですね。私も未だ魔法に苦手意識はありますからね」
サラも同意する。
確かに苦手分野などは誰にでもある。
「まあ、なんだ、オレアリスもそう悲観すること無いよ。剣術はまだ素人だけどさ。魔法はちゃんと使えるんだから自信を持った方が良いよ」
「でもアイリーン様の魔法で溺れかけたし……」
だから悲観するなってのに!(アレクの心の声)
アレクも仕方ないなコイツとオレアリスを見る。
「しかし、オレアリス殿もこれからなのだろう?まだまだ努力すれば成長するのではないのか?」
「え?あ、まあ、そう、その、そうですね」
オレアリスはモジモジとしながら照れていた。
なにせ大好きなサラにフォローしてもらえたのだ。いつもネガティブ思考のオレアリスだが、サラの一言にちょっとだけ浮上したようだ。
アレクもホッとした。
「そうそう、オレアリスはこれからも成長するよ!一緒に頑張ろうな!」
「そうだ!私も頑張るからオレアリス殿も一緒に頑張ろう!」
「は、はいっ!」
男とは単純な生き物である。
こうして心身共に回復したオレアリスは元気を取り戻して無事寮の部屋へと帰るのであった。
しかしオレアリスはまだ気づいていない。
実は未だにサラから異性として見られていなかったことに……。
サラはオレアリスが無事部屋に戻るのを見届けると急にアレクに質問した。
「しかし、なぜオレアリス殿は女の子なのに男子寮にいるのですか?」
「え?」
「あんなに可愛い子が男子寮にいると危ないのではないかと心配になります」
「サラ、本気で言っているのか?」
「え?」
「オレアリスは男だぞ?」
「いや、あんなに可愛い子が男だなんて、信じられませんよ」
「いや、ちゃんと男子の制服も着ているだろ?」
「いや、兄のお下がりとか実家の都合なのかなと、ジョージとも仲が良くて付き合っているのかと思っていました」
「いや、ジョージとオレアリスは男同士だからな?」
「はっはっは!いつもジョージはオレアリスの事を心配そうに見ているではありませんか!本当に健気だなと思っていつも見ているのですよ」
「はあ……サラも結構天然なんだな」
「天然?どういう意味ですか?」
「そういう意味だよ」
「???」
「まあ、オレアリスに聞かれなくてよかった」
「何故です?」
「せっかく気分が回復して元気になったのに、また落胆するところだったからな」
「そうなんですか?」
「ああ、はあ、まだ先は長いな」
「まあアレク王子も元気出してくださいよ。あんまり下を見ているとアイリーン様にまた叱られますよ?」
はっはっは!
高笑いするサラを見て余計に疲れるアレクだった。
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