第71話 剣の道と恋の道のり
オレアリスは後悔していた。
それはつい先日知り合ったのばかりのジョージに、
「オレアリス、まだ言わないのか?」
「そろそろ伝えたほうがいいんじゃないのか?」
「いい加減言わないと誰かに奪われちゃうぞ!」
などとしょっちゅう都合よく介入してくるのである。
それを余計なお世話だと思いつつ、オレアリスは焦りながらサラにはまだ知られたくないとばかりにその想いを隠そうとした。そしてその度にジョージから生温い目で見られるのであった。
こうしたやり取りを繰り返すうち、オレアリスはジョージに対して苦手意識を持つのかと思えばそうでもなく、逆にオレアリスはジョージとカードバトルや恋バナなどを通して仲良くなっていったようだ。
そしてある日、
ジョージとオレアリスがサラについて話をしているとたまたま通り掛かったアレクが二人のもとに近づいてきた。
「二人ともどうしたの?」
「やあアレク王子、ちょうど良いところに来てくれましたね」
ジョージはそう言うとニヤリと
「アレク王子、サラって女の子に好きな男子っています?」
「え?サラに?」
アレクは大きな声で答えたものだからジョージとオレアリスは焦ってしまう。二人慌ててアレクの口を押さえて静かにしてくれと合図を送るのであった。
「サラかぁ、よくわからないなぁ」
「いないの?」
「んー、いつもアイリーンとメリアと三人でいる事が多いからなぁ、あとは朝の剣の鍛錬を僕と一緒にやってるぐらいかなあ」
「え?アレク王子、朝に鍛錬やってるんですか?」
「まあね、子供の頃からずっとやってるからね。もう慣れちゃったよ」
「すごいなあ!なあ、オレアリス!俺たちも混ぜてもらえば良いんじゃないか?」
「え、ええ!?そ、そんな事!」
「だってさ、毎朝一緒にいられるんだぞ?こんなチャンスは無いんじゃないか?」
ここまでの会話でさすがのニブチン王子もやっと理解した。
「あ、あぁ!!そう、そういうことか!ははーん、そうかぁ!そうだよなぁ!」
何がそうなのか。
アレクもやっと理解しただけなのに「もう全部わかりました」みたいな顔をするのはいかがなものか。
「アレク王子、俺とオレアリスを朝の鍛錬に混ぜてくれませんか?」
ジョージは張り切って提案する。当の本人であるオレアリスはなんだか煮え切らない顔だ。
「ん?まあ、良いけど、結構朝早いよ?」
二人とも起きれるの?とアレクは確認した。
「そうだよなあ、何時からやっているんですか?」
「朝の5時」
「えっ!?」
「朝の5時」
それは聞いた。
二人は本気で朝5時に起きれるのか悩み始める。
「やめとく?」
アレクも一緒だと嬉しいけども二人に無理はさせたくないようだ。
ジョージは本当に朝5時に起きれるかの自信がなかった。しかし、ふとオレアリスの顔を見てみるとオレアリスが少し無理だと言わんばかりの顔になっていたので「それじゃ参加させてください」と勝手に応えてしまった。
「ええ!?」
オレアリスは勝手にジョージが応えてしまったので驚いてしまう。
「ジョージ、そんな朝早く起きるの無理じゃないの?」
「自信はない!でもオレアリスはどうなんだ?そんなんで彼女に気持ちは伝わるのか?せっかくのチャンスじゃないか。それとも朝起きる自信がないからと簡単に諦められるのか?」
どうなんだ!とジョージはオレアリスを説得した。
(どうせコイツは放っておけば何も進展しないだろう)
ジョージは優しいのか真剣にオレアリスの事を考えていた。友達になってそんなに経っていないのにもう親友のようだ。
「そっか、それじゃ朝5時から男子寮側の空いた所で鍛錬をやってるから来れば良いよ。サラもだいたいは同じ時間に来ているよ」
「アレク王子ありがとう。それじゃあこれからは二人で参加させてもらいますよ」
そうしてオレアリスの意思とは関係なく、二人はアレクたちの朝の鍛錬に参加する事になった。
♢
そして翌朝、
アレクは朝の5時前に起きて稽古を始めていた。時間になるとサラも「おはようございます」と言ってやってきた。
アレクとサラの二人で剣の稽古をしていたところに30分遅れて残りの二人はやって来た。
「おはよう!」
ジョージは遅れてきた割に元気な声で挨拶をする。
「お、おはよう」
対してオレアリスの方は緊張し過ぎてかオドオドしながら小さな声で挨拶してきた。
サラはどうして二人が?といった顔で「おはようございます」と挨拶を返すのであった。
アレクは面白そうな顔で「今日から朝の鍛錬に入りたいと言ってたので一緒に鍛錬することになった」
そう言って二人には改めて自己紹介させた。
「魔法科二年生のジョージです!よろしく!」
「お、同じく魔法科二年生のオレアリスです。よろしくお願いします」
「騎士コース一年生のサラ・トーランです。よろしくお願いします」
サラは真面目に、そして丁寧に挨拶した。
「それじゃ二人とも一緒にやろうか」
アレクは「木剣は持ってきた?」と聞くと二人は一応持ってきたので剣の打ち合いから始めた。
アレクとサラ。オレアリスとジョージ。
二人は対になって木剣を構え、攻めと守りを決めて合図に合わせて剣を打ち合うのである。
始め!
カァン!
はいっ!
カァン!
はいっ!
カァン!
そうして攻守を交代し、また打ち合う。
ジョージは子供の頃は騎士に憧れてよく剣の稽古をしていたらしい。なかなか良い動きをしていた。
しかし、オレアリスは全くのへっぴり腰で剣もかろうじて振っているだけだった。
サラもオレアリスのへっぴり腰には苦笑する。
「そうしたらサラとジョージ、僕とオレアリスでやろうか」
「よろしく」
ジョージはサラと手合わせをする。
ジョージも幼少の頃は剣の稽古をしていたが、学園に入ってからはほとんど魔法科の勉強が忙しすぎて剣の稽古はやらなくなった。久しぶりに持った木剣は随分と重たく感じる。そして稽古においてもだいぶ錆びついた腕に自分でもどうしようもないほどにもどかしい感じだった。
カァン!
サラとジョージの木剣が重なると木と木のぶつかる音がこだまする。
サラはアレクと競い合うほどの腕前だ。当然鈍った腕では敵うはずもない。
それでもジョージは足掻くように剣を振る。
「えぇい!」
カァン!
カァン!
サラは何も言わずにジョージの剣を受けながら観察しているようだった。
オレアリスの方はというと、アレクの指導のもと、ひたすら素振りをやらされており、もともと体力の無いオレアリスは腕やら脚やらもうガクガクになっていた。
汗だくになり、しんどい顔をしてはいたが、必死でついていこうと思っているようだ。
オレアリスはちゃんと声を出して素振りをするのであった。
「それまで」
アレクの合図で皆動きを止める。
「ジョージはもう少し時間がかかるかもしれないが良い動きをしているな。オレアリスは、……まあ、頑張ろうな!」
「はぁっ、はあっ」
オレアリスは息を荒げながら既に膝が地面についており、木剣で上半身をなんとか支えているようだ。
恋を叶えるのも楽ではない。
サラはというとジョージとの手合わせを繰り返すなかでカウンターの練習をしているようだった。サラは格下のジョージだからできる練習に切り替えているようだ。カウンターのタイミングは難しそうだが、何回かは剣を合わせて返し、合わせて返しと繰り返している。
アレクはそれを見てカウンターのタイミングをアドバイスしたりするとジョージも少しずつ動きが良くなり、サラとの手合わせも嬉しそうにやっていた。
しかしオレアリスは自分だけ三人にまったくついていけないレベルだということに強く劣等感を感じており、こんなはずではと落ち込んでいる様子だ。
そんなオレアリスの視界に映る憧れの少女は嬉しそうに剣を振っている。
憧れ、
羨望、
そして自己卑下、
疲労感とともに余計な事ばかり考えてしまうオレアリス。勝手に自己卑下し、惨めな気持ちが溢れ出してくると心の内には泥粘土のような劣等感がベッタリとひっついてしまい、心の内にへばりついていた。そしてそれは不快感となって胸の内がモヤモヤと苦しくなってくる。
「僕は、どうして、……なんだ」
一人ボソボソと呟く。
「オレアリス?どうした?」
アレクはオレアリスの様子が変だと思い、声をかけた。
「いや、……何でも、ないよ」
「オレアリスは初めて剣を持ったんだろ?出来なくて当たり前なんだからさ。あまり出来ないことに悩むなよ?」
「うん……アレク王子ありがとうございます」
オレアリスは惨めな気持ちを入れ替えようとまた剣の素振りをするのであった。
そして、
「「ありがとうございました!」」
最後は互いに礼をして練習は終わった。
ジョージもついやり過ぎたのか、稽古中は元気だったのだが稽古が終わるとガクッと尻餅をついた。
「やべえ、もう起き上がれないわ」
ジョージはもはや立っていられないほど疲れたようだ。
「大丈夫か?」
サラが手を差し出すとジョージも手を取り立ち上がる。サラはジョージの肩を担いで支えてあげた。
それを見たオレアリスは「いいなあ」と言ってまた悔しがるのであった。
「まあ明日もあるさ!頑張ろう」
アレクはオレアリスを肩をポンポンと叩いて慰めた。
そうして初の朝稽古が終わり解散となった。
その日、ジョージはほとんどの授業を寝てしまった。オレアリスはかろうじて起きてはいたが授業が終わり、寮に戻ると夕食も食べずに寝てしまった。
ジョージは夕食を食べてすぐに寝た。
そして次の日、
ジョージとオレアリスは二人とも朝稽古を休んだ。
何故ならば、二人とも全身筋肉痛で立ち上がる事も出来ずにベットに寝たままで身動きすらとれなかったのだ。
当然その日は学園の授業も休み、次の日に登校できた二人は無断欠席が理由で魔法科の先生に怒られるのであった。
そしてアレクとサラにも事情を説明した。
アレク「あれ?なんでポーション飲まないんだ?」
ジョージ「そんな金ないですよ」
こう見えてもジョージは苦学生だ。
ジョージが学園に通えているのも、今まで給金の一部を仕送りしてくれていた姉サーシャのおかげである。だからこそジョージもあまり無駄なお金を使わないようにと節約して頑張っていたのだ。
王子であるアレクはポーションを水のように使っていたため、正規のポーションの値段などわからなかったようだ。
男爵家の出でありながらも経済感覚は庶民であるジョージの懐具合などわかるはずもないし、オレアリスも少ない小遣いからポーションを買う余裕などないことをわかるはずもない。
こうして仕方なく、次の日からの二人の鍛錬メニューは出来るだけ優しい練習にしようということになった。
二人にとって剣の道も恋の道も遥かに遠く、また険しいものになりそうだ。
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