第70話 気になるあの子
ふぁああ……。
サーシャの弟で三男のジョージは朝から大きな
「眠い……」
昨晩のこと、ジョージは友達と一緒に魔法陣カードバトル対決に白熱してしまい、つい寝る時間が遅くなってしまったようだ。晴れやかな天気にもかかわらず、ジョージの表情筋は死んでいる。そんな時、ジョージの後ろに小さい男の子がいた。
「ジョージ、おはよう」
なんと話しかけてきたのはオレアリスだった。二人は同じ魔法属性であり、土魔法の授業を受けている。それでも知り合ったのはつい最近のことで、こないだ行われた共同魔法の特別講義の際に二人は話をするようになった。
「おっす、オレアリス」
「なんか眠そうだね」
ジョージはけだるそうに教室に入る。
「いやあ、ちょっとカードバトルに夢中になっちゃってさ」
「へえ、ジョージもやってるんだ」
「え?オレアリスもやってるの?」
「うん、まあね。でも最近は忙しくてなかなかやる時間がなくなっちゃったんだよね」
「ええ、勿体ない!オレアリスさ、今度一緒にバトルしようぜ!」
「えぇ。んー、まあ、いいよ」
「なんだよ、そんな歯切れの悪い言い方、嫌なのか?」
「いや、そんな事ないよ、ただ本当に久しぶりだからさ、ちょっと上手く出来なさそうで」
「まあ大丈夫大丈夫!俺だって最近始めたばかりだからな、あんまり強くないんだ。オレアリスはいつからやってたんだ?」
「んー、そうだね、学園に入る前からかな」
「え!?そりゃすごいじゃん!それじゃ俺よりも上手いだろ?」
「そうでもないよ、今より子供だったから大して上手くもなかったしね」
「まあいいや、今度一緒バトルやろうぜ!」
「いいよ」
その日、ジョージと一緒にオレアリスは仲良く話をしていた。
正午になると魔法科の授業が終わり、生徒たちにとって待ちに待った昼食の時間となる。
二人は共通の話題ができたからか、しばらく食堂に向かいながらカードバトルの話に盛り上がっていた。そしてジョージがオレアリスに話しているとオレアリスはボーっとしてどこかを見つめていた。
「それでさ、こないだは火属性の魔法にやられちゃってさ……ん?オレアリスどうしたんだ?」
ジョージが話しかけているのにもかかわらず、オレアリスはそれに応えることもせず、どこか一点をずっと見ている。
ジョージは気になってオレアリスが見ている先を見た。
ん?
よく見るとオレアリスの視線の先にはアレク王子と彼の婚約者アイリーンがいた。そして後ろにはメリアとサラが並んで歩いている。
「アレク王子じゃないか、いつもあんな美少女と一緒にいるなんて、かー!羨ましいよなあ!」
「え?あ、ああ、そうだね」
「オレアリス、お前、ひょっとしてアイリーン様の事が好き、なのか?」
「え!?ち、違うよ!そんなことは断じてない!絶対にないよ!」
「えー、そんなにムキになって否定するのが怪しいんだよなー」
「本当にない!絶対に!」
「それじゃあ、なんであそこをずっと見ていたんだ?」
「え?え、えーと、そう、だね……」
オレアリスは震える手を上げてアレクたちの方に指差した。
「じ、実は、あの子の事が気になっているんだ」
ジョージがオレアリスの指差す先の方を見るとそこにはメリアとサラがいた。
「どっち?」
「か、髪の赤い方……」
ジョージは興味深々でサラを見ると、次に隣のオレアリスを見た。そして一人でうんうんと頷くと笑顔でオレアリスの肩をばんばんと叩くのであった。
「なんだオレアリス!大人しい顔して意外とマセてんだな!」
ジョージはオレアリスを
「ちょ、ちょっと!ジョージ、大きな声出し過ぎだよ……き、聞こえちゃうじゃないか!」
「だーいじょうぶ!誰も俺らの事なんて見てないよ。みんなあちらの方ばかり見ているからな」
そう言ってジョージはアレクたちの方に指差した。ジョージの指摘通り、生徒たちは美少女アイリーンの隣にいるアレクを妬んでいるのか、誰しもが悔しそうに睨んでいるようだ。
「へえ、オレアリスはああいう娘が好みなのか」
「ち、ちょっと、ジョージ!」
「たしか騎士団コースの女の子だったよな?よく見るとなかなかの美人だな!さすがはオレアリス君!良いな!」
ジョージは再びオレアリスの肩をばんばんと叩いた。
「もう、
ジョージに揶揄われてオレアリスは不機嫌になった。今のオレアリスにとってサラは憧れの存在、高嶺の花である。したがって彼は遠くから憧れの君を見ているだけでもう充分に幸せなのであった。
「でもさ、なんで好きになったの?」
「え?」
「だってさ、学年もコースも違うじゃないか。なんかキッカケがあったんだろうって思ってさ」
「うん、まあ、ね」
オレアリスは恥ずかしそうに肯定する。
「で?どうして?」
ジョージがさらに突っ込んで聞いてくるとオレアリスは恥ずかしそうな顔で赤裸々に語り出した。
「実はね……僕が上級生からいじめられていたところを彼女が助けてくれたんだ」
「へえ、そうだったんだ」
「その時、彼女のことは好きになったんだけど、まあ、学年もコースも違うからさ。ただ遠くで彼女を見ているだけで僕はもう充分幸せなんだ」
満たされているのか、胸に手を当てて幸せそうに満足気な顔をするオレアリス。
「でも彼女に彼氏が出来たら?」
「うっ!」
ジョージの一言でオレアリスの幸せな顔が一気に歪む。そしてショックを受けたのか、オレアリスは頭を抱えて悩み苦しんだ。そんなオレアリスの苦しむ姿を見てジョージは「そんなことも考えていなかったのかよ……」と小さな声で呟いた。
「だって今はまだ二人とも若いから良いけどさ、あと数年経ったら二人とも結婚してもおかしくない年齢だろ?このままだったら、あの子だって誰か知らない男と付き合うことになるんじゃないの?」
ジョージの何気ない、そして核心をついた一言がオレアリスの胸に突き刺さる。そしてまざまざと現実を突きつけられたのである。
「うう、でも……」
オレアリスは現実を受け入れるのに精一杯だ。
「だったらさ、早く気持ちだけ伝えておけば?」
「え、えぇぇ!?」
そんな事出来ないよとばかりにオレアリスは首を勢いよく左右に振っていた。そんな弱気なオレアリスを見てジョージは仕方なく説得する。
「だってさ、先に告白しておいた方が彼女が誰かに盗られる心配をしなくても良いし、もしオレアリスが振られても気持ちの整理はつくんじゃないの?」
このままずっととはいかないだろ?
ジョージの言葉でオレアリスは真剣に考え込むのであった。
ちょうどその頃、メリアが周囲の異変に何か気づいたようで、あくまでも自然に周囲に悟られぬよう窺いながら警戒している。
「メリア、どうしたの?」
アイリーンは首をかしげてメリアに問いかけた。
「いえ、何か視線を感じたもので……」
メリアはアイリーンの護衛をしているために普段から人の視線に敏感なのである。
メリアは異変の感じる先を見るとついにジョージとオレアリスの二人を発見した。同時に異変の原因はあの二人だと確信する。
「アイリーンさま、あの二人です」
「ああ、こないだの魔法の授業に出てた二人ね」
アイリーンは二人を覚えていたみたいだ。アレク以外には興味なしといった感じのアイリーンが他の男子を覚えていることにメリアは素直に驚いた。
「ええと、あの二人、アイリーン様を懸想しているのではと思いましたが、視線の感じを見るとそうでもなさそうですね」
「あらそうなの、それじゃ誰を見ていたのかしら」
アイリーンは面白そうにメリアを見る。
「メリアの事を見ていたのかもしれませんわね」
ウフフ♡
アイリーンはそうだったら良いのにといった顔で面白そうに微笑んだ。
「ええ!?わ、私ではないかと」
「何故?」
「私などに興味を持つ事はありえません。私よりもアイリーン様の方がずっと魅力的ですから」
メリアも結構美人なのだが、常にアイリーンの側にいるためか、またアイリーンの方が目立つため、自己評価はかなり低い。
「あらあら、メリアも充分に可愛らしいわよ?自己評価が低いだけですわ」
「いえいえ、そんな事ありません。私は自分というものを良く知っているつもりです」
「そんな事ないと思いますけどね。貴女は充分に素敵ですもの」
「アイリーン様、その、ありがとうございます」
現時点でオレアリスとジョージがアイリーンとメリアではなくサラの方を見ていることに二人は気づいていない。気づいていないのにもかかわらず、アイリーンはさらに話を進めていた。アイリーンのメリアベタ褒め。アイリーンがメリアの反応の可愛さを面白がり、時々やってしまうようだ。それをわかっていながらも、さすがに主に褒められて思わず嬉しくなってしまうメリア。
そして、ちょうどそこにサラも加わってきた。
「どうしたのですか?」
「いえ、あの子たちがメリアを見ていたのではと言っていたところですの」
「ええ!?そうなのですか?」
サラはオレアリス達をチラッと見る。
「確かにメリア殿は美人ですからね。惚れてしまうのも無理はないでしょう」
メリアは焦った。
「わ、私は美人ではありません!」
「あらメリアは美人ですわ!落ち着いた雰囲気があってとても大人みたいな魅力がありますもの!」
アイリーンが強くメリアを推している。身内贔屓ではなく確かにメリアは美人である。いや年齢的にはまだ美少女といったところか。
「どちらがメリア殿を見ていたのですか?」
「さあ、メリア、あの二人のどちらが貴女を見ていたの?」
「い、いえ、本当に私では無いと思いますけど、あの二人がこちらを見ていただけですので……」
「あらあら、謙遜しているのかしら。あの二人がメリアに憧れているかもしれないわ」
「い、いえ、さすがにアイリーンの近くにいてそれは無いと思います。むしろ私はあの二人がアイリーン様に恋しているのではと思っていましたから」
「でも私はもう婚約者が決まってますのよ?今更他の男なんてまったく眼中にありませんわ。だからメリアの方が現実的ですわ」
「そうですね。メリア殿ほどの美しさに見惚れるのは仕方ないかと思いますね」
サラもうんうんと頷く。
女子のこういった会話の熱量は男子の比ではない。女子三人はきゃあきゃあと賑やかに恋バナに夢中になっていた。
そして肝心のサラはオレアリスの熱い視線には全く気がつかないままお昼時間は過ぎていくのであった。
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