第69話 メリアの片想い

実は実はのお話。


アイリーンに仕えるメリアはずっと前に好きな人がいた。


叶わぬ恋。


身分の違う相手。


ちなみにアレクではない。


あとアランでもない。


皆さんわかりますか?



メリアはガスタル辺境伯の側近であるフレデリック・シチュアートという元暗殺者の娘として生まれた。


彼女が五歳の時にはアイリーンのもとに仕えるようになった。


それでも最初はお互いが子供ゆえに友達として遊ぶことが多かったようだ。


そしてアイリーンとメリアと一緒によく遊んでいたのがカインであった。カインはアイリーンに片想いしているためにアイリーンにはとても優しく接していたが、メリアには素っ気なかったようだ。メリアも最初の頃はカインの事が嫌いだったが、少しずつ一緒に遊ぶ中でカインに恋心を抱くようになる。


そしてメリアとアイリーンが七歳の頃、3人で遊んでいた時のこと、メリアはちょっとした不注意でアイリーンが作った落とし穴に落ちそうになった。


その時、


「危ない!」


なんと普段素っ気ないカインがメリアの手を引っ張って代わりに落とし穴に落ちてしまったのである。


「痛たた……」


驚いたメリアは落とし穴を覗き込む。すると穴底にはカインが座り込んでおり、腰を打ってしまったのか痛そうに手を当ててさすっていた。


「カイン様!大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。問題ない」

「いま助けます!」


メリアは近くにあった縄を持ってカインに投げた。そしてカインを引っ張ろうとするが当然の如くメリアの力ではカインを引っ張ることなど出来ない。


しばらくして、アイリーンがやってきた。

カインが無事落とし穴に落ちたのかを確認するためだ。


「あらカイン様、落とし穴の住み心地はいかがですか?」


さすがにアイリーンの従者であるメリアでさえ、カインが可哀想に思い同情した。


カインは「まあまあかな、ロープがあるからすぐに登れるけどもう少しここにいるよ」と言って座り込んだ。


「カイン様は私を庇って落とし穴に落ちたのです。どうかカイン様を助けてあげてください!」


メリアはアイリーンに懇願する。


「そうね。ちょっと執事のフィリップを呼んでくるわ。しばらくここで待っていてね」


そう言ってアイリーンはテッテッテッと走っていった。


「カイン様、ごめんなさい、私のせいで」

「メリアは悪くないよ。僕がおっちょこちょいなだけさ」


そうしてしばらく二人は世間話をするのであった。


この頃のカインは身も心もカッコよかった。どうしてあんなにも拗れてしまったのだろうか。


そうして三時間ほど経った頃、アイリーンがようやくフィリップを連れてカインを助けに来てくれた。


(どうしてこんなに遅れたのかしら)


アイリーンが呼びにいったのはずいぶん前だ。こんなに遅くなるのはおかしい。


(また嫌がらせ?)


正直言って最近のアイリーンの悪戯はやり過ぎだと感じることが多い。イタズラが始まった最初の頃は一緒に笑っていられたが、最近ではもう笑えないほどに酷い悪戯が多くなってきた。しかしカインはアイリーンへの愛ゆえに決して怒ることもなく笑顔で済ませてしまうのである。


カインが許すのであればメリアもアイリーンに注意することも出来ない。仕方なくメリアは歯痒くもただイタズラされるカインを見ることしか出来なかった。


ただ今回のイタズラは少し違っていた。


「メリアはカインとたくさんお話できたの?」

「え!?」

「フフ♪気づいてないとでも思ったの?」

「えっ?アイリーンさま、ひょっとして」

「だってあんなに意識してカインを見ているんですもの。私だって気づくわ」

「え?でも、カイン様は、アイリーン様のことが……」 

「メリア、私はカインの事は別に好きではありませんの」

「え?」

「だって、私、お祖父様のようにもっと強くて偉い方と結婚するのですもの」


アイリーンは胸を張って自慢した。


「やはり将来王妃ぐらいにはなりたいですわね」

「そ、そうですか、それはまた、凄いですね」

「何?私には無理だと言うの?」

「いえ、そんな事は……」

「いいのよ、正直に言ってもらっても、メリアなら許すわ」

「たしか、第一王子は平凡な方だと聞いています。第二王子は見目麗しいそうですが、婚約希望者が多過ぎて難しいそうです」

「そうですわね。でも私にとってカインとの婚約はありえませんわ。だからメリアもカインの事よろしくお願いしますわね?」

「え?いえ!そんな事を言われましても……、うう……」


メリアは恥ずかしくなって顔を赤くしていた。


まだ子供であった二人だったが、意外にもオマセな発言が多かった。


アイリーンも小さい頃はお転婆な女の子だった。そして祖父であるガスタル辺境伯を心から尊敬するおじいちゃんっ子だった。


こうして時が過ぎ、カインの祖父とアイリーンの祖父が喧嘩別れしてからというもの、それ以降カインはアイリーンたちと遊べなくなってしまった。カインはアイリーンへの想いを募らせたまま成長し、カインと会えなくなった時点でメリアの恋心も終わってしまったのである。


そして再会の日がやってきた。


メリアはアイリーンと共に学園に入ると、成長したカインを発見する。背は大きくなり体格もずいぶんガッチリとしている。メリアは久しぶりに見たカインの成長ぶりに驚き、また美丈夫となったカインの容姿のせいで胸の鼓動は高鳴っていた。


(……カイン様)


その時は確かにメリアの初恋は再燃したものの、久しぶりに再会したカインは相変わらずアイリーンに執心しており、しかも勝手にアイリーンをかけてアレク王子と何度も小競り合いを続ける姿にメリアの初恋の火は消えかけたローソクのように儚く小さいものになっていた。


昔はもっとカッコよかったのに……。


しかも剣術大会ではアレクに弱体化の魔法をかけるなど悪行に手を染めるまでに堕ちたカインの姿を見てメリアはかなり失望してしまう。昔のカインならばまずやらなかったであろう不正行為を平気でやってしまうなど、さすがのメリアもこの時にはもう完全にカインへの恋の熱は冷めていた。というか氷点下までいってしまった。


こうしてメリアの片想いは終わった。


しかし、最近になってアイリーンからアレク王子へ懸想しているのではと言われてしまい、メリアは驚いて否定した。


メリアはアレク王子のおかげで石化解除された時にアイリーンがアレク王子を懸想していると思ったのだが、今度はアイリーンもメリアがアレクを懸想していると反撃してきた。


メリア「わ、私はアレク王子に懸想はしておりません!」

サラ「え?メリアがアレク王子に?」

メリア「違います!」

アイリーン「ムキになって否定するのは少し怪しいですわ」

サラ「メリアは以前アレク王子に助けられましたからね。ひょっとして……」

メリア「サラまでよしてください!さすがに主の婚約者に懸想するほど愚かではありません!」

サラ「本心は?」

メリア「ありえません!」

アイリーン「まあまあ、揶揄うのはこれぐらいにしましょう。メリアごめなさいね」


メリア「アイリーン様……」

アイリーン「もしアレク様の側室になりたければいつでも仰ってね。私は貴女なら許してあげるわ♡」

メリア「いいえ!結構です!」

アイリーン「うふふ♡反応が可愛いわね」


などと簡単に人の恋心を茶化してくれるのだ。まるで否定しても本心は違いますと伝わってしまうではないか。


「私はアレク王子には本当に懸想しておりません!」

(もともとはカイン様が好きだったのに……)


失恋というか、恋が冷めてしまったというか、今のメリアには正直好きな男性と言われてもピンと来ない状態である。


(でもいつかは素敵な恋をしてみたい)


メリアは平民のため貴族のような好きでもない相手との婚約に縛られることもない。また成長した今となっては、好きだからといって貴族であるカインと結ばれることもないということは十分に理解している。


幼き頃は無知だったからこそ、純粋な恋心に幸せを感じられた。


しかし、

成長する度にメリアは現実の厳しさを思い知り、物事の理不尽に対して諦めることにも次第に慣れていった。


いつしか幸福感は薄らいでしまい、何も考えないように、自分が傷つかないようにと心を閉ざすメリア。そんなメリアでも恋物語を読めば擬似恋愛体験というのか、一時いっときの幸福感を感じられるようだ。


そんな時、メリアはハッピーエンドの余韻に浸りながら、きっといつか自分にも素敵な相手が現れて素敵な恋ができるかも、とまだ見えぬ将来に対して淡い期待をしてしまうのであった。

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