第66話 魔法師の共同研究②

魔法師たちの共同研究を通してアレクの多属性魔法の実験が行われた。


フラン先生の指導のもと、それぞれの属性魔法の魔法師たちがお互いの魔力を使うことでなんとアレクの雷魔法を使うことができたのだ。これは大発見だとフラン先生をはじめ多くの魔法師たちが歓喜した。


そうして何回か研究を重ねたところ雷魔法以外にも魔法が使えるところもわかってきており、またフラン先生が昔の文献を調べてくれたおかげで他属性魔法も使えるようになった。



共同魔法研究の2日目、なんとアレクの師匠、宮廷魔法師のトップであり空の魔塔の魔塔主でもあるガルシアが魔法の指導に来た。


今回の魔法師共同研究の目的の一つ、他属性の魔法を行使するために特別講師としてやって来たそうだ。なぜならガルシアは魔法師のトップとしても有名で、その所以として三つ以上の属性魔法を重ね合わせて様々な魔法の開発に成功した人物だからである。


サトゥーラ王国の魔法の発展はガルシアの功績があったからであり、アレクが幼少期にガルシアから教わっていた理由も全属性持ちであるアレクの魔法指導するにはガルシア以外に適任がいなかったからである。


こうしてガルシアの指導のおかげでアレクは様々な属性魔法を同時に使う事ができるようになったという背景がある。


ということで、ガルシアは集まった生徒たちの前で講義を始めていた。


「それでは複数の属性魔法を教えるぞ?」


本日の共同研究の参加者はアレクとアイリーンの他にメリアとサラ、そしてローズマリアとオレアリス、あとロイと妹のメイである。


サラは魔法が苦手なのだが、アレクのように魔法を剣に纏わせることができるようになりたいということで本日参加した次第である。サラも魔法は苦手なれど、毎日練習はしている。ただ得意の剣術よりも伸び代が感じられずにいたため、何かしらのヒントを得るために今回参加した。


オレアリスの初恋の相手はサラである。

オレアリスはサラが近くにいることで既に必要以上に緊張していた。


「それでは少し見本をみせてみようかの」


ガルシアはそう言うと手をかざして魔法を唱える。


「フレイムアロー」


すると手から炎の矢が飛んで遠くの的に当たると、的は砕けて燃えてしまった。


「このフレイムアローは火と風の魔法を使っておる。だいたい火が4割で風が6割の魔力を込める感じかのう。あんまり風属性が強いと火が弱くなる。かと言って火を強くしすぎても勢いが無くなる。何事もバランスじゃ」


みんなガルシアの講義に夢中になって聞いている。ただローズマリアは少しつまらなさそうにしていた。


「どうしたんじゃ?そこのお嬢ちゃん」


「いえ、複数の属性魔法を習得するぐらいなら一つの属性を極めればよいと思っただけですわ」

「そうじゃの。それもまた道の一つじゃ。実際に魔塔におる魔法師たちは各々自分たちの属性魔法を極めようと精進しておる。しかし、ワシのように複数の属性を鍛えることで魔法の幅を増やしていく方法もあるということじゃな」

「そ、それもわかってはいますわ!」


どうやら自分の好みではないということなのだろう。ローズマリアは好きか嫌いかで物事の判断を決めるタイプであり、好きな自分の好きな魔法だけを極めて使いたいタイプだった。


「まあ、どのみちいずれは自分の限界というのがやってくる。その時に自分がどうすべきかを考えれば良いじゃろうな。人には向き不向きがあるのでな」

「どちらが向いているかなんて、どうやってわかるんですか?」


ロイの妹のメイが質問する。


「ただやってみる事じゃ。やって自分が楽しいかどうかじゃな。やっても楽しくない時期がきたら考え直せばよい。それまでは魔法を楽しみながら学ぶことじゃな」

「他の属性はどうやって鍛えるんですか?」

「とにかく繰り返し魔法を使うことじゃな。水魔法が苦手ならひたすら水を出し続けることじゃ。そこのアレク王子は全ての属性を持っているが、全ての魔法を小さい頃からずっとやり続けてきたから使えるようになっただけじゃ。最初から出来る者などいやしないのじゃからな」


ガルシアの講義の中で突然、聴講生の一人ロイ・フォルスが手を上げた。


「あ、あの」

「何じゃ?質問かの?」

「ガルシア様、ひょっとして、詠唱を簡略していらっしゃるのではありませんか?」

「おお、そうじゃったのう、そういえば詠唱簡略化の授業はしておらんかったかのう」

「してません」

「受けてませんね」

「僕は四年生ですけど詠唱簡略化は今まで受けたことがありません。いつ習うのですか?」

「ガルシアさまぁ〜!詠唱簡略化はガルシアさま独自の技術ですぅ!学園はおろか、魔塔、王宮魔法師の方たちも誰一人として詠唱簡略の方法は習っておりません〜!」

「え?僕は習いましたけど?」


アレクは何のこっちゃと反応してしまい、周囲はさらに混乱した。


「アレク様、そ、そうなのですか?」

「ガルシアさま〜!ど、どういう事ですか〜!」

「そ、そうじゃった。アレク王子に魔法を教えておったら、いつのまにか詠唱の言霊を勝手に省略しておっての。試しにワシも詠唱を簡略化してみたら魔法が思い通り行使できたのじゃ。それを論文にして今度発表する予定なんじゃった」


すまんすまんと誤魔化すように自身の頭を撫で回すガルシアにフランは「そんなの信じられません!」と言って少々混乱していた。


アイリーンも驚いている。

なにせアレクが今まで使っていた魔法が全て詠唱簡略だったことに気づかなかったのだ。

(小さな声でつぶやいていたのかと思ってましたわ)


アレクは詠唱簡略が当たり前だったのであまり気にしていなかったが、今までの魔法師たちは魔法行使の際には小さな声で詠唱していたのをアレクは聞き取れていなかっただけなのだ。アイリーンは詠唱中は気付かれないよう小さな声で詠唱するのが主流だと習っていた。そのため、この国の魔法師たちは小さな声で魔法を詠唱し、気付かれないよう魔法を行使していたのである。


「ま、小さな声で詠唱してもよいのじゃが、いくつかの魔法を連続に使うとなれば話が違うからのう。魔法の連続行使は詠唱簡略がないと出来ぬからのう」

「た、確かに」


アレクは当たり前のように出来ていたので皆が違う認識だったことに今更驚いている。

かたや、そこにいた者たちは全員が皆初めて聴く内容だと言って熱心にガルシアの授業を聴いていた。


(俺が子供の頃はとにかく杖で頭を叩かれながら無理やりやらされていたんだけどな)


アレクはガルシアを尊敬はしているが小さい頃からのスパルタ教育ゆえか、師匠であるガルシアには苦手意識が強い。しかし、そのようには教えられていない他の生徒たちは「ガルシア様スゴい!」とガルシアへのリスペクトが爆上がり中である。


「よし、今回魔法の詠唱簡略化の方法も教えてしんぜよう!」

「ほ、本当ですか!?」

「本当じゃ。詠唱簡略は誰にでも出来るとワシが保証しよう」


やったー!!


聴講生の生徒たちは全員喜んでいる。フラン先生などは調子良く「さすがガルシア様ですぅ〜」などと言って感動していた。


周囲は歓喜に包まれた。

詠唱簡略は魔法師たちの悲願なのだ。


まず詠唱読みが面倒だ。

実戦で魔法を行使するとなると詠唱が長いのは致命的で詠唱中に殺されてしまえば元も子もない。


ということでこの特別授業に参加できて本当に良かったと皆口を揃えて言っていた。


「それでは皆、魔法詠唱の簡略化のやり方を教えよう」


ガルシアは杖に魔力を纏わせるとすぐに土魔法で土壁を作った。


「おお!!」

「速い!」


皆、詠唱簡略に驚いている。


「コツは詠唱の言霊をなるべく簡単にまとめるところから始めるということじゃ。そのうちイメージとキーワードだけで魔法が具現化されるようになる」


「す、すげえ」

「わ、わたくしにできるかしら」

「まあ、最初は大変だがの、やってみれば分かる。だんだん楽に魔法が使えるようになるからのう」

「俺、今日ここに来て本当に良かった」

「ぼ、僕も」


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ!さあ、自分の得意魔法から詠唱簡略をやってみなさい。言葉を選びつつイメージを固めるのじゃ」


ガルシアがそう言うと皆並んで魔法を出してみた。


「うーん、難しい」

「なかなか出来る気がしない」

「まあ、最初はそんなもんじゃ、諦めずに繰り返し練習してみなさい」

「は、はいっ!」


皆が苦戦する中、一人だけすぐに魔法の詠唱簡略を使える者が出てきた。


「オーッホホホ!!これを見てご覧なさい!」


ローズマリアの頭上には巨大な火の玉が浮かんでいる。


「灼熱魔法!!エクスプロージョン!」

「ん?これはいかんな」


ガルシアはサッと杖をかざすとローズマリアの出した火の玉を大量の水が包み込んだ。


ジュワーー!!


ローズマリアの出した巨大な炎は掻き消されて消滅した。


「これこれ、ローズマリア嬢よ、あんなデカい炎を落としたらこの辺りがとんでもない事になりますぞい」


ガルシアはこともなげにローズマリアの出した炎を消してローズマリアに説教した。


「皆よく聞きなさい。自分の力を誇示することだけを考えてはならん。魔法は有益にかつ有効に使うべきじゃ。自分の力を見せつけるためではないぞ。ローズマリア嬢よ。そなたの魔法はとても素晴らしいが使うべき場所を間違えてはなりませんぞ。あのような魔法は戦場においては有効でありますがこのような場所で使うべきものではございませんぞ」

「は、はい、わ、わかりましたわ。……ごめんなさい」


ローズマリアはシュンとなって謝った。今までの彼女であればプライドが傷つけられただけで憤慨したであろうが、心を入れ替えた彼女は素直に謝るのであった。


「まあ、しかし、こんなにも早く魔法詠唱を簡略できるとは、さすがはカルバン侯爵家のご令嬢ですな」

「ま、まあ、わたくしにかかれば、こんなこと、容易いことですわ!」


オーホッホッホ!!


苛烈なれど扱いやすい女、ローズマリアは声高らかに笑って喜んだ。


「さあ、皆もやってみるが良い」

「はい」


こうして三時間ほど経った頃、アイリーンが詠唱簡略に成功した。そしてロイ、メリアが詠唱簡略に成功する。


一方、オレアリスはなかなか簡略化が出来ないと悩んでいた。


「まあ、詠唱簡略などすぐに出来るものではないぞ?もともと魔法を使い慣れた者にしか出来んからの。もし難しいのなら帰ってから練習するがよい。せっかくじゃ、この時間は二属性魔法の行使を練習してもよいぞ?」

「は、はい、やってみます」

「ここにおる生徒諸君、詠唱簡略がまだ出来なくても悲しむ必要はない。詠唱簡略のコツとしては、まず魔法を使い慣れることじゃ。だから繰り返し、繰り返し、反復するように魔法を行使し続けることが大事なのじゃ。その点では二属性魔法の練習から先に始めた方が良さそうじゃな。よし、これから二属性の魔法を調整し、魔法を唱えてみなさい。お題は自分の属性魔法ともう一つの属性魔法を組み合わせる事じゃ。この場合、詠唱は二つの魔法を詠唱するため長くなる。またどのような魔法になるかイメージするのも難しい。想像する力を養いなさい」

「はい!」


オレアリスは水と風の魔法を使ってみた。どれも大したものではないが苦手な属性を出し続ける根性をガルシアに褒められた。


ロイも風魔法と火魔法を使ってファイアーストームを作り出す。炎を竜巻は小規模ながら確かに威力はありそうだった。


「これは素晴らしいのう。その調子じゃ」


ガルシアに褒められたロイは素直に照れて嬉しがる。一方メイは風魔法以外は全く出来ずに涙目になっている。この二属性魔法の練習では直感力とイメージというか妄想癖のある人間ほど成功率が高かった。メイも妄想癖がありそうだが、意外にも新しい魔法をイメージすることは苦手のようだ。大好きな兄のロイとあれこれ妄想するのは得意らしいがそれ以外のことはあまり考えないみたいだ。


皆、結果は早く欲しがるものだ。

ガルシアも出来なくて悔しがる生徒たちを見てはその都度アドバイスをしていく。


「焦ってはいかん。しばらくは魔力を練りなさい。溜まった魔力を使って水なら水、火なら火を思い浮かべるのじゃ。最初は小さい火かもしれんが少しずつ大きくなるじゃろう」


同じ魔力を込めても風属性ならすぐ出るのに水だと全く出なくなる。火や土も同じだ。だからちゃんと魔法として出すには十倍の魔力が必要になるということだ。


だから皆の割が合わずに得意な属性の魔法のみ扱うようになってしまう。


しかしながらガルシアはそうした無駄と思えることをコツコツとやり続けていったことで魔法師としてトップの座に着いたのだ。


これを無駄とは言えないだろう。


しかし、皆わかっていても簡単に真似出来るわけではない。やはりどこかで諦めて安易な道に進むようになっていくのであった。


皆それぞれ魔法の鍛錬をしている中で魔法が苦手だったサラにも変化が訪れる。


「えーい!ファイアソード!」


サラが自分の剣に炎を纏わせる。


「や、やった!」


炎を纏った剣はメラメラと燃えていた。


しかし、


「あっ、熱っ!!」


炎によって熱せられた剣は熱くなりサラも思わず剣を手放してしまう。


「ホッホッホ、よい魔法じゃ。しかし先のことを考えて使えるようにならんといかんのう」

「そ、そんなあ……」


サラは悲しそうに項垂れる。


「まあ、炎を纏わせるよりは炎を投げ飛ばすイメージのほうが良いのではないかのう」


「はっ!そ、そうですねっ!」


サラは再び魔力を練る。


「ファイアソード!」


今度は剣を振って炎を出した。


「やった!成功だ!」

「良くやったの」

「はい!ありがとうございます!」


サラは嬉しそうだ。

オレアリスも遠くからサラの喜ぶ姿を見て顔を赤くしながら嬉しそうに喜んでいた。


「さて、せっかくじゃから試してみるかのう」


そう言ってガルシアは杖を地につける。


「出でよ!ゴーレム!」


地面からボコボコと土の人形が出てきた。人形は人と同じ大きさであり、腕や足は太く、胴体もゴツい土人形が出てきた。


「スゴい!」


生徒たちはみんな驚くばかりだ。


「この土人形ゴーレムはワシの意のままに動く。どれ、サラとやら、この土人形と戦ってみなさい」

「は、はい」


サラはドキドキしながら剣を持ち、ゴーレムを斬りつける。


サラの一撃でゴーレムはすぐに崩れて土に還ってしまった。


「まだじゃぞい」


ガルシアが手をかざすとまたゴーレムが形を作って復活してする。サラは小さな声で詠唱を呟きながら剣を構えた。


「ええい!ファイアソード!」


サラはもう一度魔法を使う。


ボンっ!


サラの生み出した炎はゴーレムに着弾するものの、ゴーレムは大した損傷もなく元気なままだ。


「そ、そんなっ!」


サラは自分の魔法が全く効かなかったことにショックを受ける。


「説明しようかの。魔法には相性がある。水、火、風、土、それぞれが干渉しており属性によって優劣がつくのじゃ、このゴーレムには水の属性を付与しておる。炎と水は相反するがゆえ互いに力を打ち消してしまう。だから魔法を使おうにも威力が損なってしまうのじゃ」


「あ、あのう」

「ん?なんじゃ?」


フラン先生がガルシアに話しかけた。話の腰を折られたガルシアは少し不機嫌になりながらもフラン先生に応える。


「ガルシア様、申し訳ありませんが、じ、時間が……」


よく見ると夕方になっており、ほかの授業の生徒たちはもう帰ってしまっている。


気がつけばいつの間にかローズマリアの姿もなかった。


「う、うむ、今日はこれまでじゃ、また各自修練に励むが良い」

「は、はい」


ガルシアはそそくさと立ち去り、今回の授業に参加した生徒たちはそれぞれが微妙な反応をしながら各自、自主練に励むのであった。

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