第63話 サーシャその後①

がたん


ごとん


がたん


ごとん。


ガタン!!


「痛たた!」


現在サーシャは王都を離れ、実家のある領地へと向かうため馬車に乗っている。

つい先ほど馬車の車輪が小石に乗り上げたため、馬車は揺れてしまったようで、その振動でサーシャもお尻が痛くなったようだ。そもそも馬車で長時間座りっぱなしと時々くる振動でのおかげで、お尻どころか骨の髄まで痛みを感じるほどに地味な苦痛をずっと我慢し続けているサーシャであった。


(本当に遠いのよね)


王都を出てからかれこれ四日はかかっただろうか。道中は宿に泊まり、そして馬車に乗り継いで町にたどり着くとまた宿に泊まる。そうして4日かけてようやく自分の実家である男爵家の領地へと辿り着くことができた。


領地に入るとすれ違う馬車も少なくなり、いつのまにかサーシャの乗る馬車の周囲には見渡す限りの小麦畑が広がっていた。サーシャは景色を見るたびに10年前と何も変わっていない景色を観て何かしら郷愁を想いを胸に抱く。


「……ここはのんびりして良いわね」


サーシャは何もない風景を見てつぶやいた。

サーシャの領地は農業が主体だ。本来なら領地経営も地道にやっていれば利益は出るはずなのだが、サーシャの父はとにかく情に弱いところがあり不作の時には年貢を取らず、また良作の時には必要以上には年貢の取り立てをしなかったため、領地の懐具合は常に寂しいままだった。


おかげで領民達からは大変好かれてるいるのは良いが、残念ながら良いように利用されているだけというところもあり、特に悪い商人たちからは時々カモにされているようだ。


サーシャには領地経営などよくわからない。しかし家計などのやりくりであれば父親よりはマシなやりくりはできるであろう。


しかしながら今のサーシャは領地の事などに口を出せる立場ではない。それどころか自分がしでかした罪と過ちを繰り返し振り返って反省しているところだ。


クレメンスに騙されて、こともあろうか王子であるアレクに毒を盛ってしまったのだ。本来ならば死罪になるところを国王陛下の温情によって領地での謹慎処分で済んだ。


しかも後から聞いた話ではクレメンスの正体は化け物だったそうで、アレクが顔を切った際に爬虫類のような顔が見えたと言われた時にはさすがのサーシャもショックを受けた。


「あんな面の皮一枚で騙されていたなんてね」


セバスの話によると自分は魅了の魔法にかかっていたらしいが、魅了の魔法にかかるにも本人が相手に好意を持っていることが前提であるそうだ。最初からサーシャが用心していれば魅了の魔法にかかることはなかったそうだ。


完全なる失態である。


「本当に馬鹿みたい……」


確かに本当に取り返しのつかないことだった。それでももう過ぎたことではあるが、サーシャは繰り返し思い出してその度に自責の念にとらわれているのであった。


こうして帰路の間、サーシャが自責に悩み、落ち込んでいると馬車はいつの間にか自分の家のある街へとたどり着いた。


「あ、ここで降ろしてくださいな」


サーシャは馬車に降りて御者にお金を支払う。


「どうもありがとう」


サーシャは御者にお礼を言った後、たったひとつだけの自分の荷物であるトランクを持って実家に向かった。


サーシャの実家は男爵家である。貴族として、それなりに大きな屋敷ではあるのだが築年数がとても古く、長年の風雪に耐えかねた屋敷は修繕もままならないために領民たちからは貧乏男爵屋敷と呼ばれている。


「やっと着いたわ」


サーシャは重いトランクを持って屋敷に入った。


「ただいまー」


サーシャが屋敷に入ると沢山の子供たちが出迎えてくれた。


「サーシャ姉様!お帰りなさい!」


サーシャの弟や妹たちはわらわらとサーシャに抱きついたり手を握ったりとまとわりついてサーシャを出迎えてくれた。


「おお!サーシャ!よく帰ったな!」


父のパトリックも出てきた。


「サーシャ、おかえりなさい」


母のサリアも一緒だ。


サリアは赤ちゃんを抱えていた。こないだ生まれてまだ一年も経っていない。一番下の弟はまだ毛も生えきっておらずちょびっと薄毛であった。まだ眠たいのか母に抱かれてすやすやと眠っている。


「お父様、お母様、ただいま帰りました」


ん?


サーシャが母のサリアをよく見ると下腹部あたりが少し膨らんでいる。


「お母様、も、もしかして、……ま、また?」

「はっはっは!サーシャ喜びなさい!また子宝に恵まれたぞ!」

「お父様?……本当に意味がわかって言ってらっしゃるの?」

「あ、ああ、……そうだな」


サーシャの威圧を感じたパトリックは少し怯え出した。


「はぁ、もう、私もお金を工面できないのですよ?もう少し自重してくださいね?」

「も、もちろんだ。なあ母さん」

「ええ、貴方が我慢すれば大丈夫よ」

「は…はっはっは」


とりあえず笑って誤魔化すパトリックであった。


「はぁ、もう、相変わらずね」


実家に戻ったこともあってか、少し機嫌が戻ったサーシャは久しぶりの家族との再会に喜び思わず涙を流す。


「姉様、どうしたの?」


五男の弟パウロはサーシャが泣いているのを見て不思議に思う。


「ありがとうパウロ、姉さんはね、久しぶりにみんなに会えたから嬉しくて涙が出てきたの」

「そうなの?」

「パウロ、姉様は疲れているのだからあんまりくっつくんじゃないぞ」


そう言ってサーシャの荷物を手に取って話しかけてきたのはサーシャの弟であり次男のサウロ(21)である。


「サウロ、ありがとう」

「姉さんこそ、お疲れ様、長旅で疲れたでしょ?少し休んだ方がいいよ」

「そうね、でもみんなに会えたのだからすぐに休むなんてできないわ、お父様とも少し話したいこともあるしね」

「そっか、それじゃあこの荷物は姉さんの部屋に置いてくるよ」

「ありがとう」

「ねえねえ姉様!王都の事を話して!」

「姉様王城で働いていたのでしょ?王子様のお世話してたってお母様から聞いたよ!」


2人の妹であるエルザとジェシカは自分たちもいずれは王城で働きたいと願う夢見る乙女たちだ。


貴族の恋物語ばかり読んで、貴族社会に変な希望ばかり抱いているのだろう。


サーシャは余計なことを何も言わないように「また夜にお話ししましょう」と言った。


ジェシカも今年から社交界のデビュタントを迎える。本来ならもっと早くなるはずだったのだがお金が足りないために遅くなったのだ。


そのお金を工面したのもサーシャである。


しかし、サーシャが問題を起こした為にジェシカの社交界デビューは難しそうだ。もし社交界に出たとしても自分のせいで周りから陰口や悪口を言われることになるだろう。


サーシャは申し訳なさそうに溜息を吐く。


「ごめんなさいね」


サーシャの言葉の意味を理解した兄弟たちは「姉様は気にしないで」と慰めてくれた。


「さあ、サーシャ!ここにずっといても仕方ない。とりあえず場所を変えようか」


父であるパトリックはそう言ってサーシャを連れて自分の執務室へと移動した。


「とりあえず陛下からお前の事は聞いている。本当に災難だったな」

「お父様、本当にごめんなさい」

「何を言う。お前が頑張ってくれたおかげで我が家の財政も無事乗り越えてこれたのだし、子供たちも立派に育ってくれた。こんな事で挫ける我らではない」

「ありがとう」

「まあ、久しぶりに家に帰ってきたんだ。しばらくはのんびり暮らすと良い」

「ええ、そうね、そうするわ」

「ああ、それとお前の幼なじみだったケビンがお前が帰って来るっていうので会いたがっていたぞ?」

「え?ケビンが?あいつまだ結婚していなかったの?」

「そうだな、なんか家が忙しいって言ってそんな余裕が無いと言っとったかな。まあ、また来ると言ってたぞ?」

「ありがとう、また久しぶりに会ってみるわ」

「案外お前の事をずっと待っておったのかもしれんぞ?」

「な!何も言ってるの?そんな私が王城に行ってもう15年も経つのよ?そんな事あるわけないじゃない!」

「まあ、お前たちも子供だったからなあ」

「そ、そうよ!もう、そんな事言わないでください!」


(変に期待しちゃうじゃない!)


サーシャの幼なじみのケビンは大地主の息子である。領主の父とケビンの父は仲が良く、2人が子供の時は良く遊んでいた。


子供の頃の記憶ではあるがケビンも容姿は良かったはずだ。若くして禿げていないのであれば結婚相手には困らないはずだ。


(でも恋人ぐらいはいそうよね)


もう期待はしない。

2度も騙されるほど愚かな女ではない。

サーシャは変な期待しないと自分の心に言い聞かせた。


「お前の部屋は昔のままだ。ゆっくりと休みなさい。あ、食事の用意は母さんと一緒にしてくれると助かるな」

「ええ、大丈夫よ。私も何もしないと体が鈍っちゃうから少しでも働きたいのよね」

「あんまり無理はするなよ?お前の兄弟たちもいるんだ。みんなと遊んだりすると良い。パウロやエリザたちもお前と話したり遊んだりしたいと騒いでおったからな」

「そうね。しばらくはみんなと一緒にいるわ」


サーシャはそう言って自分の部屋に行った。


バタン。


部屋に入り扉を閉めると急に静かになる。


「ふう、荷物も少ないし、とりあえず後でキッチンに行ってお母様と一緒に夕食の支度をしようかしら」


パトリックは男爵の立場ではあるがこの家には使用人を雇う余裕はない。


したがって妻のサリアやエルザとジェシカ達が食事の用意をしていたのだ。


次男のサウロは地主の1人でケビンの父であるカイザルの下で領地経営を学んでいる。ケビンも農家たちの元へ足を運んでは農作業を手伝っている。


当然サウロもケビンと共に農家達の手伝いをしながら領地の為に働いているのであった。


「みんな、成長したのね」


サーシャも大人になったものの、子供の時に出た頃と比べて皆成長と共に姿も変わっていった。


変わらないのはこの家と外の景色ぐらいだ。


この屋敷も子供が多いのにもかかわらず、屋敷自体が大きいために部屋数には困らない。


困っているのはお金だけ。

あと父親パトリックの子作りぐらいか。


もうこれ以上子供ばかり増えても大変になるだけだ。いっそのこと暴れ馬を去勢するようにしてしまえば大人しくなるかもしれない。


そんな危ないことを考えていたサーシャだったが、突然彼女のもとに誰かが訪ねてきた。


コンコン。


「はい、入っていいわよ」


ガチャ。


「姉さんちょっといい?」


入ってきたのはサウロだった。


「どうしたの?」

「いや、ケビンが久しぶりに姉さんに会いたいって言ってたから連れて来たんだけど」

「ええ!?もう来たの?」

「え?父さんが何か言ってたの?」

「え、ええ、ケビンの事はさっき聞いたわ。いまケビンはどこにいるの?」

「玄関にいるよ」

「はあ、わかったわ。今行く」

「姉さん、ケビンは独身だよ?ちょっとは期待しても良いんじゃない?」

「あなたまで何言ってるのよ!」


サウロは意地悪そうな顔でサーシャを揶揄う。サーシャもこれ以上揶揄われてはなるまいとプンプン怒り出す。


「ふふ、早く姉さんが結婚しないと僕も出来ないからね」

「え?あなた彼女いるの?」

「そりゃ僕だって結婚を約束した相手はいるよ。ただ、姉さんには色々世話になったし、僕もまだ一人前とは言えないからね。結婚は約束しているけど彼女には少し待ってもらっているんだ」

「そうなの、彼女さんとはまた紹介してね」

「ああ、今度紹介するよ」


サーシャはサウロと共に部屋を出てケビンが待つ玄関へと移動した。



サーシャの家族構成


爵位:男爵

家名「ゲニウス」


父、パトリック(48)

母、サリア(44)


子供たち

1.サーシャ(27)長女

2.クリス(25)長男(放蕩中)

3.サウロ(21)次男

4.エルザ(18)次女

5.ジェシカ(16)三女

6.ジョージ(14)三男

7.バレン(10)四男

8.パウロ(7)五男

9.マイケル(1)六男

10.未定(妊娠中)

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