第62話 はじめての劇場デート

さて次に行くところは劇場である。


ここ最近人気のある女優が演っている大人気の演劇を観るのだそうだ。


アレクは王子という立場にありながらも今までまったく演劇を観たことがない。(剣術と魔法の鍛錬に明け暮れていたから)


縁があるとすればかろうじて前世の時に小学校の文化祭に劇をやったことがあるぐらいだろうか。


(確か木の役だったなあ)


思い出に浸るアレクも今世に限っては演劇には全く興味がなく、個人で演劇を観に行こうなどとは到底考えることさえなかった。


ただそんなアレクではあるが、嬉しそうに演劇を観に行きたいと言うアイリーンの願いに抗えるはずもなく、また自分は興味が無いなどと言えるはずもない。


彼にとってはただアイリーンの喜ぶ笑顔を見れるだけで幸せなのだ。


二人はニコニコと微笑みながら劇場に入る。


「あ!?どうして2人がここにいるんだ?」


劇場の入口でばったり会ったのはなんとアイリーンの兄であるアランだった。


「あらお兄様の方こそ、どうして一人でここにいらっしゃるの?」

「ぼ、僕は演劇を観るのが大好きなんだ!アイリーンもよく知っているだろう?」

「あら、そうだったかしら?まあ……私たちは今デート中なんですの。お兄様には申し訳ありませんけど、失礼いたしますわ♡」


さあ、行きましょう。


アイリーンはそう言ってアレクと共に指定席へと移動するものの、背後ではアランが物凄い形相でアレクを睨みつけてくる。


「アイリーン、アレはいいの?」

「えっ?兄の事ですか?全然大丈夫ですわ!気にしないで先に行きましょう」


そう言ってアイリーンとアレクは指定席へと座った。


初めて演劇を観に来るアレクだったが、劇場は中世のオペラ劇場のような所でとても豪華な舞台だった。各席も5階ほどに分かれており、それぞれ個室のようになっている。


「すごい豪華だな」


アレクとアイリーンが座った場所は舞台ステージに近くてオペラグラスを使わなくても見える位置だった。


観客は満員、人気の程がうかがえる。


ざわざわと観客の声が聞こえる中で、舞台に一人の男性が出てきた。


「皆様!我が劇場へようこそ!私は当劇団の団長をつとめておりますアルセーヌ14世と申します。どうぞよろしくお願いします!」


アルセーヌ14世という団長は観客の前で深くお辞儀する。


「それでは只今より劇を開始いたします!」


団長がスーっと消えて舞台の幕が一旦降りる。


「始まりますわ!」


アイリーンが可愛らしく両手を組んでときめきながら言った。


(可愛いなあもう♡)


演劇よりもずっとアイリーンを観ていたいアレク。しかし、幕が上がると暗闇の中にスポットライトに当たる1人の美女がいた。


昔々のお話、


水の女神サファイアは水の世界から恋慕う男性の名を呼んでいた。


「ああ、ルビーオ、なぜ貴方はルビーオなの?」


(ん?)


アレクはアレ?何か聞いたことのある出だしなんだけどと思った。


よく見るとサファイア役の女性は超美人。


アイリーンも大きくなったら彼女よりももっと綺麗になるだろうと思ったアレクだが、隣からアイリーンが冷たい笑顔で迫ってきた。


「アレク様、何を見惚れてらっしゃるの?」


小声で柔らかい物腰だが、迫力のある笑み。


(アイリーンの、こ、怖い一面が)


途端に怯え出すアレク。

しかしアレクも気になることがあった。


「アイリーン、あ、アレ見て!」


アレクが指す先にはアイリーンの兄であるアランがいた。しかもサファイアがよく見える場所におり、アランの目は♡マークがついている。


彼は必死にサファイアを観ていた。


「サファイア!なぜ貴女はサファイアなんだ!」


(あーはいはい、アレね、ロミ◯とジュリエッ◯ね)


もはやアレクには演劇の真新しさは伝わってこない。


この演劇のストーリーは水の女神と火の男神とのラブストーリー。水の神々と火の神々は太古の昔よりお互い相容れずに争ってばかり。そんな中でサファイアとルビーオは恋に落ち、やがて2人は闘争の中に巻き込まれていく。


まんまやないかい!

これ作ったの絶対転生者だろ!

間違いないわ!


アレクは1人でツッコミまくった。 


「うぅぅ、サファイアが可哀想ですわ」


アイリーンはハンカチで涙を拭う。

しかし、もはやアレクにとって感動する所はない。


こうしてお決まりのエンディングを迎えた後、拍手喝采の中で幕は閉じる。


「素晴らしいお話でしたわ」


アイリーンは感動している。


「この物語は初代国王のアルテマ様が考えられたそうですの」


やっぱり初代国王って転生者だわ。

これ確定。

いつの時代でどこの国から来たんだろう。生まれた時代が同じであればアレクの異世界ライフももっと面白かったのかもしれない。


演劇が終わるとアレクとアイリーンは席を立った。


しばらく通路を歩くと劇場を出る途中でアランが大きな花束を持ってウロウロしていた。


「アイリーンあれって……」

「ああ、兄ですわね」


ほっといて帰りましょうと言いながらスタスタと歩くアイリーン。アレクはアランが気になって少し様子だけ見ていた。


アランはとても緊張してガクガクブルブルしており、サファイア役の女性がアランの近くに来た時に大きく息を吐いて持っていた花束を差し出した。


「マルガリットさん!こ、これを貴女に!さ、差し上げます!!」

「あら、ありがとうございます!」


マルガリットは丁寧にお辞儀をして花束を受け取った。


「今度よければご一緒に食事でも……」

「あら、ごめんなさい。ちょっと講演が忙しくて時間が取れなさそうですの」


またいらしてくださいね♡


アランはデートの申し出を断られてがっくりと項垂れていた。それでもマルガリットの美貌には抗えない。程よく断られたのではあるが純粋なアランは余程忙しいのだろうと疑いもせずにマルガリットの言い訳を鵜呑みにするのであった。


「なんか可哀想だな」

「そうですか?分不相応なだけですわ」


アイリーンはハッキリと言った。

実の兄だからかコメントが容赦無い。

自分が妹のマリアから同じセリフを言われたらしばらくは立ち直れないだろう。


マルガリットはさっさと自分の楽屋に入っていった。アランはしばらくマルガリットの楽屋前でウロウロしていたが、人の往来が激しくなると諦めて帰って行った。


「さあ、行こうか」


アレクとアイリーンは劇場を出て噴水のある広場に行った。


「デートでは本当はお買い物にも行きたかったのですけど、私は未だにお金を手元に持った事がありませんので困っていたのです」

「僕もお金をもらった事がないな。確かに屋台で買い物したくても買えないよね」


この国の貴族の子弟はお小遣いなど貰ったことがない。ただ欲しいものが有れば言えば直ぐに手に入るため不自由はしない。


(確かにあのどでかいパフェを食べた時も名前を言っておけば後で従者が支払いに行ってくれるんだもんな)


お金などなくても好きに買い物が出来る身分に生まれたのは幸運だったろう。ただ前世の学生恋愛モノのような夏祭りデートや買い物デートと同じように体験できないのが残念だ。


異世界もすべて自分の思い通りにはならないものだ。


ただ今回初めてのデートでアイリーンと一緒に行動出来たことがアレクにとって何よりの幸せだった。


アレクは噴水の近くで立ち止まる。


「僕はアイリーンと出会えて本当に良かった!アイリーン本当に僕を選んでくれてありがとう!」

「アレク様…私の方こそ感謝してもしきれません。本当にアレク様と共に歩めることができて嬉しく思いますわ」


夕焼けのせいかアレクだけでなくアイリーンの顔も赤く染まっている。2人は照れ照れしながらとても良い雰囲気になっていた。


(アイリーン様!頑張って!)

(こ、ここでキ、キスするのでしょうか)

(いえ、流石に貴族令嬢たるもの慎みがなくてはなりません。そうやすやすと殿方と唇を合わせようなどとはなりませんわ)

(さようですか。いや先程の劇の影響か、なにか浪漫を感じるものですからつい期待してしまいました)

(……実は私も密かに期待はしてしまいました)

(ですよね)


アレクとアイリーンを見守りながら陰でヒソヒソと話し合っているのはメリアとサラである。


サラは今回お留守番のはずだったのだが、せっかくの休みなのだからとたまたま街に出かけていたところにデート中の二人を見つけてしまった。


その時サラは二人に声をかけようとしたところにメリアが慌ててサラを呼び止めて事情を説明したのだ。状況を理解したサラは「自分もお手伝いします」と自ら率先して周辺の護衛に入って現在にいたる。


ということで2人ともこういった展開に慣れてはいないものの実は恋愛モノは大好物、胸キュン大好きな年頃の乙女なのであった。


アレクとアイリーンも流石に2人の視線が気になりせっかくのムードは台無しに。


「……帰ろうか」

「……はい、そうですわね」


(サラとメリアは後で説教しないといけませんわね)


アイリーンは微笑みながらアレクと共に並んで帰るのである。


(せっかくですから)

「あっ!?」


アレクは驚く。

アイリーンはアレクの腕に寄り添うように腕を組んで近寄ってきた。


「せっかくのデートなのですもの。学園にはいるまではこのぐらいなら構いませんよね?」

「う、うん、」


アイリーンの感触を感じながらもアレクは緊張してブリキ人形のようにギクシャクとして歩くのであった。


「うふふ♡アレク様!またデートに行きましょうね♡」

「うん♡そうだね」


本日のアレクは超ごきげん。

怒った時のアイリーン以外、もはや怖い者などないといった感じだ。


「あら、アレク王子、こんな時間に何処へいっていたのかしら?」


何故か校門の前にメサーラ学園長が立っている。しかもなにやらお怒りの様子。


「ど、どうもメサーラ学園長。どうかされましたか?」


アレクは恐る恐るメサーラ学園長に聞いてみた。


「ああ、なにやら学園の生徒であり、この国の王太子になろうはずのお方が貴族令嬢と2人でデートをされていたとの目撃情報が多数私の元に届きましてね。あなたのお父上にも報告しておきましたわ」

「え?何か問題でも?」

「ええ、まあ、問題は無いと言えば無いのですけどね。お二人とも既に婚約もされていますからね」


アレクとアイリーンは首をかしげる。

一体なにが問題なのだろうか。


「あなたたちはまだ子供でしょう?いくらなんでも2人で王都の街を歩き回るだなんて非常識が過ぎます!移動するのであればちゃんと従者を連れて行きなさい!」


メサーラ学園長のお小言説教が始まった。


さすがのアイリーンもせっかくのデートで実は従者たちに護衛させてましたとはアレクの前では言いにくかった。しかし状況が状況なだけに正直に話すしかない。


「あのう、メサーラ学園長、私たちは一応従者を連れていっていたのですが」

「え!?そうなの?」


驚いたのはアレクの方だった。

メサーラは大きく溜息を吐く。


「あのねえ、アイリーン嬢。従者がいるのはわかったわ。ただあなた達は将来的この国を背負う立場にいるのよ?もう少し外聞というものを気にすべきね。醜聞を晒さないように気をつけなさいと言いたいのよ。わかりますか?」

「……はい、わかりました」


アレクはすぐに謝ったがアイリーンは始終納得いかない顔をしていた。


「わかったのなら結構よ。もう寮に帰りなさい。私の方から辺境伯家にも伝えておきますから」


そう言ってメサーラ学園祭は不満気なアイリーンの顔を見てから自分の執務室に戻っていった。


「今日はありがとう。ちょっと最後は残念だったけど楽しかったよ。じゃあまた明日」


アレクは校門の前でアイリーンに申し訳なさそうにそう言って寮へ帰ろうとするも、アイリーンはまだ納得いかない顔をしていた。


「アレク様!私たちは何も悪いことをしていたわけではありませんわ!醜聞などありえません。だって私たちが守るのはこの国の全てでありますもの!そうであれば私たちも若い頃から国の民の側を見ておく事は大事だと思いますわ!」


アイリーンはメサーラ学園長に言えなかったことをアレクに言った。

アレクは真剣なアイリーンの主張を聞いて確かにそうだなと思った。


「そうだね。アイリーンの言う通りだ。僕も浅慮だった」


「いいえ、アレク様は悪くありませんわ!悪いのはあのオバさんですわ!」


アイリーンがそう言うとどこか遠くから突如謎の光線が飛んできた。


ピュン!!


その光はアイリーンの顔のすぐ隣を横切るとアイリーンの後ろにあった植木の枝が折れる。


慌てて光線が飛んできたところを見るとメサーラ学園長が今まで見たこともないほどの鬼のような形相で立っている。


(次また同じセリフを言ったら……わかるわね?)


オバさん。


妙齢の女性の前では決して言ってはならない禁断のキーワード。アレクとアイリーンはゴクリと唾を飲み込み、いつのまにか冷や汗をかいていた。


「さ、さあ、帰ろうか」

「え、ええ、そ、そうですわね」


そう言って2人はそそくさと寮に戻るのであった。



その日の夜。


「それでさ、アイリーンがね。ありえないほどたくさん入ったいちごパフェを食べたんだよ!」

「ホッホッホ、アレク様良かったですなあ」

「いや、さすがに僕も食べ過ぎて気持ち悪くなっちゃった」

「まあ、それは大変でございましたな。しかし、アイリーン様がまた行こうとおっしゃったのでしたらアレク様もまたもう一度食べに行かれるのでは?」

「そうなんだよね、まあ、でもアイリーンも幸せそうだったし、また行くしかないよね!」

「アレク様、別に同じものを食べる必要はありませんぞ?2度目は違うものを試してみたいと仰ればよろしいかと思います」

「あ!そうか!さすがセバス!ありがとう!」

「ホッホッホ、アレク様のお役に立ててセバスは嬉しゅうございます」

「いやあ、今日のアイリーンはとっても可愛かったなあ♡学園長からは叱られたけどまたデートに行きたいなあ」

「陛下も昔はよく王妃様とデエトに行かないかと誘っておられました。ですからアレク様をお叱りになることはないかと存じます」

「え?父上も母上とデートに行ってたの?」

「ええ、若い頃の陛下もアレク様と同じように王妃様とお逢いになる時はとても緊張されておりました。アレク様は陛下によく似ておられますなあ」


セバスはしみじみと昔を思い出しながら父である国王と王妃の若い頃の話しをしてくれた。


アレクは面白い話を聞いたとほくそ笑むのだった。



「今日のデートはとても楽しかったですわ!」

「アイリーン様良かったですね」

「ありがとうメリア。ああ、そうそう、そう言えば先程のことですけれども、サラと一緒に私たちをずーーーーーーっと見ていましたわね?」

「え!?」

「あの時は私もちょっと良い雰囲気でしたの。でも貴女たちの視線がね?ちょっとどうにかならなかったのかしらね」

「も、申し訳、ありません!」

「2度目はありませんわよ?まあ、でも貴女たちの護衛のおかげで今回は良いデートになりましたし…今回は不問とするわ」

「あ、ありがとうございます」

「さあ、また明日もアレク様と共に勉学に励みましょう!」

「はい!アイリーン様!」


2人は意気揚々と明日の支度に取り掛かるのであった。


サラは1人で寮の部屋に戻ったのだが、アレクとアイリーンのアツアツシーンを何度も思い出しては1人で興奮するのであった。


「ね、眠れない……」


サラは今日の2人のデートを見たせいか興奮がおさまらずに1人眠れぬ夜を過ごすのである。


そうして次の日の朝、アレクとの朝の鍛錬でサラは珍しく寝坊して遅刻するのであった。

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