第58話 その後の様子

アイリーン達の石化の魔法が解かれて無事に元に戻ることができた。


これも猫神様たるアマリア様のおかげであろう。


こうしてアレク王子毒殺の事件は少しずつ解決する方向へと進んでいくのであった。


サーシャの意識は戻り、アイリーンたちの石化も解除された。そして事件に関与したヘンリー教頭をはじめ、第2王子派の貴族、そして教師も含めて数多くの者たちが処罰された。


ヘンリー教頭は終身刑であるが、一部の教師は奴隷となり、ただ役職を解かれただけの者も貴族の中には数多くいた。


この一連の事件によって第2王子派であった貴族や生徒達は処罰を恐れてか随分と大人しくなった。その中にはアイリーンの兄であるアランもいた。彼は第二王子派であったのだが今回の事件によって関与(といっても特にな何もしていない)がバレてしまい、祖父ガスタルから激しく叱責された。幸い身内には被害者のアイリーンがいたおかげで騎士団に取り締まられることは無かったようだが、これ以降、アランは第二王子派とはなるべく関わらないよう、おとなしくなるのであった。


こうして事件のほとんどは解決された。

残るはサーシャである。


彼女は国王の審判によって、アレク王子のメイドは解雇させられた。そして今後は自領へ戻り、生涯謹慎の処分となった。


これでも関与した他の貴族と比べてかなり甘い処罰であった。そのために多くの貴族たちからは随分と妬まれたようだ。


アレクはホッとしており、謹慎といえどもサーシャが地元で結婚して幸せになることを心から願った。


「最後にサーシャに挨拶をしたいのだけど」


アレクは最後の機会としてサーシャとの面会を求めた。


サーシャはすでに王城の地下牢から別室に移動して軟禁されており、アレクはセバスに案内されてサーシャとの面会を果たすことができた。


「久しぶりだな」

「ええ、アレク様もお元気そうで」


しばらくぶりのサーシャとの再会であるが、サーシャは以前と比べて少し痩せており、あまり眠れなかったのか目の下にくまができていた。


「サーシャは大丈夫?」

「はい、わたしは大丈夫です。わたしの方こそ殿下にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「本当に大丈夫なのか?」

「はい……」

「こう見えても僕が小さい頃からサーシャに育てられてきたんだ。大丈夫じゃないことぐらいはわかる。僕だって心配なんだよ」

「うぅぅぅ、あ、ありがとう、ございます、アレク様、本当に申し訳、ありません」


サーシャはシクシクと泣き始めた。


「いや!サーシャは何も悪くない!あのクレメンスという男に騙されただけじゃないか!しかも自分の生命も危険に晒して……サーシャは損してばかりじゃないか!こんなの僕だって許せるはずがないよ!」


アレクはサーシャを必死で慰める。


「サーシャはいつも頑張ってくれた!今回のことだって本当はメイドを辞めてほしくなかった!でも、父からは反対されて、僕だってこれからもサーシャといたかった!」


アレクは拳を握りしめて悔しそうに顔を歪ませる。


「アレク様、あ、ありがとう、ございます」


サーシャは涙を流しながら、うずくまるように泣いていた。


「サーシャ、今まで本当にありがとう。自領に戻ってからも元気でいてほしい。そして今度こそはちゃんと幸せを掴んでほしい」

「は、はい!ありがとうございます」


サーシャは目に涙を浮かべながら必死で笑顔をつくった。


「それじゃ姉さん。今までありがとう。どうぞお幸せに、」


アレクはサーシャに握手を求めた。

サーシャは震える手でアレクの手を握り、互いに微笑みながら握手を交わした。


「機会があればまた会いに行くよ」

「うちの領地には何もありませんよ」

「サーシャがいるじゃないか」

「もう、アレク様にそんな事言われてもトキメキませんよ。そんな事はアイリーン様におっしゃってください」

「ああ、確かに姉を口説くわけにもいかないな。でもまた会いたくなったらサーシャのところに行くよ。どうかそれまでには幸せな家庭を作っていてほしいな」

「もう、弟のくせに生意気ですよ。わたしだってアレク様がまたトラブルばかり起こさないか心配でなりませんよ」

「いや、もう大丈夫だろ」

「いえいえ、何を仰いますやら、もともと問題児なのですから、ちゃんとご自覚くださいませ」

「ふんっ!サーシャだって失敗する時があるじゃないか!」

「わ・た・し・は良いのです!はあ……部下の失敗なんて簡単に許せる器の大きな方になってほしいものですね!」


なにやら不穏な空気になってきたと思いきや、二人はクスクスと笑い出してお互いすぐに仲直りする。


「ああ、寂しくなるな」

「私もです」

「今日はサーシャに会えて本当によかった」

「ウフフ、私もですよ」


「それじゃ元気で」


「ええ、アレク様も」


そう言ってアレクはサーシャの部屋を出た。

しばらく歩いていると突然アレクの視界がボヤけはじめる。


「ん?」


目をこすってからやっと気づいた。

いつの間にかアレクの目から大粒の涙が溢れていたのである。


「ううう……」


長年の付き合いだったのだ。寂しくないわけがない。アレクはセバスに慰められながら学園の寮に戻るのだった。



アイリーンは星を眺めている。


クレメンスという男は空に飛んで逃げていったらしい。


あの屈辱的な敗北は忘れられない。

しかし、もう一つ大きな出来事があった。


アレク王子に助けられたことである。


自分が石化していた事も知らずに意識を失っていたアイリーンではあったが、必死に思い出そうとするうちに次第に記憶が甦ってきた。


石化したばかりの時、アイリーンの意識はしばらくは残っていたようで、身体が動かなくなってから次第に意識が遠のいていったのを思い出した。


その時、アイリーンはアレクがクレメンスと戦っていたところを少しだけ覚えていた。本気で戦っているアレクの強さを思い出すとアイリーンの胸の内は熱くなり、アレクへの憧れはとても強くなっていた。


そして石化を解除された時のこと。

アレクに強く抱きしめられた。


彼は何か興奮して胸を触ろうとしていたようだが、もうそんな事でこの想いは揺るぎはしない。


最初にアレク王子との婚約が決まった時は、ただ周りから凡庸な顔立ちだがスゴく強い王子だという事しか聞いておらず、メリアを助けてくれた恩が好意になったのだとも思った。


アイリーンは王妃という立場への憧れもあり、アレク王子に対しては恋心というよりも将来の王への期待からくる憧れみたいなものがあった。


いまだ恋心を知らないアイリーンではあったが、初見からアレクのことをそれなりに可愛らしいとは感じられたので、アイリーンは一応アレクを婚約者として認めるようになった。


それからというものアイリーンは婚約者としてアレクから好意を持たれるように努めてきた。あの頃のアイリーンは恋に憧れて、とにかく恋してみようと頑張る乙女だったのだろう。行動で示せばあとから感情がついてくるとアイリーンは考えていたようだ。


お爺さまの教えの通りにしたたかに生きる。そして将来の王妃としてアレクを支えようとアイリーンは日々努力を重ねて精進していた。


しかし、今回の事件でアレクに助けられたアイリーンは初めてアレクに対して恋愛対象として好意を持つことになる。


アイリーンは初めて異性としてのアレクを見ることになったのだ。それまではやはり恋愛に憧れているお子ちゃまだったのだろう。


いくらアイリーンが聡い令嬢であろうとも恋愛に関しては素人であったのだ。気がつけばアレクへの恋心を意識した途端に顔を真っ赤に紅潮させたアイリーンはとてもいじらしく可愛らしかった。


「明日からまた、アレク様と一緒に学園で授業を受けられますわ」


しばらくは王都の屋敷で静養していたアイリーンだったが、ようやく体調が復活し、無事学園に戻れることになった。


母のキャサリンは論外として兄のアランや父のエリックからは随分と心配されたのだが、「私は平気ですわ」といって早く寮に戻られるよう祖父であるガスタル辺境伯に頼んでいたのだ。


その甲斐あってやっと寮に戻れることになった。メリアも無事回復してアイリーンと共に学園に戻れるようだ。

サラはよくわからないが多分大丈夫だろう。


「早く明日にならないかしら」


早くアレク様に会いたい。


アイリーンはそう言ってベッドに入るのであった。

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