第57話 邂逅

アレクは驚いた。


夜寝ている時に急に神さまの声が聞こえたからだ。


しかも猫の神様だという。

何で猫の神様やねん!


いきなりのラノベ展開にアレクも俄かに信じがたく、すぐには受け入れられなかった。


しかし猫の神様は親切にも石化の解除方法を教えてくれると言うではないか。


いわしの頭も信心から」


胡散臭いがもう信じるしかない。


とにかくアレクはわらにもすがる思いで猫の神様の天啓を聞くしかない状況なのだ。アレクは藁にもすがる思いで慌ててメモを取り、アイリーンの石化解除の方法を書き留めるのだった。


「やっぱり神様っていたんだな」


素直に考えればこうやって自分が異世界に転生しているのである。こんなことができるのは神様の力ぐらいだろう。


「猫の神様!ありがとう!」


アレクは窓の外に向かって目に見えぬ猫の神様に天啓のお礼として感謝すべく手を合わせて拝むのであった。



翌日、


アレクは朝の鍛錬をしてからそのまま学園に行った。そして猫の神様が教えてくれた石化解除の方法を記したメモを持ってフラン先生のところへ行ったのだ。


「ふぇぇぇ!?神様から石化の解除方法を教えてもらったですかぁぁぁ!?」


研究室にいたフラン先生はいつものように寝不足だったが、アレクのビックニュースとメモを見て眠気が吹き飛ぶほど大きな声を出して驚いた。


「はい、猫の神様からこのような方法で石化が解除できると教えてもらいました」


アレクはそう言って紙を渡す。


「ちょっと見せてください」


フラン先生はウンウンと頷きながらメモを読んでいた。


「こ、これはスゴい!こんな技術は初めて見ました。まったくもって思いもつかなかったですぅ」


フラン先生は感動しているようだ。アレクにはよくわからないが研究者であるフラン先生ならなんとか原理がわかるようだ。


「こうしてはいられません!アレク王子、このメモは私も記録させていただきますね?あと材料を用意しておきますから授業が終わったらここにまた来てください!」


フラン先生は興奮したのか朝から元気になってアレクに「お待ちしてますねぇ〜」と見送ってくれた。


「あれ?先生授業は?」


アレクは不思議に思ったが、教室に行くと「今日は自習です」と張り紙が貼られていた。仕方なくアレクは久しぶりに剣の修練場へと足を運ぶのであった。


「アレク王子、久しぶりだな」

「ん?」


こんな時ほど、なぜか会いたくない人物に会うものだ。アレクが修練場に入るとすぐに上級生のカインが話かけてきた。


「ああ、カインか、そっちこそ負けた後にずっと引きこもっていたそうじゃないか。やっと元気になったのか?」

「ふん!あんなのは勝負には入らん!またアイリーンを賭けて挑戦してやる!」


アレクは深い溜息を吐いた。


「アイリーンはいま石化しているんだ。ひょっとしたらもう会えないかもしれないぞ?」

「な!なんだと!?なぜそうなったんだ!」

「クレメンスという男の魔法で石化されたんだ。今石化の解除方法を探している最中なんだ」

「くそっ!何故貴様が石化しなかったんだ!」


このカインという男。王国の王子に対しての態度とは思えない。不敬といって処罰されても仕方がないのだが今のアレクはそんなこともせずにただの憂さ晴らしにカインとの手合わせをするのであった。


「そんなこと知るか!お前には関係のないことだ。アイリーンの事は早く諦めて別の令嬢と婚約するんだな!」

「なんだと!勝負だ!」

「ああ!本気でかかってこい!」


それから半日、二人は性懲りも無く争い合うのであった。


かろうじてカインに勝ったアレクは少し気分が落ち着いたのか部屋に戻ると湯浴みを済ませて着替えた。そして新しく従者となったセバスが用意した食事を食べて、また授業を受けにいくのであった。


「はやくアイリーンに会いたいなあ」


アレクは自分がいかに恵まれていたかを知る。


学園に入学してからというもの毎日アイリーンという超美少女と共にいられたのである。


それでもまあ、ちょっとした誘惑でフラン先生の胸には抗えない時もあったが、それもまたアレクは女の嫉妬の恐ろしさを知るという貴重な経験を得て勉強になった。


何事も勉強である。


授業を終えたアレクはフラン先生の研究室に向かった。研究室に入るとフラン先生だけでなくガルシア師匠とメサーラ校長もいた。


「あら、アレク王子、早かったわね」

「ほっほっほ、神の啓示を受けるとは驚きましたぞ!」

「あとはアレク王子の魔力を込めるだけで薬は完成しますぅ!」

「え?僕の魔力ですか?」

「はい!全属性の魔力が必要と書いてあります!あとはこの液体にアレク王子の魔力を注げば薬の完成ですぅ!」


アレクも自分でメモしたはずなのだが、興奮していたからかすっかり忘れていたようだ。


アレクは薬に魔力を込めた。


魔力のこもった液体は薄紫色にほのかに光っており、神秘的な感じがしていた。


「それじゃあ、今からアイリーンのもとにいきましょうか」


メサーラ学園長は王都にある辺境伯の屋敷に馬車に乗って移動した。


「しかし、急に行っても大丈夫ですか?」

「ええ、もう連絡はしてあります。私も行くのですから安心して良いわよ?」

「ありがとうございます」

「いいのよ。これで石化の解除が成功したら助かる人が大勢いるのよ。ひょっとしたら500年前の人たちも石化の解除ができるかもしれないわ!」


メサーラ学園長は興奮していた。歴史の浪漫である。500年前に石化された人たちが元に戻ったらどうなるのだろう。そういった神秘が好きな人には魅力的に映るのかもしれない。


しかし、今のアレクにはアイリーンたちが元に戻ってさえくれればそれでよかった。


王都にある辺境伯の屋敷に着いた。


メサーラの後についていくアレクは玄関に入りそこでガスタル辺境伯と対面することになる。


「我が屋敷へようこそ!アレク王子が神の啓示を受けて作られた薬が出来たそうだな?」

「ええ、これがそうよ?もう使っても良いかしら?」

「うむ、是非お願いしたい。それにわしも奇跡を見てみたい」


ガスタル辺境伯がそういうとアイリーンたちの石像が並べてあるフロアへ移動した。


アイリーンの石像は神の祭壇前に安置されており、とても神秘的な雰囲気になっていた。


「綺麗だ」


アレクはその美しさに見惚れていた。

アイリーンは天使のように、そして女神のようにも見える。(怒った時は鬼神のように恐ろしいのだが)


「それではアレク王子が薬をかけてみなさい」


メサーラはそう言ってアレクに薬を渡す。


アレクは薬を受け取り、蓋を開けてアイリーンの頭の上にかけた。


「アイリーン!目覚めてくれ!」


ごくり……。


アレクの願いは聞き届けられた。

アイリーンは全身が虹色に輝きはじめて、やがて元の姿に戻っていったのである。


元の姿にもどったアイリーンだが、まだ意識が戻らないのか、フラッと倒れようとするところをアレクが慌てて抱き抱える。


「アイリーン!僕だ!目覚めてくれ!」


アレクはアイリーンを揺さぶりながら必死に起こそうとする。


「アレク王子、アイリーン嬢が呼吸をしているか確かめてみなさい」

「え?」

「息をしていれば生きているということです」


アレクはドキドキしながらアイリーンの胸の辺りに手を当てた。


「いやっ!!えっちぃ!!」


バシッ!!


急に意識を取り戻したのかアイリーンはアレクの頬をビンタする。


「あ、アイリーン!」


もはや頬の痛みなど気にもせずアレクは意識の戻ったアイリーンを抱きしめた。


「よ、よかった!本当によかった!」


アイリーンを抱きしめて号泣するアレク。アイリーンは何のことかわからずにただアレクに抱きしめられていたのだった。


「これで薬は成功したということね。それじゃあ他の子たちにも薬をかけていきましょう」


メサーラがそういうと石化した全ての者たちに薬をかけていった。


アイリーンはその光景を見て、自分が石化したことを思い出した。


「わ、私、そういえばあの時に意識を失ったのでしたわ。まさか、せ、石化していたなんて……」


アイリーンは信じられないと困惑しながら座り込んでいた。


石化が解かれて元にもどったメリアとサラたち、そして辺境伯の暗殺集団の部下たちが皆それぞれ意識を取り戻す。


「こ、ここは?」

「あれ?私は何を?」


皆自分達が石化していたことなど覚えてもいない。しかし、アイリーンは他の者たちが石化していたところを見ていたため、アレクたちに助けられたことを理解することができたのである。


「私もアレク様に助けられたのですね」


そう言ってアイリーンはアレクの側でまるで懐いた子猫のように擦り寄ってきた。

アレクの心臓は激しく鼓動する。


「えっ!?」

「アレク様、ありがとうございます。感謝してもしきれませんわ。本当にありがとうございます」


そういってアイリーンはアレクを抱きしめたまま涙を流して喜んでいた。


「そういえばアレク様、先ほど私の胸を触ろうとされていませんでした?」


ビクっ!?


アレクはしどろもどろになりながら、一生懸命に言い訳をする。


「あ、あれは、アイリーンが呼吸をしているかどうか確かめるために……」


「ウフフ、構いませんのよ?初めて殿方に胸を触られるなんて、でも責任は取っていただきませんとね。まあ私たちはもう婚約したのですから、将来を誓い合った身として多少のことは目を瞑りますわ」


でも浮気は許しませんわよ?


うふふふふ。


アイリーンの微笑みが恐ろしく、それはメサーラも同情するぐらいだった。


ガスタル辺境伯はがっはっはっはと高笑いしながら「さすが私の孫娘だ!」とよくわからない自慢をしていた。


なにはともあれ、無事一件落着である。

サーシャの件はまだ未解決だが、アイリーンたちの石化が解けたことは僥倖だ。


アイリーンたちの石化が解けたことは王にも伝わり、神を啓示を受けた王子が神の奇跡を起こしたとして王都中で噂になった。


そしてひと月後には神殿に猫の神様の石像が安置されるのであった。これをキッカケに奇跡を起こす猫神様と国民たちに呼ばれて慕われるようになる。


そしていつしか猫神教が新たな信仰宗教として一時いっときの間、王国中にひろまるのであった。

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