第55話 ガスタル辺境伯

「何!?アイリーンが石化しただと!?しかも犯人は学園の教師だと?」


ガスタル辺境伯は王都にいる息子エリックからの緊急の文を読んで驚いた。手紙には石化されたアイリーンはいま王都の屋敷に運び込まれているそうだ。


愛する孫娘の危機ともあって、ガスタルはすぐさま立ち上がる。


「おのれ!許さん!犯人の首を斬ってくれるわ!」


ガスタルは昔、狂戦士バーサーカー伯爵と呼ばれたことがある。彼は「久しぶりに血が騒ぐわ!」と怒り心頭になり、頭には血管が何本も浮き出ていた。


愛しい孫娘の危機ということで怒りのゲージは最大値MAXである。


すぐにガスタルは愛用の剣を携えて戦いの用意をしはじめた。しかし悔しい事に今から王都へ行こうとも馬車では到底間に合いそうもない。歯痒いわ!などとガスタルはたいそう悔しがっている。


「くそう!息子共に任せるわけにいかんのが悔しいわい!」


自分が王都にいればすぐに行動に移せたものを王都にある辺境伯の屋敷には息子であるエリックと孫のアランしかいない。息子の嫁であるキャサリンも論外。役立たずばかりと罵りながらガスタル辺境伯は地団駄を踏んだ。


「うぬぅぅぅ!アイリーン!!やはり今助けに行くぞ!」


結局のところ、間に合おうが間に合うまいが関係なく、ガスタル辺境伯は馬車をやめて領地で一番早い馬を用意させ、急ぎ王都へと向かった。側近の部下たちはガスタルの後ろから必死になってついて行こうとするものの、誰一人として彼の後をついていける者はおらず、結局ガスタルは単騎で王都へと向かって行った。


ガスタル辺境伯が王都に向かった数時間後、

今度は王都からの使者が早馬でやってきた。


「ガスタル辺境伯殿!王より御文が届いております!……あれ?」

「ガ、ガスタル様はたったさっき早馬にて王都へ向かわれました」


ガスタル辺境伯の側近が申し訳なく伝えると使者は驚いた。


「な、なんですとっ!?」

「しかし王からの御文を私が勝手に読むわけにもいかない。申し訳ないが、また王都に戻り辺境伯様の屋敷に行ってもらえないだろうか」


しばらく沈黙の時間が経つ。

王都からの使者はなんとも言えない表情でしぶしぶと答えた。


「うっ!くぅぅ、わ、わかり申した」


結局、辺境伯の暴走によって、王都から来た使者はすぐに戻る羽目になってしまったのだった。



サーシャは王城にある地下牢の中にいた。

つい先日には素敵な紳士と食事を楽しんでいたはずだ。


私にもやっと春が来たわ!などと浮かれていた自分が情けないと失恋の苦しみだけではなく自分が犯した罪をも深く反省していた。


「もうアレク様のもとにはいられないわね」


小さい頃から面倒を見てきた。

苦労はしたが、弟の世話をしているようでサーシャにとってもやりがいはあったのだ。


いつかは結婚して退職したい。

まさかこんな結果になるとはねとサーシャは自分自身の迂闊うかつさに心底呆れていた。


(あんなにイケメンで優しい男がまさか自分のような女を惚れるはずがないもの)


こうして、ただでさえ自己評価の低いサーシャはますますこじれていくのであった。



一方、アレクは学園での授業が終わり、すぐにフラン先生の研究室へと向かった。扉をノックするとフラン先生が眠そうな顔で研究室から出てきた。


「ああ、アレク王子、いいところに来ましたねぇ」


ちょっと忙しかったのか研究室の部屋の散らかり具合がいつもより酷かった。聞けば昨日は一睡もせずに研究に没頭していたらしい。


「それで何かわかったんですか?」

「実はこないだの魔法大会のときに石化の魔法が発表されましたよね?」

「ええ、そうですね」

「実はあの時から間違って魔法が悪用されないようにと思って石化の魔法解除の研究をしていたんですぅ」

「え!?そうなんですか?」

「ええ、アレク王子の作ったエリクサーを石化したものにかけてみたところ全く反応がなかったので、ちょっと色々と試していたんですね。そうしたら、昔の古文書に初代国王が倒した竜族が戦闘の際に石化の魔法を使ったという記録がありまして、ちょっと調べていたんですぅ」


(先生やるじゃん!)


アレク王子の中でフラン先生への評価が爆あがりだ。


ただのおっぱい先生ではなかった。


そんな失礼なことを考えているアレクをよそにフラン先生は語り続ける。


「石化した人たちをもとに戻すためにアルテマ王は色々と魔法を試したらしいのです。しかし、結局はもとには戻せずに石化した人たちを忘れないようにと噴水や図書館などの建物に安置したとの記録がありました」


(おい!)


全然解決されてないじゃん!


「でもアレク王子がアルテマ王と同じ全属性であることとアルテマ王が試した方法が記載されています。他のやり方を試していけばきっと成功するかもしれません!」


フラン先生は鼻息を荒くして気合いを入れる。


「やっぱり治らないのか?」


アレクは拳を握りしめながら苦渋の顔で何とか感情を押し殺す。


「どうしたら石化を解けるんだ?だって石化ができるのなら解く方法があるんじゃないのかな?」

「それは私にもわかりません」

「ガルシア師匠は知っているんですかね?」

「まもなくメサーラ学園長がガルシア様と一緒にここに来られるらしいですぅ」

「はぁ」


アイリーンは俺が必ず治す!などとさっきまでそう意気込んでいたアレクだったが、事態は予想以上に困難なようだ。


しばらくするとメサーラ学園長がガルシア師匠を連れてフラン先生の研究室に訪れた。


そして共にアイリーンの石化を治す方法について相談するのであった。


ガルシア「うぅぅむ、石化の仕組みがわかればのう」

フラン「そうなんですよね。物質変換の魔法ですから何か方法があるはずなんですぅ」

ガルシア「神の御技に不可能などない。石化する魔法があるのであればそれを解く方法も必ずあるはずじゃ」

フラン「石化の魔法を発表したバリーという人はいまどこにいるのですかぁ?」

メサーラ「それが行方不明らしいのよ。騎士団が探したのだけれど、どこにもいなかったらしいわ」

アレク「なんか怪しいですね」

ガスタル「彼の研究室に資料は無かったのかのう」

メサーラ「それが研究室には何も残っていなかったらしいわ。逃げることも既に計画していたのかもしれないわね」


「うーーーん」


四人はただ何も思い浮かばずに結局は翌日にまた考えましょうとメサーラの提案によって流された。


アレクは独りトボトボと歩いて寮へ帰った。


部屋に戻るとドエラエフが急ごしらえで組み立てたレンガが壊れた壁を修復してくれており、隙間風が入ってくることもなさそうだった。


そしてセバスも片付けをしてくれたのか、傷んだ家具は全て撤去されて床のカーペットも張り替えられていた。そして変わりの家具、ベッド、机などがちゃんともとの場所に設置されていた。


ただ、アイリーンたちの石像はもう撤去されており、セバスの置き手紙には辺境伯家の指示で王都の屋敷にアイリーンたちの石像は移したとのこと。


サーシャももういない。

アレクは誰もいない部屋に独りでいるのだった。


「はぁ」


独り溜息を吐くと、なぜかどうしようもない怒りが込み上げてくる。


がんっ!!


アレクは壁に拳を叩きつけて歯を食いしばる。


「ふざけるなっ!!」


もうアレクは感情を押し殺す事が出来なくなっていた。


「アイリーンはずっとあのままなのかよ!」

「うぅぅ、アイリーン」


アレクは独り泣き崩れるのであった。



ガスタル辺境伯は早馬に乗っていたからか、たったの一日で王都にたどり着いた。

息子のエリックは突然父が来たとの知らせ家臣からの報告を受けて、慌てて出迎えに行った。


しかし息子のアランや妻のキャサリンなどは祖父の来訪を快くは思っていなかったようだ。


アイリーンたちの石像はフロア中心の祭壇に安置されハルモニア神殿の教父たちが必死に祈りを捧げていた。ガスタル辺境伯が辿り着くとすぐに石化したアイリーンたちを眺める。


「石化を治す手立てはあるのか?」

「いえ、今のところまったく」

「まったくもって情けない!」

「隣国の魔法技術らしいのですが、私たちも聞いたことがなく、未だに解明されておりません」

「あの祈りを捧げている連中は何なのだ?」

「あの方々は神殿の教父たちです。エリック様が呼び出して必死に祈りを捧げてもらっているそうです」


「効くのか?」

「わかりません」


「ふん!神の御力によって治していただけるのであればとっくに治っておるわい!あやつらの信仰心が足りんだけなのか?そうであれば意味がないではないか!」


ガスタルは憤る。


エリックが慌ててガスタルのもとにやってきた。


「父上、ようこそお越しくださいました!」

「エリックよ、あれはなんだ?」

「神殿から教父たちを呼んで、必死に神に祈りを捧げてもらっています」

「いつからだ?」


「はい?今日の午後からですかね。アレク王子の寮から運びこみましたから数刻経っていましたが、夕方頃からは祈り始めてくれていますね」


「もうよい」


「は?」


「祈りが届いておらんようだからもうよいと言ったのだ。これ以上は時間の無駄だ。帰ってもらえ」


「しかし、もう神殿への寄付も済ませましたし、せっかくなら今日一晩は祈りを捧げてもらった方がよいのではないでしょうか」


「くだらん!寄付は寄付だ!見返りを求めて何になる!献金欲しさにとらわれた生臭教父の祈りなどハルモニア神が聴き届けてくれようか!ちゃんと祈りを聴き届けてくださるのであればとっくに奇跡は起きておるはずだ!」


ガスタル辺境伯は鼻息を荒くした。エリックも石化解除の魔法を調べている最中なのだが未だに解明できていない。


結局エリックはガスタル辺境伯の指示通りに従って教父たちは神殿へと強制的に返された。


そしてガスタルは遅れてやって来た使者からアレクサンドル国王の手紙を受け取り、事情を説明するためにと王城へと向かった。


「よく来てくれた」


アレクサンドル王は王座に座りガスタル辺境伯を迎えた。


「この度は王子の暗殺未遂があったこと。心からお悔やみ申し上げます」


ガスタル辺境伯が深々と頭を下げる。


「よい、其方の孫娘たちにも迷惑をかけた。こちらからも申し訳ないと思っておる。深く謝罪するとともにに其方の部下と孫娘の功績には深く感謝する」


「ありがとうございます。……して、いま犯人はどこに?」


「メイドや学園の関係者たちは地下牢に入れておる。間違っても拷問することはないように気をつけてほしい。特にメイドの女はアレクが幼少の頃より世話をしていたせいかアレクも情が入っておってな。あまりにも冷遇すると後々困る事にもなりかねん。出来れば慎重に対応してほしい」


「御意に。しかし、そのメイドの女以外であれば?」


「其方に任せる。ただ事情聴取にボルトが担当している。あいつの娘も石化されておるそうだ。それなりに厳しい態度で聞いておるそうだからお手柔らかに頼む」


王がそう言うとガスタルはニヤッと笑い「それでは」と言いながら王の間を退室した。


「やれやれ、昔から変わらんの」


アレクサンドル王は深く溜息を吐く。


ガスタル辺境伯が部下と共に地下牢に訪れた後、地下牢では数多くの罪人の悲鳴が鳴り響くのであった。


サーシャはその悲鳴を聞きながら本気で怯えることになる。


可哀想なサーシャ。


頑張れサーシャ。

負けるなサーシャ。

いつかは報われる時が来る。


サーシャはそう自分に言い聞かせていた。

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