第54話 後始末

クレメンスが逃げてしまった。

あれは何だったんだろう。


「異世界に来たと思ったら今度は宇宙人かよ」


アレクは独り愚痴る。

もはやわからないことばかりだ。


サーシャを治すために王城行ったもののセバスを伴って帰れと促す父に従い、アレクは学園に帰るものの、なんと戻った部屋の先には眠りについたサーシャを殺すためにクレメンスが潜入していた。


しかも愛しのアイリーンたちまでもが何故か石化しており、事態はかなり危機的状況となっていたのである。


アレクは状況を打破すべく、怒りに身をまかせてクレメンスを倒そうとするも失敗。


しかもクレメンスの正体は宇宙人というオチまでついてくる。


「なんかもう、訳わからねえよ」


もはや頭の整理がつかない。

しかも現在残された課題が多い。


もとに戻らないサーシャ。

石化したアイリーンたち。

そして自分で壊した自分の部屋。


はぁ……。


溜息しかでない。


アレクがとぼとぼと歩いて部屋に戻るとセバスがサーシャの魅了を解いていた。


「セバス、サーシャはもとに戻るの?」

「ええ、なんとかなりそうですな」

「よ、良かったー」


アレクはホッと安堵する。


「そういえばセバス強いんだね。びっくりしたよ」

「いえいえ、私も殿下の強さには驚きましたぞ」

「セバスは何者なの?」

「何故そのようなことを言われるのです?」

「いや何か特別の人なのかなと、サーシャの魅了も解けるんでしょ?スゴいとしか言えないよ」

「いや、ほっほっほっ、セバスはただのセバスですよ。幼い頃から殿下をお世話させていただきました。ただの執事でございますよ」

「いや、ただの執事のできる事じゃないよ?」


なんとなくマイルドな事を言って誤魔化すように微笑むセバスであったが、いくら勘の鈍いアレクにでもわかるほどにセバスの笑顔は胡散臭かった。


「まあ、詳しくは国王陛下にお聞きください」

「んーーー、わかったよ。そうする」


アレクがセバスと談笑している間にサーシャは目を覚ます。


「あ、あれ?こ、ここは?」


目覚めたサーシャはあまりにも変わり果てたアレクの部屋を見て驚いた。それもそのはず、壁には穴が空き、床やその他の家具などもぼろぼろである。もはや掃除だけで片付けられるような状態ではなかった。 


近くを見ると見知らぬ石像が何体も立っており、その一体はアイリーンによく似ている。


そして、サーシャは現実逃避するかのように、ここは自分の知っている部屋ではないと認識を改めたようだ。


「あの……ここは?」

「僕の部屋だ」

「えっ?」


サーシャは驚いてもう一度部屋を見直した。確かにぼろぼろになった壁紙は見たことのある色と模様だ。真っ二つになった花瓶も、水に濡れ床に散らばっている花もクレメンスから貰ったものだ。


「そ、そんな……」


サーシャは、此処はたしかにアレクの部屋だと理解する。


「サーシャよ、おぬしは殿下に毒を盛り、自ら毒殺しようとしたのだ」

「え!?いや、そんなまさか、」

「クレメンスはもういない」

「えっ?」

「サーシャ、お前はクレメンスに操られて僕の料理に毒を盛ったんだよ。そして自分でその毒のスープを飲んで意識を失ったんだ」

「そ、そんな……」


サーシャはわなわなと震えながら両手で顔を隠すように泣き出した。


「う、うぅぅっ、ヒック」


アレクもこれ以上何も言えない。


覆水盆に返らず。

もはや元には戻れない。


アレクが次に心配するのは石化したアイリーンたちだ。


「くそっ!」


サーシャの次はアイリーンをもとに戻すことが次の課題だ。とりあえず昨日のエリクサーの残りをアイリーンにかけてみる。


……。


「ダメか」


アレクは気落ちしてしまう。


「殿下、ガルシア様に相談してはいかがでしょうか」

「そうだね。聞いてみるよ」

「幸いガルシア様は空の魔塔にいらっしゃるはずです。メサーラ学園長と共に解決策を伺うと良いかと思います」

「わかった。セバスありがとう」

「いえいえ、殿下もお辛いかと思いますが、しばらくの辛抱ですぞ」


セバスはそう助言すると今度ははサーシャに話しかけた。これからセバスと共に王城に行くと話したようだ。


サーシャは涙ながらに「わかりました」と言ってよろよろとよろめきつつも、セバスに連れられて王城に連行された。


独りになったアレクはまず石化したアイリーンの解除方法を模索するために魔法の師匠でもあるガルシアとメサーラ学園長に相談する事にした。



メサーラ学園長は執務室へ戻っていた。クレメンスをまんまと逃がしてしまったことに悔いており、さっきから苦虫を噛んだような顔で悔しがっている。


「あれは何だったのでしょうか」


メサーラの執務室には王国白金騎士団の団長であるブライトもおり、来賓用の椅子に腰掛けながらメサーラ学園長に質問する。


「私にもわからないわ」


メサーラも首を傾げて答えた。

それもそうだろう。


UFO(未確認飛行物体)と呼ばれるだけあって、異世界であってもあんな乗り物は誰一人として見たことなどあるはずもない。


「あのクレメンスという者は一体何者なのですか?」

「ヘンリー教頭が連れてきたのよ。有能な魔法師だとか言って勝手に風の魔塔の教師として雇っていたわ。確かにこないだの魔法師選抜大会で教え子を優勝させていたから優秀な教師だったと思っていたのだけれどね」


メサーラも深く溜息を吐きながら話し出す。


「あの者の正体がわかりませんね」

「詳しくはヘンリー教頭に聞かいとわからないわね。ちょっと!今からヘンリー教頭を連れてきなさい!」


学園長の一言で部下の者たちがヘンリー教頭を呼びに行った。


「さて、あとはアレク王子にも事情聴取しないといけないわね」

「何があったのですか?」


ちょっと前まで傷心だったブライトはようやく回復してきたところだ。いつもの貴公子らしいキラキラとした佇まいと団長らしい風格に戻っていた。


「どうやらメイドに毒殺仕掛けられたそうなのよ。ただ失敗して自殺しようとしたらしいわ」

「なんですと!?」


ブライトが驚く中、部屋にヘンリー教頭が拘束された状態で入ってきた。


「どうやら昨晩、酒の飲み過ぎで潰れていたようです。他にも数名、酒に酔い潰れた教員たちが同じ部屋におりました」


「そう、連れてきてくれてありがとう」


メサーラがそう言うと拘束されたヘンリー教頭は頭を押さえつけられて両膝を床につけて強引に座らせられる。


「な、なんですか!?なぜわたしがこんな仕打ちをうけるのですか!!」

「あなたがあのクレメンスとか言う教師を雇ったのでしょう?」

「クレメンスですか?あいつを雇ってやったのは確かに私ですが、何も関係ありませんぞ!」


ヘンリー教頭は憤りながら答える。


「どうも怪しいのよねえ。何故貴方の心が読めないのかしら。思えばあのクレメンスとかいう男が来たときと時期が同じだったようなきがするのよねえ」


ぎくぅ!!


ヘンリー教頭はドキッとして焦り出す。心が読めなくともあらかさまに動揺したヘンリー教頭をメサーラ学園長はジーッと睨みつける。


「ちょっとヘンリー教頭の服を調べなさい」


メサーラ学園祭がそう言うと王国の兵士たちがヘンリー教頭の服を強引に剥いだ。


「な!何をするっ!私にこんなことしてただで済むと思っておるのか!」

「貴方如きに何ができると言うの?学園内ならいざ知らず、ここにいるのは全員、王国騎士団の兵士たちよ?」

「な!なんだとっ!」

「学園長!胸のポケットにこんなものが入っておりました!」


兵士がヘンリー教頭の服の内ポケットからなにやらカードを取り出して見せた。


「へえ、これは何かしら」


メサーラは取り上げたカードを見つめた。

少し魔力を込めるとカードに魔法陣が光り出す。


「これは!?」


(しまった!これではバレてしまう)


ヘンリー教頭は焦る。しかし、それをメサーラ学園長に知られてしまうのであった。


「あらあら、何がバレるのかしら?やっと貴方の考えが読めるようになったわ。これのおかげだったのね?」

(うっ!や、やばい)

「ホホホホ!久しぶりに貴方のその焦る顔を見れることが出来たわ!さあ、クレメンスは何者なの?」


そうしてメサーラはヘンリー教頭の心を読む事でクレメンスの素性を探る事には成功した。


しかし、ヘンリー教頭でさえクレメンスの詳しい素性はあまり知らず、ただ酒場で偶然に知り合って意気投合した後、何故か学園に連れてきて教師として雇ったらしい。


有効な情報といえば優れた魔法師であり隣国から呪いや石化などの自国にはない魔法を持ち込んでいたことがわかった。


「隣国のスパイかしら」

「そ、そんなことはわかりません……」


ヘンリーは観念したのか、かなり憔悴しており既に弱りきっている。


「貴方たちには相応の処罰を下すことになるでしょうね。まあしばらくは牢獄で反省しなさい」


連れていきなさい。


メサーラの指示によってヘンリー教頭は王国騎士団によって兵舎地下牢へと連行されていった。


今回のヘンリー教頭の心を読んだことでアレク暗殺に関わった貴族や学園教師たちの素性もわかり、今回の毒殺事件に関わった者たちの全てが騎士団によって逮捕されることとなった。



アレクがメサーラ学園長のもとに訪れたのは騎士団がヘンリー教頭たちを連行した後だった。


メサーラ学園長のもとには騎士団長のブライトのみが待機して残っており、彼自身アレクとは初対面である。


「アレク王子。はじめまして、私は白金騎士団の団長を務めておりますブライト・カルバンでございます」


ブライトは臣下らしく丁寧にお辞儀をした。

彼は妹のローズマリアの事以外であれば至極優秀なのである。


「王国第一王子アレク・サトゥーラです」


アレクも挨拶する。


「よく来てくれたわ。たった今クレメンスに関わっていたヘンリー教頭やそのたの教師及び貴族を逮捕したところよ」

「えっ!?そうなんですか?」

「ええ、クレメンスを連れてきたのはヘンリー教頭だから彼に直接聞いたのよ。正直に全て答えてくれたわ。おかげで隣国のスパイだというところまではわかったのだけれどね」

「あのう、それでは石化したアイリーンたちを救う手立てはわかりますか?」

「それはわからないわね。これから王城にある牢獄に連れて行って尋問することになるから、聞いておくわね」

「それでは遅すぎます。できればガルシア師匠にも相談して石化解除の方法を知りたいのです」


メサーラは考え込む。


「するとエリクサーでは効かなかったということ?」

「はい」

「であればお手上げね。この学園で一番効果がありそうな薬は現在あれだけなのよ」

「他にはありませんか?」

「そうね、確かにガルシア卿であれば何か智慧をいただけるかもしれないわね。わかったわ、ガルシア卿にはこちらから伝えておくから今日は帰りなさい」

「あの、実は私の部屋が壊滅的なことになっていまして……」

「え?」

「クレメンスとの戦いで部屋の壁が壊れてしまい、また家具がボロボロになってしまいました」

「ええ!?」

「直せませんか?」

「すぐにできるわけないでしょ!ああもう仕方ないわね!」


そういってメサーラは部下に命令して土の魔塔主を呼び出した。


「おお!学園長何かようかの!」


土の魔塔主の爺さんはドエラエフというらしい。

豪快で陽気な爺さんだ。


「あなたの部下であるクレメンスがアレク王子の暗殺に関与していたわ。そのほかヘンリー教頭たちもね。あなたはクレメンスの石化の魔法について何か知らない?」

「いや、実はわしはまったく関与しておらんかったからのう。結果報告しか受けておらんかった」

「はあ……あなたは魔塔主でしょう?石化についての解除方法は本当に知らないの?」

「いや確かにわしも研究者じゃから、密かに石化を解除する方法は考えておった。しかし、色々試してみたのじゃが、まったく効果がなくてのう。仕方なく諦めたのじゃ」


いや研究者なら簡単にあきらめるなよ。

アレクは心の中でツッコんだ。


メサーラは溜息を吐いて「やはりね」と頷いた。


「それなら石化の魔法を発表したバリーがいたでしょ?ちょうどアレク王子が自分の部屋でクレメンスと戦ったときに部屋がだいぶ破損したらしいのよ。ちょっと石化の魔法を使って壁を直しておいてくれないかしら」

「ええ?なぜわしがそんなことを?」

「部下の責任は上司の責任でしょ?なんなら騎士団に連行されて牢獄に行きたいのかしら?」

「うっ!わ、わかった、直せばよいのじゃな?」

「ええ、よろしく頼みますわね」


メサーラはにっこりと微笑んだ。

やっぱりこの世界の女性は強いな。

アレクは心から恐れた。


アイリーンも怒った時は本当に怖かった。アレクはこないだの事を思い出して、つい身震いしてしまった。


「アレク王子?そんなに怖がらなくても良いのよ?」


私は普段は優しいからね?

メサーラは優しく微笑む。


やっぱり怖い。

アレクの恐怖心は拭えなかった。


やはりアイリーンに相応のトラウマを植え付けられたからだろうか。


ドエラエフが渋々と愚痴を言いながら学園長の執務室を出ていった後、メサーラはガルシアに石化解除の魔法開発への援助を申し出るために書類を用意しておくと言った。


アレク王子には「あなたは授業に戻ったほうが良いわよ」と言ってアレクを帰らせた。


ブライトはアレク王子の護衛として一緒に学園の教室へと移動した。


「なんかすみませんね」

「いいえ、私も妹に会えると思ってここに来たのですからご心配なく」

「え?妹さんがいるんですか?」

「ええ、ローズマリアと言います。ちょうど貴方の弟君であられるイスタル殿下のこ……婚約者です」


なぜか悔しそうに語るブライト。まだ心の整理は出来ていないようだ。


「ああ!あの綺麗な女性か!ちょっと怖そうだけどものすごく美人だったよね」

「おお!アレク王子もローズマリアの素晴らしさがわかるのですか?そうなんです。私の妹は本当に美しく心も清らかなのです!」


そうだったっけ?


アレクはローズマリアの姿を思い出すが、清らかだったかはちょっと理解できないといった感じだ。アレクの記憶の中でのローズマリアは感情の起伏が激しくただのショタにしか見えない。


まあ、そういうことにしておこう。

せっかくブライトと仲良くできそうなのだ。変に機嫌を損ねたくはない。


アレクは空気が読めるのだ。


「それで、いまから妹さんのところへ行くんですか?」

「ええ、そうですね。貴方様を送り次第、ちょっと顔を出そうと思っています」

「そうかぁ」


そうして二人はいつの間にか教室へ辿り着いた。


「アレク王子!昨日は大丈夫だったんですかぁ?」


フラン先生が心配そうに声をかけてくれた。


「ええ、僕はなんとか、でもアイリーンが石化してしまったんです。先生は何か解決策は考えられますか?」

「え?な、なんですってぇぇ!?、ア、アイリーンちゃんが!?うぅぅん。そうですねぇ、んーーー、ちょっと後で研究室に来てくれますかぁ?」

「あ、はい、わかりました」


フラン先生がそういうと通常の授業に戻った。


もちろんアレクは授業に集中することも出来ずにただアイリーンを元に戻すことだけを考えていた。


(どうして……)


如何なる対策も確実なものとは言えず、それまでの時間に耐えなければならないアレクは黙って拳を握りしめた。

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