第52話 クレメンスの陰謀

サーシャがクレメンスと夕食に行った次の日。


アレクはサーシャの様子がますますおかしくなっていることに気づいた。


今までは機嫌が良いとかヘラヘラと一人で笑っているだけだったが、今はただボーっとしているだけなのだ。


朝の鍛錬でも鍛錬用の服ではなく学生服を用意したり、鍛錬用の剣を忘れたりなど……。


朝食では塩をかけ忘れたのか全く味がしなかったり、肉が生焼けだったり、また焼き過ぎだったりともはや仕事に支障をきたしていた。


見るにみかねて話しかけては見るものの、「大丈夫です」の一点張り。しばらくは良いのだがすぐにまた元に戻るサーシャであった。


まるでアイリーンの姿絵を見たばかりの頃のアレクのようだった。


サーシャもアレクのようには言えない状態なのであった。


(ああ、クレメンス様、)


もはや恋の虜となったサーシャ。


頭の中ではウェディングドレスを着たサーシャが愛しいクレメンスと誓いの口づけをするシーンを繰り返し×2思い描き続けている。


終いにはお花畑でうふふと走り回っている二人。


ハネムーンでは大きな船に乗って旅行する二人。映画「タイタニッ◯」のように甘い雰囲気の中で口づけをする二人。


(幸せ♡)


そんな想像の世界に満たされながらサーシャは生きていた。


しかし、


実はクレメンスの手によって魅力の魔法がかかっておりクレメンスの思い通りの指示に従ってほとんど言いなりになってしまうほど非常に危うい状態になっていたのである。


あとはクレメンスが用意した毒をアレクの料理に入れるだけ。


最後はサーシャをも自殺させてしまえば一件落着。


夕食の支度の時、サーシャはクレメンスからもらったネックレスを幸せそうに見つめていた。すると突然サーシャのネックレスについている宝石が禍々しい魔力を放って真っ赤に染まりだした。


「さあ、その宝石を鍋に入れなさい」


その瞬間、サーシャは意識を失う。


サーシャは何も疑うことなくネックレスの宝石を取って鍋に入れると、スープの中に入った宝石はあっという間に溶け出して姿形が無くなってしまったのである。


それは無味無臭の毒。

毒が入っているなんてわかるまい。


サーシャは気を失い意識は無くとも体だけが自動的にというか、勝手に動いているようだった。


「ふふふ、成功ですね」


クレメンスは自分の研究室で独りほくそ笑む。



アレクは学園に行ってからアイリーンたちにサーシャの様子を話すとアイリーンは「恋とは恐ろしいものですね」と神妙に語っていた。


アレクはそんなアイリーンの発言に対して「あれ?俺のことは?」と疑問に思ったが自分が傷つかないようにあまり深くは追求しなかった。


しかし、アレクとアイリーンたちは昨晩クレメンスがサーシャに何らかの魔法を使ったのを見ていた。


アイリーンはしばらく考えてアレクに提案する。


「アレク様、今晩の夕食は一緒に食事しませんか?」

「え?今晩?」

「はい、場所はアレク様のお部屋で構いませんわ♪私たちの食事分は自分たちで用意しますので心配はしなくても大丈夫ですわ」

「私たち?」

「ええ、メリアとサラも一緒ですから」


メリアとサラは初めて聞きましたけどと言わんばかりの驚いた顔でアイリーンを見る。


アイリーンは「楽しみですわ♪」と二人を無視して一人で嬉しそうに微笑んでいた。


大人しい二人は主人のいいように扱われるのであった。


アレクも含めて……。



夕刻が過ぎるとクレメンスは研究室を出て、ヘンリー教頭や第二王子派の教師たちの所は移動していた。


クレメンスはまもなくアレク暗殺に成功するでしょうとヘンリー教頭たちに伝えると皆嬉しそうに騒ぎ出した。


「やっとあの憎き王子の暗殺計画を進められましたな」

「ええ!今までアイリーンのせいで失敗ばかりでしたが今回は成功しそうですね」

「あのメイドを魅力するとはさすがはクレメンス殿ですな」


クレメンスは嬉しそうに笑う。


「この毒はまだまだ解明されないものですからポーションと解毒薬ではまだまだ治らないでしょうね」


クレメンスの手に持っていたものはサーシャの首飾りに忍ばせた毒と同じものが入った小さな小瓶であった。


「かろうじて助かったとしても後遺症があれば王として後を継ぐ事はできまい。そうすれば王も次はイスタル王子に王位を譲るしかないでしょうな」

「いやこれもクレメンス殿のおかげです」

「そうそうこの毒もわざわざ遠い異国から持ってきてくださったのでしょう?」


ヘンリー教頭や他の教師たちはクレメンスを褒め倒す。


クレメンスは微笑みながら「皆さまのお知恵があったからこそ」と言ってちびちびとワインを飲んだ。


「いや、今回は他の貴族の方たちとの共謀が良かったのでしょう」

「私たちも家の者を動かすだけでしたからな」


貴族たちは自分たちにも成功の手柄を欲してか色々と自分達の自慢やごますりのような褒め言葉を掛け合ったりと様々に醜態を晒していた。


「しかし、どうやってあのメイドは口説いたのですか?」


だれかがクレメンスに質問した。


「食事に誘っただけなのですが、私の話を真剣に聞いてくれましたね。真面目で良い女性ひとでしたよ。プレゼントも喜んでくれていましたしね」

「なるほど、我が身を犠牲にしてまでも正義のために行動に移してくれるとは感心ですな!」

「いやあ!本当に素晴らしいことです!」


呑気なもので皆、酒を飲みながら騒いでいた。


「それではそろそろ失礼します。また何かあればご相談に応じますので」

「いや、クレメンス殿!これからもよろしくお願いしますぞ!」


そう言ってクレメンスはヘンリー教頭の部屋を去った。


「ふふふ、この国の貴族たちは本当に上っ面ばかりで中身は醜いものです。まあ、おかげさまでこの国に混乱の種を仕込むことが出来ましたし皆様には感謝しないといけませんね」


クレメンスは「もう此処ここには用はありませんね」と言って微笑みながら静かに闇夜に消えていった。



アレクは部屋の前で緊張しながらアイリーン達が来るのを待っていた。


サーシャはアレクの夕食の準備をしていた。

ただいつものように覇気がなく目はうつろでボーッとしていながらも体だけは動いている状態だった。


アレクもそんなサーシャに気を使う余裕もなく、アイリーンたちが来る前に身なりを整えてただ扉の前に突っ立って愛しい姫たちが来るのを待っているのだった。


「お待たせしましたわ♡」


アイリーンはお弁当というよりは重箱みたいなものを両手に抱えていた。サラとメリアも同じく、三人で夕食を持ち込んで来たようだ。


「さ、さあ、入って」


初めて女子を部屋に入れるアレク(サーシャは含まれるはずもない)は緊張しっぱなしである。右手と右足が同時に前に出てギクシャクと歩いている。


テーブルにはサーシャの作った豪勢な食事がずらりと並んでいた。サーシャの料理の腕はベテランシェフ並みなのだ。


アイリーンたちも重箱に入れた料理を並べてアレクに見せる。


「へえぇぇ!すごいな!これみんなで作ったの?」

「ええ!もちろんですわ!」


胸を張るアイリーン。自信満々だ。


メリアは(盛り付けだけですが)と小さな声で独り呟いていた。


サラは食べる専門なのでサーシャの料理をみて「美味しそう」と言いながら涎を垂らしていた。


「さあ、食べましょうか」


アイリーンたちは各々席に座り食事を食べ始めるものの、アイリーンだけはすぐには食べずにずっとサーシャを見ていた。


そしてアレクがスープを飲もうとした時、


「お待ちください!」


と急にアイリーンが大きな声で言い出した。


「え?」

「アレク様、そのスープをサーシャに飲ませてみてくださいな」

「ん?わ、わかったよ。サーシャ、このスープ飲んでみて?」


サーシャは何も言わずにスープを手に取りスプーンで一口飲んだ。


すると、


「うっ!」


サーシャはスープを吐き出して床に倒れる。


「え!?」


アレクはなにこれ、なんのこと?と驚き狼狽えた。


アイリーンはやはりと言いながらサーシャに毒消しポーションを飲ませるが、サーシャは毒消しの効果もなく、お腹を抱えながら床に寝そべって苦しみ続けていた。


「どうして?」


アレクは悲しそうな顔でサーシャを見つめる。


メリアはサーシャを抱き寄せてまた毒消しポーションを飲ませるが、サーシャは苦しみながら折角飲んだ薬をすぐに吐き出してしまう。


「毒消しポーションが効きませんわ」


アイリーンが冷や汗をかきながら言った。


「どうすれば良い?どうすればサーシャが助かるんだ?」


アレクは必死になってアイリーンに聞いてくる。


「どうしましょう。最新の毒消しポーションだったのですが…。そうですわ!アレク様のエリクサーを飲ませてみてはいかがでしょうか!」


「わ、わかった!でも、エリクサーはフラン先生が持ってるんだよ」

「サラとメリアはフラン先生の所に行ってエリクサーを貰ってきてください!」

「はいっ!」


サラとメリアは走ってフラン先生のいる研究室に行った。


アレクは不安そうにサーシャを抱えてベットに移動した。


「くそっ!どうしてわからなかったんだ!あの時の男が出した魔法でサーシャがこうなったんだろう?」


アレクは自分を責めながらアイリーンに質問する。


「そうですわね。たぶんサーシャは魔法で操られていたのでしょう。何も躊躇なく毒を飲んだのですから自分が毒を入れたことすら分からないのかもしれませんわ」


しばらくするとサラとメリアがフラン先生と一緒にやって来た。


「ど、どうですかぁ!?」


フラン先生が気の抜けた声で聞いてくる。


「未だに意識は戻らずに苦しんでいる状態です」


アレクはフラン先生が持ってきたエリクサーを貰ってすぐにサーシャ飲ませた。


するとサーシャは深く息を吐きながら次第に落ち着いてやがて眠りについた。


「助かったのか?」

「毒は消えたみたいですわね」


アイリーンがサーシャを覗き込むように見て答える。


「一体何があったのですかぁ?」


フラン先生はオロオロしながら聞いてくる。


アレクとアイリーンは昨日あったことをフランに伝えた。


「んー……、ひょっとして魅了の魔法かもしれませんねぇ」

「魅了?」

「ええ、あまり知られてはいませんが、魔塔主様からそんな魔法が存在すると聞いたことがあります。アレク王子には悪いのですが王族や一部の上位貴族のみ知られている魔法だそうですぅ」

「なぜあの男はサーシャに魅了の魔法をかけたんだ?」


アレクが不思議そうに言うとアイリーンたちは深くため息を吐いた。


「それはもちろんアレク様の毒殺が目的なのですわ」

「え!?俺?」

「ええ、おそらく第二王子派の者たちの陰謀かもしれませんわ。サーシャが狙われるとしたらそれしかありませんわ」

「第二王子派って何?」

「え?アレク様、そんなことも知りませんの?」

「うん。知らない」


アイリーンとメリアは信じられないとばかり驚いた顔でアレクを見る。


これまで暗殺を未然に防いできたのはアイリーンたちだ。ただアレクもそうした情報は知っていると思っていた。


「まさか将来この国を治める立場にある人が、こんなことを知らないなんて」


驚きましたわ、とアイリーンがガッカリしていた。


「ちょっと今度国王様に聞いておきませんとね」


アイリーンはいつぞやの黒いオーラを放った。


アレクは魔法師選別大会でアイリーンにこってりと絞られたことを思い出してビクッとした。


「第二王子派とはイスタル王子を王太子にと目論む派閥です」


メリアが簡単に教えてくれた。


「その第二王子派はアレク王子の失脚を目論んでおり、アレク王子の暗殺も密かに実行しておりましたの」

「え!?そんなことあったの?」

「ええ、今まではアレク王子の暗殺を目論む者たちを私たちの部下が全て処理してきましたのです。しかし今度は直接メイドを狙ってきたということですわ」

「な、なんでサーシャを!」

「あの外見だけ良い男に騙されたのですね。甘い言葉にそそのかされたのでしょうね。アレク様のメイドとしては失格ですわ」


アイリーンは厳しいことを言う。


「でも、俺のせいでサーシャが狙われたんだろ?何でサーシャのせいになるんだ?」


アイリーンは困った顔で答える。


「このメイドはアレク様の身辺を守るために貴方様の側にいるのです。ですから守れなかった以上はメイドとしての資格は無いといえるでしょう」


アレクは自分を責める。


どうしてこんなことに。


アレク「それでこれからどうすれば良いんだ?」

アイリーン「もはや毒殺目的であることは明白です。まずはあの男を探す必要がありますわ」

アレク「どこにいるんだ?」

メリア「昨日は一緒に学園に入っていきましたから学園に勤めているのではないでしょうか」

サラ「あんなイケメンならすぐに見つかるのでは?」

フラン「あのう」

アレクたち「なんですか?」

フラン「イケメンの先生ってひょっとしてクレメンス先生ですかぁ?」

アレク「え?先生知っているんですか?」

フラン「ええ、風の魔塔の新任の先生ですぅ、この前の魔法師選別大会の石化魔法の指導をしていた先生ですぅ」

アレク「ああ!思い出した!あの時の男か!」


アレクは女性しか見ていなかったので男達への記憶は浅い。


しかし、覚えていただけでも良かった。


フラン「しかし、今の時間にいるのでしょうか」

アレク「確かに」


アイリーン「こんな事があったのであればすでに逃げているかもしれませんね。メリア、ちょっと探し物を探してきてくれない?」

メリア「はい、わかりました」

メリアはそう言って部屋を出ていった。


フランは「それじゃあ私は学園長に報告してきますぅ」


そう言ってフランも部屋を出て行った。


アレクは眠っているサーシャを悔しそうに見ていた。


(もっと自分がしっかりしていれば)


まさか今まで自分の命を狙われていたなど全く気付くことなく平穏としていたのだ。当事者であったのにとアイリーンたちに呆れられても仕方のないことだった。


「サーシャは起きるのかな?」


「わかりませんわ、毒は消えたと思いますけど……魅了の魔法が解けませんと」


「うーん、どうやって魅了の魔法が解けるんだろう」


「ちょっと国王様に聞いてみたほうがよろしいかもしれませんわね」


「そうだな。明日王城に行って聞いてみるよ」


「その間は私たちがメイドを診ておきますわ」


「わかった。よろしく頼む」


「ええ、承知しました」


アイリーンはそう言って嬉しそうに微笑む。アレクの王族としての自覚を感じたからだろう。


(このメイドには申し訳ありませんけどアレク様の意識変革には良かったのかもしれません)


まだまだ問題は山積みだ。


アイリーンはもう遅くなりましたからこれで失礼いたしますと言って帰っていった。


独り残されたアレクは眠りにつくサーシャを見ながらふと考える。


「そういえばご飯食べてないわ」


テーブルには冷えた食事がたくさん残されており、床にはサーシャが吐いた毒のスープがところどころにあり、すでにカーペットに染み込んでいた。


「これどうしよう……」


アレクは頭を抱えた。

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