第51話 食事に行こう②

サーシャはクレメンスに連れられて王都でも有名なレストランにたどり着いた。


フロントには受付の係の者がおり、クレメンスたちに声をかけてくる。


「いらっしゃいませ」

「予約を取っていたクレメンスという」

「少々お待ちくださいませ」


フロント係の者は予約表を見ながらクレメンスの名前を確認する。


「ご予約いただいたクレメンス様ですね。当店へようこそおいでくださいました。それではご案内いたします」


係の者がそう言うと案内担当者の者がクレメンスとサーシャを店内へと誘導してくれる。


(お高そうなお店……)


サーシャは先程からそわそわとしてどうにも落ち着かない状態となっている。王城に勤めておりながらも、実はこういった店には今まで来たことのないサーシャは店に入る前からずっと緊張しっぱなしのようだ。


(やっぱり夜会用のドレスで来るべきだったかしら)


一応タンスの肥やしになっている母のお下がりのドレスがあるにはあるのだが、随分と前に手直しして以来全く袖を通していない。そしてこうしたお店に合うかどうかもわからない。しかし服の選択肢が少ないだけに意を決して母のドレスを着込んだサーシャの不安は増すばかりだ。


「それではこちらにおかけください」


店員がそう言って椅子を引いてくれた。

サーシャは上着のコートを預けて椅子に座った。


ドキドキしながら店内を見渡すとけっこう裕福であろう紳士淑女たちが和やかに食事を愉しんでいる。


店内は豪華なインテリアにあふれており豪華な食器、豪勢な料理、キラキラと宝石をこれでもかというぐらいに身に纏わせているお客たち。


こんなに場違いな場所はない。


いつかは自分も素敵な男性と一緒に食事に行ってみたい。


十代の頃に憧れていた夢であったが、いざ叶ってみるとこんなにも大変だとは思いもしなかった。素敵な男性であるクレメンスはさっきからキラキラしており、常に魅了をしかけてくる。


店内の雰囲気に馴染めずサーシャは早く食事を済ませてこの店から出たくなった。


貧乏性であるサーシャには贅沢は敵だと思ってきた。そうやって自分を戒め、贅沢を避けて身の回りのもので不要なものは一切持たず、そして余分なお金は全て実家に仕送りしていた。


そんな健気なサーシャにとってこのような場所は憧れていながらも潜在意識では受け入れていなかったようだ。


幸い王城で働く身であったためマナーなどの所作には自信があった。


しかし、


(味がしない)


美味しい料理のはずが緊張しっぱなしで料理を愉しむ余裕はなかった。


頑張れサーシャ。


心から祈りたい。


一方クレメンスは、


(ふふふ、こんな店に来て随分と緊張しているようだね)


このような立派な店は本来なら今、目の前にいるこんな芋娘にはもったいないぐらいだ。しかし、王子暗殺のためには手段を選んではいられない。


「素敵な君に乾杯♪」


クレメンスは内心ではそんなことを考えているが表面では和かに笑顔を保ちながらサーシャを口説いている。よくもまあ、こんなにも甘ったるい言葉を言えるものだと感心するほどにクレメンスの甘い囁きはサーシャの心を刺激して効果を示していく。


そしてようやく食事が終わる頃、クレメンスは持っていた包みを懐から取り出してサーシャに渡した。


「これを君に」

「えっ?」

「開けてみて」

「え、あ、はい」


サーシャはドキドキしながら小包を開ける。

すると中には素敵な宝石のついたネックレスが入っていた。


「えっ!?こ、これを私に?」

「ええ、是非、受け取ってください」

「こんなに素敵なものを、……私に?」

「はい」

「受け取れませんよ」

「どうして?」

「だってまだ知り合ったばかりなのに」

「そんなこと、時間なんて関係ないですよ。私の気持ちです」

「う、うぅぅ」


サーシャは顔を赤らめている。感動して良いのか断ったほうが良いのかと自分の気持ちが整理できていないようだ。


クレメンスはもう一押しとサーシャの手を取り自分の方に引き寄せる。


そしてそっとサーシャの手の甲に口づけをした。


(あぁぁぁぁ!!なにぃもぉぉこれぇぇぇ)


サーシャの脈拍は今までの人生の中で一番速くなっているはずだ。


ドキドキが止まらない。


「さあ、そのネックレスをつけてみて」


そう言ってクレメンスはネックレスを箱から取り出してサーシャに渡した。


サーシャは震える手をなんとか動かしてネックレスを落とさないように自分の首にかけて身につける。


「ほら、やっぱり素敵だ。良く似合う」


クレメンスは爽やかな笑顔でサーシャを見つめた。


「あ、ありがとうございます」


今までにない経験。まさに夢心地のサーシャは夢か現実かまったくわからない状況だった。


「さあ、それではそろそろ帰りましょうか」


クレメンスはそう言って店員を呼び出して帰る支度をする。


支払いなどは全てクレメンス持ちだ。小切手で支払いを済ませるクレメンスはなにやら手慣れた感じで頼もしく見える。


もはやサーシャの心は完全に落ちていた。


「もう、素敵、」


サーシャはトボトボとクレメンスの隣について歩いているもののすでに惚けてしまっており、クレメンスとの会話も上の空といった感じだった。


そんな好条件をクレメンスは見逃すはずもない。


(そろそろかな?)


だいぶ洗脳が進んできた。もう少しでチャーム(魅力)の魔法が完成する。


そうすればサーシャを思い通りに使ってアレクの食事に毒を入れる事ができる。


ふふふ。


クレメンスは嬉しそうに嗤った。


一方、その後ろではアレクやアイリーンたちがクレメンスたちの跡をつけていた。


「やっと帰れる」


アレクはそう呟いたがその隣ではアイリーンは目をキラキラと輝かせていた。


「早く私たちもあのようなお店に行きたいものですね♡」


恋に恋するアイリーンはシチュエーションに弱かった。サーシャを自分の未来に重ねて妄想しており、キャッキャとひとりで喜んでいた。


そんな女心を理解していないアレクは時折アイリーンたちに声をかける不埒な男たちを蹴散らす係として(サラと共に)さんざん働かされており、もう早く帰りたいとばかり愚痴をこぼしていた。


意外にメリアもアイリーンと同じでアイリーンと一緒に憧れの眼差しでクレメンスとサーシャを静かに見つめているのであった。


しかし、


四人は見逃してはいけないものを発見する。


クレメンスがサーシャの手を取って口づけをするときに、わずかにクレメンスの手が光ったのである。


「あれ?」


アレクは不思議に思った。


あれ魔法だよな。


何の魔法かはわからなかったが、確かに手が光っていたのを目撃した。隣にいるアイリーンたちも見逃してはいなかった。


アイリーン「アレク様」

アレク「ああ」

メリア「どのような魔法なのでしょう」

サラ「私は魔法が全くわからないです」

アレク「まあ、帰ってからサーシャの様子を見るしかないかな。今のところどんな魔法をかけたのかさっぱりわからない」

メリア「あの殿方に直接聞いてみては?」

アレク「素直に言うとは思えないよ」

アイリーン「そうですわね」


うーーーん。


四人はよく考えたが、これ以上は考えても何も出てこないと言って学園まで二人の跡をついて行って、その後はお互い寮に戻るのであった。


当然ながら夜遅くに戻ったアレクは寮長に見つかり、ついには学園長にまで報告されてしまう。そして翌日、学園長の執務室に呼び出されたアレクはまたメサーラ学園長に説教されるのであった。


一方アイリーンたちは事前に出かけることを寮長に伝えており、しっかりと根回ししていたのでお咎めはなかった。


可哀想なアレクは夕食も取れず、ただ説教される羽目になったのである。

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