モブ王子騒動編

第43話 罠

はぁー……。


魔法科に通うオレアリスは溜息を吐きながら窓の外の景色を眺めている。


今は授業中であるが、オレアリスは沈んだ気分を紛らわす為に呆然として窓の外を見ているだけだった。


「サラさん、残念だったな……」


以前、オレアリスは上級生からイジメを受けていたが、たまたまその場に通りかかったサラに運良く助けてもらったのだった。


彼はサラに一目惚れし、彼女の強さと美しさに憧れたのである。。


しかし先日のこと、オレアリスにとって憧れの君が剣術大会で実の兄セドリックに負けてしまった。


オレアリスにとって、彼女サラが負けた時の悔しそうな顔を思い出しては胸が苦しくなり、その時の情景を思い出しては悲しい気持ちに浸っているのであった。


実際にオレアリスにとってサラの敗北は全く関係のないことだ。本人もそうわかってはいながらも、サラに懸想しているためか、なんとも割り切れない気持ちのままこの数日を過ごしていた。


自分から告白する勇気もない。


オレアリスは魔法科の二年生。

サラは騎士コースの一年生である。


オレアリスがあの時サラに助けてもらってからというもの、二人が再び会う機会など無く、オレアリスもわざわざサラに会いに行く

ほどの勇気も無かった。


本当はサラに会いに行って直接励ましたかったのだ。それが分かっているだけにオレアリスも憂鬱な気分に浸っていたのだろう。


授業もしっかり受けないで……。


「オレアリス君?」


「はっ、はいっ!」


「今日は良い天気なのは分かっているが、外の景色ではなく、授業に集中してもらいたいのだがね」

「……あ、はい、すみません」


オレアリスが注意されたことで教室の生徒たちがどっと笑い出した。


「オレアリス君、後で先生のところに来てください」

「はい、わかりました。クレメンス先生」


土属性魔法の教師を務める金髪碧眼のクレメンスはさわやかイケメン。落ち着いた大人の雰囲気と自信のある態度から女生徒たちに人気があった。


その日の授業が終わりオレアリスはクレメンス先生の工房を訪ねた。


コンコン。(扉をノックする音)


「どなたですか?」

「オレアリスです」

「ああ、どうぞ、入ってください」

「失礼します」


オレアリスが工房の中に入るとクレメンス先生がなにやら作業をしているようだった。


クレメンス先生の工房はフラン先生とは違い部屋の隅々まで整理整頓され綺麗に片付けられている。


「よく来てくれました。君は次のテストの課題は決まりましたか?」


実はもうすぐテストがある。魔法の実技テストなのだが、オレアリスは実技が大の苦手であった。


「い、いえ、まだ決まっていません」

「そうですか。せっかくなので私が指定してあげましょうか?」

「え?えぇ!?ぼ、僕に、出来ますか?」

「それは君次第だよ。簡単な魔法にしておくから練習次第かな。まあ、今の君の成績だと進学も難しいからね。ちょっと頑張る必要はあると思うけどね」


クレメンス先生はそういうと一枚の紙を手渡した。


「これを毎日唱えてごらん。そうすれば少しずつ魔力が増えてくるはずだよ」

「え?こんなの良いんですか?」

「まあ、学園でダメとは言われてないからね。大丈夫だよ。魔力が増えれば魔法も使えやすくなるからね」

「あ、はい、わかりました」

「それじゃあ、頑張ってね」

「ありがとうございました」


オレアリスはクレメンス先生にお礼を言って工房を去った。独りになったクレメンスは途端に表情が変わる。


「ふふっ、頑張ってくださいね」


言葉とは裏腹に気味の悪い笑みを浮かべるクレメンスだった。


オレアリスは寮に戻るとさっそくクレメンス先生からもらった紙を取り出して、紙に書かれている文章を読み上げてみる。


「この魔法陣に魔力を込めて起動したまえ、……ん?これで良いのかな?」


紙に書かれた文字を読み上げて、言われた通りに紙に記されている魔法陣に魔力を込めた。すると紙の裏から別の魔法陣の紋様が浮かび上がる。


すると手に持っていた紙から怪しげで毒々しい色の霧が現れてオレアリスの全身を包み込んだ。


「うわっ!」


オレアリスは驚きながらも突然身動きが取れなくなった。しかも持っていた紙は急に燃え出してしまい、灰となって消えてなくなってしまったのである。


(あ、あれ?)


何も起きないんだけど……。


オレアリスは不思議がった。しかしすぐに変化に気付く。


(う、動けない)


オレアリスは意識があるにもかかわらず身体が全く動かないことに気づいた。


(ど、どうして……)


オレアリスは固まったまま身動きが取れずにもがき続けた。


……どのぐらい時間が経ったのだろう。


外はいつの間にか日が暮れたのようで少しずつ部屋は暗くなっていった。


夜がきた。


部屋が暗闇に包まれた頃、少しずつ意識が薄れているオレアリスの耳に何者かの足音が通路から聞こえてきた。


少しずつ足音は大きくなり、ちょうど部屋の近くで足音が止まる。


(な、何だ?)


身体が思うように動かないオレアリスは何もわからないまま恐怖心に駆られていた。次にギィ、と扉の開いて誰かが入ってくるような気配を感じた。


「ふふっ、どうやら成功したようだね」


なんと部屋の中に入ってきたのはクレメンス先生だった。


「オレアリス君、気分はどうだい?ああ、今自分の状態がわからないんだったね」


そう言ってクレメンスは手鏡をポケットから取り出してオレアリスの目の前に見せてきた。


「ほら、どうだい?魔法が成功しただろう?」


オレアリスは手鏡に写った自分を見て驚いた。


(せ、石化?してる!?)


「そう、石化の魔法だよ、君には実験役になってもらいたかったのだよ。どれ、まだ意識はあるのかな?んー、微かにまだ意識を感じられるな。まあ、試作品だから仕方ないか。人間に使うのは今回が初めてだし、次はもっと即効性が必要かもしれないな……」


クレメンスはすごく満足気な顔で喜んでおり、石化したオレアリスをこと細かく分析している。


「石化した気分はどうだい?あ、そうだ、このまま君を外に置いておくから安心して良いよ。君の好きな景色をずっと観られるのだからね。フフフ」


そう言ってクレメンスは静かに笑った。


(く、くそ、騙したな!)


オレアリスの声は誰にも届かない。


こうして石化したオレアリスはクレメンスの手によって美術品が所蔵されてる物置へと運び込まれ、そのまま放置されてしまうのであった。


次の日、オレアリスが部屋にいないということで寮の生徒たちが騒ぎ始めた。


失踪したのではと考えられたが、荷物や貴重品はそのまま部屋に置いてあったため、学園の衛兵たちによって捜索されることになった。しかし、数日経ってもオレアリスの行方はわからず、どこを探しても見つからなかったために捜索は打ち切られた。


そして学園内の問題を揉み消そうとするヘンリー教頭の指示によって、魔法科の劣等生であったオレアリスは勉強についていけないために自分から学園から出て行ったのだということになった。


そしてそれは、さも事実であるかのようにまことしやかに噂されたのである。




アレクは剣術大会の優勝後に剣術の授業を少なくして魔法科の授業を増やすことにした。


その理由は一つ。


アレクが剣術の授業で立ち合いを希望する上級生達にいつも囲まれることになったからだ。そして、その度に何十人もの相手と試合をさせられたからであった。


アレクがいくら断ろうにも、上級生たちは凄い剣幕で乗り込んできては勝手に闘いを挑み始めるのだ。もはやアレクに断る余裕すらなかった。しかもユランのような女の子は全く来ないばかりか、ゴツいおっさんみたいな生徒ばかりから絡まれるのである。


「やってらんねーよ!!」


アレクが愚痴るのも仕方のない事だった。


しかも優勝したにも関わらず、女子生徒たちからは大した反応はなく、むしろカインを倒した事で敵認定されたようだった。


しまいには「カエル王子」と呼ばれる始末。栄えある優勝者にも関わらず、踏んだり蹴ったりのアレクであった。


ということで、そうした理由からアレクは魔法科の授業を受けていた。


ここ最近フラン先生からはエリクサー作りを依頼されており、一日のノルマは瓶5本分である。


今日の授業はアイリーンと一緒ではないが、割と可愛いフラン先生 (しかもボイン) と二人きりという好条件のためか、アレクは魔法科の授業を喜んで受けている。


しかし問題もあった。


「あれ作るのに結構な時間がかかるから嫌なんだよなあ」


アレクはそう愚痴りながらもフラン先生のたゆんとした膨らみには抗えない。


そういうことでアレクはフラン先生のためにいそいそとエリクサー作りをすることになったのである。


まぜまぜ……。


「そういえばアレク王子」

(眼福眼福)「っ!何ですか?」

「魔法科の二年生の男の子が失踪した事は知っていますか?」

「えっ?そうなんですか?」(ドキッとしたぁ)


まぜまぜ。


「ええ、寮に帰ってきたはずなのに急にいなくなったそうなんです」


「ああ、なんかこの前、寮の生徒たちが騒いでたな」


まぜまぜ……。


「それじゃあ、アレク王子はあまりご存じないのですね」

「そうですね」


まぜまぜ……。


「土魔法の授業を受けている子だったんですけどね。授業についていけなくて学園を出て行ったらしいんですよね」

「そうなんですか」

(鼻がむず痒いな)


まぜまぜ……。


「私にもわかりませんけど、そういう噂が流れているみたいです」

「へぇー、どうして……、へっくしょん!」

(ハンカチ、ハンカチ)


アレクはポケットからハンカチを取り出す。


ちーん。

アレクが鼻をかむ。


(風邪ひいたかな)


まぜまぜ。


「あ、もうそろそろ出来ますよ」

「あ、ああ、はい、わかりました」


すると鍋の中にある液体が光り出す。


(……鼻水入ってないよな)

「出来ましたね!」

「はい、そうですね」


フラン先生は喜びのあまりにエリクサーを作るアレクの側に近寄った。

接近してくるフラン先生をマジマジと見るアレクは照れたのか頬を紅潮させた。

(フラン先生やっぱり可愛いな、それに……)


「それでは瓶に移して、次も頑張りましょう!」


おー!


元気よく拳をあげるフラン先生。その勢いで大きな胸も弾むとアレクの視線は完全にに釘付けとなる。


もしアイリーンがその場にいたら、かなりの修羅場になっていたことだろう。ひょっとしたら次はアレクが行方不明となっているかもしれない。


アレクはフラン先生に釣られて一緒に拳をあげたものの、割と理性的なのかすぐに現実に戻った。


「作るのオレだけなんだけど……」


アレクは小さな声で呟いた。


こうしてアレクが2本目のエリクサーを作っている時、


「そういえばアレク王子、もうすぐ魔法科では魔法師の選抜試験があるのをご存じですか?」

「いや、知らないです」


まぜまぜ。


「アレク王子ならかなりの魔力もありますし、他に全属性の魔法使いはいませんので、是非!出場してくださいね!」

「え?僕が出るんですか?」


(マジ?)


「ええ、是非に!」


(めんどくせー!また試合みたいのあんの?)


アレクはそう思ったものの、キラキラと期待に目を輝かせているフラン先生を見てしまうと、とても断れるような雰囲気ではなかった。


「まあ……わかりました」


まぜまぜ。


フラン「やったぁ!!」


またフラン先生の胸が弾む。

アレクはエリクサー制作に集中できない。(もともとではあるが)


「え?なんでフラン先生が喜ぶんですか?」

「だって、今年の水属性の生徒は不作らしくて、皆魔法師選抜に出るほどの子がいなかったんです。アレク王子なら全然大丈夫ですよ!この前の大洪水魔法なんか出したら一発で優勝ですよ!」


「は、はは……」

(あの後メサーラ学園長にこっぴどく叱られたんだど)


まぜまぜ。


「それじゃあ私の方で登録しておきますね♪」

「あーー、はい、ソレっていつですか?」

「明後日です♪」

「えっ!?は、早くないですか?」

「え?そうですかぁ?」

(この世界の人たちって超マイペースなんだよな……こっちの都合も考えてくれよ)

「まあ、アレク王子なら楽勝ですよ♪」

「は、はは」

(はぁ……あーあ、しゃーねーなー……)


アレクは諦めて観念した。


「よろしくお願いしますね♪」


今日のフラン先生は上機嫌でかなり可愛いさアップのようだ。アレクもそんな幸せそうにしているフラン先生をしっかりと愛でている。


しばらくして。


ようやく今日のノルマを達成したアレクはもう疲れたと言いながらフラン先生の研究室を出る。


フラン先生は明日もまた来てくださいね♪とうきうき気分で手を振りながら見送ってくれた。


(サ○エさんかよ!)


アレクはツッコみながらも魔法科の校舎を出た。



「ただいまー」


アレクが部屋に帰って来た時、サーシャが鼻歌混じりで花瓶に綺麗な花束を入れて飾っていた。その異変にアレクは狐に摘まれたような顔になり上機嫌のサーシャを見る。


「サーシャどうしたんだ?なんだか機嫌が良いな」


アレクは聴くと、サーシャは最近見ないほどの笑顔で答えた。


「そうですね♪街で超イケメンに会ったんです♪少し話をしてぇ♪最後にこの花束をくださったんですよぉ♪」

「へぇーーー、良かったねーー」

「もう!もっと喜んでくださいよぉ♪」


うへぇ。


気持ち悪いほどに機嫌の良いサーシャを見てアレクも微妙な感じになった。嫉妬ではないのだが意地悪な姉に好きな人ができるとこんな感じなのかなと考えるアレクであった。


サーシャの手には一枚のメッセージカードがある。


「サーシャへ

  素敵な貴女に、この花束を。 

       クレメンスより」


(うへへー♪素敵な♪貴女に♪だってえ!!)


サーシャは(だらしない)笑顔でメッセージカードを読み直すと、大切に自分のポケットへと仕舞い込んだ。

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