第44話 魔法師

魔法師について説明する。


この国には魔法を巧みに操る魔法師と呼ばれる役職がある。


国に仕える魔法師たちは魔塔と呼ばれる研究機関に属しており、それぞれの使える魔法属性に分かれて、日々魔法の研究に勤しんでいた。


属性について説明しよう。

この世界には五つの元素に分かれており、


火・水・風・土(地属性)・空(無属性)


といった属性がある。


そして人々は自分達の魂の傾向性に近い魔力や魔法の属性を使えるようになっており、魔法師達も各々の属性に長けた者たちが競い合うように日々魔法の研究と修練に励んでいる。


ただし他の属性が全く使えないわけではなく得意な属性魔法以外はだいたい十分の一ほどの力しか出ないようだ。


ほとんどの魔法師たちはそんな無駄な努力をするぐらいなら得意な分野を磨いた方が効率的で良いと考えており、そういった理由から、それぞれ自分たちの属性魔法の研究に没頭しているのであった。


というわけで全属性持ちであるアレクがどれだけ希少な存在であるかがわかるだろう。


そんな希少な存在であるアレクは本日もフラン先生のふくよかな胸のふくらみを見ながらいそいそとエリクサー作りに励んでいるのであった。(アイリーンがいないから平気)


「いよいよ明日が魔法師の選別大会ですね!」


フラン先生は喜びいっぱい満遍の笑顔でアレクに語りかける。


それまでフラン先生の胸を凝視していたアレクは慌てて姿勢を正すと懸命に鍋の中にあるエリクサーを混ぜはじめた。


「あ、ああ、はい、そうですね」

「明日の選別大会の説明は聞いてますか?」

「いいえ、まだです」

(昨日、先生が言ったばかりでしょうが!)


ムッとするアレクに対して全く動じないフラン先生はサクサクと話し始めた。


「あら、そうでしたか、明日、こないだ剣術大会があった闘技場に朝の9時に集合してくださいねぇ。それから受付をしてもらってぇ、魔法師用のローブと杖が支給されますので着用してから選手の待機室で待っててくださいねぇ♡」


フランは嬉しそうに説明し、アレクは面倒臭そうに説明を受けた。


一応、事前説明を聞いたアレクだったが、今更ながら肝心な事を聞いていなかったことに気づき、慌ててフラン先生に質問した。


「あの、……そもそも魔法師選別大会って何するんですか?」


そもそもなのである。


「え?知らないんですか?」

「ええ、聞いてませんから」


聞いていないなら知るはずもない。

アレクの質問に対してフラン先生は何ら悪びれず、あくまでもマイペースだ。


「ああそっかぁ、アレク王子は一年生ですものね。普通は四年生が出場するんですよねぇ。後は優秀な三年生が時々出るぐらいなんですよぉ」


てへっ。


マイペースなフラン先生は途中で気づいたのか可愛く誤魔化した。


アレクはジト目で見るとフラン先生は焦りながらきちんと説明し始める。


「そうですねぇ……基本的に剣術大会は剣で闘うんですけどぉ……魔法師の選別大会は魔法で競い合うんですよねぇ」

「競い合う?」

「そうですねぇ」

「どうやって?」

「お互いに魔法を出してぇ、その規模や強さ、有効性を競い合うんですぅ」


「へー」


「攻撃魔法以外もありますからねぇ」

「あ、そうか」

「そうなんですよぉ、私が学園生の時はポーションの品質安定についてを説明して、実際に作ったポーションの効果を説明しましたねぇ」

「へー、フラン先生って凄いんですね」

「えー?いやぁ、それほどでもぉ♪」


最近あまり褒められていなかったからかすぐに調子に乗るフラン先生はにへらと笑顔になる。


こんな先生だが能力は高い。


「ところで、僕は何の魔法を使えば良いんですか?」

「え?そうですねぇ、エリクサーはまだ発表できないしぃ、こないだの水魔法はどうですかねぇ」

「あれ使ったら大洪水で周囲の被害が尋常じゃないですよ」

「んー……、そうですねぇ、やっぱりやめときましょうかぁ、アレク王子は他に何の魔法が使えるんですかぁ?」

「そうですね、ガルシア師匠からは大体ほとんどの魔法は教わりましたから、どれにしようかって感じですね」

「え?ふえぇぇぇえ!?」


急にフラン先生は驚き出す。


「どうしました?」

「ガルシア様は超有名な宮廷魔法師なんですよ!!そんな方から師事していただいたんですかぁ!?」

「ええ、まあ、はい」

「す、凄い、あ、でもアレク王子は全属性でしたものね。一応水属性魔法の代表なので水の魔法を使ってくださいねぇ」

「あ、はい、わかりました」

「どの魔法が良いかは、そうですねぇ、周囲に被害がなくてぇ、皆が驚くものでぇ、いちおう対戦者にも勝てる魔法が良いですねぇ」


「ふーん……、それじゃちょっと考えておきます」

「また明日教えてくださいねぇ」

「はい、わかりました」


そう言ってアレクはエリクサー作りを終えるとすぐ寮に戻った。



アレクが寮に戻る頃、他の魔塔では明日の選別大会での話し合いが行われていた。


ここは土の魔塔。


ヘンリー教頭は土の魔塔主であるドエラエフという爺さんと話し合いをしていた。


「どうやらアレク王子が選別大会に参加するらしい」

「いきなりじゃと?水の魔塔の生徒は今年不作だったはずじゃが?」

「フランの奴が勝手にアレク王子を推薦したらしい」

「なんじゃと?剣術大会優勝だけでは物足りんというのか?あのボンクラ王子は魔法にも長けとるというのか?」

「どうやらこないだ水の魔塔で騒ぎになったあのエリクサーはアレク王子が作ったらしい。あと津波の魔法を起こして魔塔に入る生徒を巻き込んだのもアイツの仕業だ」

「あれをアレク王子が?そんな馬鹿な!」

「アレク王子の魔法は全属性らしいのだ。エリクサーの制作もどうやらそれが原因かもしれないとフランが言っておった」

「それなら土の魔塔でも出られたんじゃないか?」

「もう水の魔塔からの出場登録は済んでおる。しかもまだ他の属性魔法の授業は受けておらんだろう」

「そ、そうじゃな」


土の魔塔主は少し悔しそうだった。


「まあ、今年は新任のクレメンスもおるし、代表選手には四年生のバリーがおるからウチは安心じゃ。なんせこちらは素晴らしい魔法を発明したからな!」

「そうか!それは結構!」


ヘンリー教頭は嬉しそうだ。ドエラエフも満足そうにふんぞり返った。


「ふははは!」


似たもの同士なのか、上機嫌な二人はすでに勝利を確信したかのように呑気に笑い合うのであった。



一方、火の魔塔では、あの麗しの(悪役)侯爵令嬢ローズマリアがいた。


「それでは私が今回の代表でよろしいのね?」

「ああ、はい、大丈夫です……」


今年出る予定のクララという四年生の女の子は怯えながらローズマリアの前にいた。どうやら目の前にいる高飛車な侯爵令嬢から代わりに出場させろと脅されている様子。そしてクララの反応を見る限り、すでに出番を譲った後らしい。


「そう、譲っていただいてありがとう!貴方の分まで頑張りますわ!」


ローズマリアがそういうとクララは逃げるようにその場を去った。こうしてローズマリアが選別大会の代表選手として出場することになったのだ。


火の魔塔主も大会前日の夜に代表者のいきなりの交代という話を聞いてたいそう驚いた。しかし相手はあのローズマリアである。魔塔主は話を聞くなり、仕方あるまいと諦めてローズマリアの出場を許可した。


「オホホホ!いよいよ明日が本番ですわ!」


ローズマリアは口元に扇子を当てて優雅に高笑いするのであった。


「あ、そういえばイスタル殿下の席も確保しておきませんとね」


実はというと、ローズマリアはこないだ開催されたお茶会にて、すでにイスタル王子に魔法師の選別大会に出ると言っており、勝手に誘って話を進めていたのである。まだ出場する事も決まっていなかったのにも関わらずである。


こうしてローズマリアはイスタルを誘った後に自分の話を事実とすべく、強引に魔塔主と代表選手と交渉して(脅して)、見事に魔法師選別大会の出場権を獲得したのであった。


さすがは悪役令嬢、目的のためなら手段を選ばない女である。


「イスタル殿下♡私の晴れ舞台を観てくださいまし♡」


オーホッホッホ!!


こうして目的を果たしたローズマリアは高笑いしながら魔塔を去って行った。



風の魔塔では一人の少女がいた。


「それでは実験を始めます」


少女の名はメイ・フォルス。

茶色の髪と眠そうな目、おっとりとした表情。背は低くて139センチほど。痩せてはいないが太ってもいない。小柄なために子供扱いされるのが嫌いな14歳の女の子だ。


メイは風の魔法によって高密度の竜巻を作り出した。


そして竜巻の中心には鉄で出来た風力発電用の装置が設置されていた。


メイの近くにはもう一人、細身で長身の青年がいた。


「よし!魔法の方は大丈夫だな!」


彼の名はロイ・フォルス。

メイの兄である。メイとは違いこちらは背が180センチと高く、とても同じ血が流れているとは思えないほどの身長差である。ロイは茶色のクセっ毛でボサボサの髪で丸いメガネをしており、いかにも研究者といった風体ふうていであった。


このフォルス兄妹は風の魔塔では有名らしく、兄のロイは魔法科四年生。妹のメイは二年生だ。二人は共同で風力発電の研究に勤しんでいた。そしてこれが今回の選別大会にて発表する魔法であった。


竜巻を受けた発電用の装置は竜巻の風を受けてバチバチと光出す。そしてロイが持っていた水晶が輝き出した。


「よし!いい感じだ!」


しっかりと発電してますと言わんばかりに水晶玉は光り輝き続けた。


メイが魔力を止めて竜巻を解除すると、勢いを失った竜巻はやがて時間と共に消えていった。同時にロイが持っている水晶玉も光を失う。


実験は終わった。


二人は後片付けをしていると、小さな容姿の幼女らしき人物がやってきた。


「おー、実験は大丈夫だったかい」


魔塔主の名はケーナ。

幼女に見えるが年齢不詳の魔女であり、こう見えても風の魔塔主である。


「はい、明日は何事もなく実験を見せることができそうです」


ロイは畏まってケーナに報告する。


「よしよし!二人とも頑張るのじゃぞ!?わしも応援するからの!」

「ありがとうございます!」


二人はケーナにお礼を言った。


「そういえば、明日の大会では水の魔塔からアレク王子が出るらしい」

「え?あの剣術大会で優勝したカエル王子ですか?」

「ん?カエル王子?」

「はい、優勝戦でカエルジャンプして勝ったからカエル王子だそうです。あと魔法でカエルにされた王子が姫の口づけでもとに戻るという物語に合わせてその名をつけられたらしいんですが」

「わははは!そうか!剣術でも優勝して魔法でも戦うか!面白い王子じゃのう!」


ケーナはけたけたと腹を抱えて笑いながら休急に真面目な表情になり、「しかし、」と呟いた。


「そのカエル王子とやらは全属性持ちらしいの」

ロイ「え?それ本当だったんですか?」

メイ「嘘かとおもってた」

ケーナ「しかも伝説の秘薬『エリクサー』を作った人物らしいぞ?」

ロイ・メイ「ええ!?」

ケーナ「全ての魔塔主たちが驚いておった。担任のフランが現物を持ってきてな。さんざん実験して本物だとわかったそうじゃ」

ロイ・メイ「へぇぇぇ」


もしかしたらエリクサーを発表されたら勝ち目ないんじゃと不安そうに二人はお互いを見た。


ケーナはそんな二人を励ますように話し出す。


ケーナ「大丈夫じゃ!エリクサーはまだ公に出来ないと全魔塔主ならびに国王が言っておる。明日の大会では発表できんはずじゃ!」


ほっ。

二人は安心した。


ケーナ「まあ、そんなんだからあんまり心配せんで良いと思うぞ?しっかりやりな!」


ケーナはにしししと笑いながら二人を励ました。



ここは最後の空の魔塔、無属性魔法の塔である。ここの魔塔主は何をかくそうガルシアであった。


「うむ、いよいよ明日が大会じゃな」


宮廷魔法師の総帥を務めるガルシアは別に無属性というわけではない。


無属性魔法とは火・水・土・風以外の属性を差しており無属性といえど内訳を見ると多くの希少な属性持ちがいるのだ。


そんな事情のため、実は無属性の魔法師たちといっても魔塔内では全く纏まっておらず、統率するものがいないため、仕方なく魔法師トップの立場にあるガルシアが空の魔塔主を請け負っているのであった。


結構多忙な人なのである。


今回の選別大会も多種多様な属性持ちが多いために誰を選ぶかで悩んでいたのだ。


そしてさんざん悩んだ末に代表者の何人かに絞って後はサイコロで決めた。意外にも実はけっこう適当な人だった。


そんなガルシアもアレク王子のことは案じており、明日の大会参加に対しても少し心配しているようだった。


「最近王子の顔をあまり見ておらんからのう。まああの王子じゃ、また何かやらかすかもしれん。それだけが心配じゃのう」


ガルシアはワインをちびりと飲みながら嬉しそうに呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る