第40話 剣術大会④

いよいよ3回戦、次で決勝である。


「なんか早いなー」


アレクはつぶやいた。


もともと時間さくしゃの都合により代表者のみの試合にしているため試合数も少ない。


しかしそれでも一日で終わるようなプログラムにしてあるのだ。(ということでお願いします)


昔は数日かけて大会を行ったらしい。しかし、参加者も多く開催への時間的負担も多いために一日で終わるようなプログラムになったそうだ。(という設定でお願いします)


「次!」


アレクとブレイクの二人が出てきた。


二人とも小柄なので観客席からは小さく見える。そして先程の試合と違い熱狂的な観客たちがいないためにわりと静かな会場に戻っていた。


はじめ!


アレクが剣を構えるとすぐにブレイクが接近してきた。ブレイクは先手必勝とばかりに剣戟を繰り返してアレクに隙を与えない。


アレクも後手に回った事を後悔しながらもブレイクの剣筋をしっかりと見極めるように彼の剣を受けるのであった。


二人ともスピードに長けており、素早い動きでの剣戟はまるで剣舞のようだった。観客たちは剣舞のような二人の闘いをみて感心する。


二人とも高度な技を繰り出しており実力の深さを窺い知ることができる、まことに玄人好みの闘いであった。目の肥えた観客たちは「ほぅ」と息を吐きながら真剣に二人の闘いを注目している。


やがてブレイクの方が少しずつ押されているように流れが変わってきた。


どうやらアレクは力技でブレイクの剣を弾いていたようで、ブレイクも少しずつ表情が焦りに変わってきていた。


アレクは剣戟に強弱を使い分け、フェイントを織り交ぜながらブレイクを翻弄させた。そうして完全に優位に立ったアレクに対してブレイクも覚悟を決める。


それは一瞬のことだった。


少し距離を取ったブレイクは、その後いきなりアレクの目の前に現れた。縮地のような技によって急接近したブレイクは剣を構えてアレクの首筋に当てようとする。


しかしアレクも咄嗟に剣を躱して反撃する。ブレイクは剣を構えて防御するが、アレクは力技でブレイクを吹き飛ばした。


あまりにも強い力で剣を振ったからか、吹き飛ばされたブレイクは背中を打ち付けてしまい、ようやく立ち上がったもののあまりにもの背中の痛みに咳き込んでいた。アレクはすぐさま攻撃に転じ、ブレイクは仰向けになって倒れる。


倒されたブレイクの前にアレクは立って跨ったまま剣を向けて試合終了である。


王子にしては乱暴な剣だと一部の貴族を含めた観客たちは論評をしており、かたやアレクサンドル王と師匠のボルトは「結構!」と喜んでいた。


アイリーンも嬉しそうに手を振ってくれた。


「……はあ、勝った」


今回はしんどかった。


「あんまり闘いたくない相手だったな」


試合終了後、アレクは闘技場の待合室に戻ると座って休みだした。


しかし、


「それでは決勝戦をはじめる!」

「早いな!」


もう少し休ませてくれてもいいんじゃないか?


休憩中にアナウンスに起こされてアレクは少し不機嫌になる。

いよいよ次は決勝である。アレクは仕方なく起き上がり会場へと向かった。


「選手の入場!」


カインとアレクは再び入場し、向かい合った。


「ふん!今日は負けん!」


(そんなの知らんがな)


カインはアレクを睨みつけると鼻息を荒くして息巻いた。

何故かカインは自信満々でアレクに対しても負ける気はないといった態度だ。


アレクも内心面倒だなと思いながら「まあ、強い方が勝つだけだ」と格好良く言っておいた。しかし揺るぎない勝利への確信というのか、カインのあの自信はどこからくるんだろうとアレクは不思議に思う。


だがしかし、ローズマリアの策略によってすでにアレクに危機が迫っていたのだ。それは呪いの効果であり、確かに表面的な変化として表れてきていた。


先程の疲れもそうである。実はアレクの疲労感は試合での疲れではなく、呪いのせいで弱体化したアレクは先の闘いでも単に苦戦していただけだったのだ。カインは疲れた顔をしたアレクを見て呪いの効果が出ている事を知り、己の勝利を確信していたのだ。


「ああ!アイリーン!コイツに勝って僕の強さを証明してみせるよ!」


ズルっ子して勝つのにもかかわらず愛しいアイリーンが自分のモノになるとポジティブに考えられるカインはある意味幸せ者かもしれない。


アレクはアイリーンの名前を出すカインが気に入らないとばかり顔を顰(しか)めている。


「アイリーンは僕の許嫁だ。お前なんぞに渡すものか!」

「ふっ、強い者の方がアイリーンに相応しい。そして外見も私の方が圧倒的にアイリーンに相応しい!」

「ふざけるなっ!」


「あのう、そろそろ試合を始めます」


審判がおそるおそる横から口を出してきた。


「それではどちらがアイリーンに相応しいかこの試合で証明してみせようか!」

「お前なんぞに負けてなるものかっ!」


こうして二人の闘いが始まった。


アレクは弱体化しながらもなんとか動ける程ではあったが、ただ思ったより疲れが取れないことに不安を覚えてはいるものの、試合中に考える余裕はなく、試合開始後はただ一生懸命に剣を振っているだけだった。


アレクより体格の良いカインには力技は通じない。

そして持ち前のスピードも出せず、疲れているためにいつもより調子が悪い。

アレクはおかしいなと思いながらも必死にカインの剣を受けていた。


「ふははは!アレク王子はこんなに弱かったのかな?」


調子に乗りやすいカインは更におごっていた。

一方的な攻撃を必死で受けるアレクを見て、誰がどう見ても先程の試合と同じではないと変な違和感を感じるのであった。


アイリーンもその変化に気づいた。


「何故あんなにも動きが鈍くなってますの?」


おかしい……。

メリアもおかしいと思い試合をよく観察する。


何かある。しかし、何が原因かが解らない。

二人はカインとアレクをしっかりと観察するも解らずじまいだった。


「ひょっとして」


メリアがつぶやいた。


「何かわかりましたの?」

「アレク王子は呪いを受けているかもしれません」

「呪い?」

「はい、私の一族の情報では隣国に呪いをかける札のようなものがあると聞いたことがあります」

「なぜ?どうしてアレク王子が呪いを受けるのかしら」

「やはりあのカインの勝ち誇った様子を見る限りではあらかじめアレク王子に呪いをかけて弱らせていたのではないでしょうか」

「どこから入手したのかしら」

「そういえばこの前、影の者からの情報でカインはローズマリアと会っていたそうです」

「第二王子派ね」

「今回もアレク王子に呪いをかけてカインはアイリーン様のために、そしてローズマリアイスタル殿下のためにとアレク王子を失脚させるように画策しているのではないかと考えます」


そうかもしれないとアイリーンは頷く。


「ああ、でもどうしたら呪いを解けるのかしら」


メリアは考える。


「その呪いの札を焼き払えばよいかと」

「どうやって?」

「カインを丸焼けにしますか?」

「それは良いアイデアだけれど……、残念ながら今は出来ないわね」


二人が悩んで考えている際中、アレクはどんどん不利になっていた。


「くっ!」


もはや何回かに一回は攻撃を受ける。アレクの体にはもういくつもの痣ができていた。


「くははは!こんなものか!」


カインは調子に乗りに乗りまくっている。


やっていることは鬼畜なのに神経が麻痺しているのか、興奮し過ぎて自分自身の客観視は全くできていない。


対してアレクは非常に焦っていた。今回の剣術大会では魔法を使ってはならないために呪いで弱体化したアレクには全くもって打つ手がなかったのだ。


「くそっ!」


徐々に呪いの効果が高くなっているのか、次第にアレクは立っているのもやっとになり、ついには膝がガクガクしてきた。こんな経験は初めてボルトの鍛錬を受けたとき以来だ。


(クソっ!魔法で身体強化できないものか……ん?本当にできないのか?)



いきなりの思いつきでそう考えてみるとアレクも急にやってみたくなった。

どうせこのまま負けるなら最後まであらがいたい。


そう思ったアレクは前世で見たアニメなどを参考にして身体強化を試みるべく自分の魔力を全身に駆け巡らせてみた。


するとどうだろう。

災い転じてというやつである。なんと呪いの効力がアレクの魔力によってはじかれてしまったのだ。


本人は身体強化が成功したと思っているが、実は弱体化を解除しているだけだった。こうして知らずのうちに呪いを解除したアレクは元の実力を取り戻した。


弱った体力はもとに戻ったのである。


本人は身体強化したと勘違いしたまま元気になったアレクはふたたび剣を構えてカインに向けて振った。すると魔力を帯びた剣は魔法が出ないだけで確かに何か違う作用が生じたのだ。


カインは急に元気になったアレクを見て驚いた。


「何故だ?」(呪いの札は効いていないのか?)


不思議がるカインに今度はアレクがお返しだと言わんばかりに猛烈に攻め続けた。


「くっ!」


今度はカインが不利になる。


魔力を帯びた剣はどういう作用があるのかわからないがカインが剣で受けても受けきれないのである。力で跳ね返そうとも跳ね返せず、今度はカインが弱体化したかのように剣を受けるのであった。


しばらくするとアレクもカインもお互いに剣で打ち合った痕が体のあちこちに残り、心も体も疲弊しきっていた。かろうじて防具は大丈夫だが、防具以外の服はぼろぼろである。


もう二人とも限界に近かった。


ウオォぉぉ!


2人は雄叫びをあげて近づき剣を交わして組み合った。


ゼェ、ゼェ……。


はぁ、はぁ……。


……もう休みたい。


2人はそんな事を考えながらヘロヘロになって剣を振るう。


えある王立学園の剣術大会。

そんな決勝戦にまさかの泥試合どろじあいである。


疲弊しきった二人に対して、観客たちは見るも絶えない闘いだとして大声で野次を飛ばしていたが、唯一ヒロインのアイリーンだけは手を握りしめて必死にアレクの勝利を祈っていた。


「アレク様頑張って!」


アイリーンが大きな声を出して応援すると、なぜかアイリーンの応援に釣られて男子生徒も応援をし始めた。よく見ればほとんどの男子生徒たちが応援しながらも頬を赤く染めてアイリーンをチラチラと見ていた。


完全にアイリーン目当て。


アレク王子!頑張れ!


ア・レ・ク!ア・レ・ク!


対して女生徒たちはカインを応援する。


カイン様〜!頑張って〜!


カ・イ・ン!カ・イ・ン!


泥試合は続き、ついには応援合戦も始まった。

そして、いよいよ決着の時がくる。


アレクが剣を構えてカインの剣を受けたとき、受けた剣の衝撃で膝がカクンとなり跪くように体が前のめりになって倒れそうになる。カインがその隙を逃すはずもなく、更に上段からアレクの頭上へ剣を打ち込もうと勢い良く剣を振り上げた。


カイン「ふははは!アイリーン!俺の勇姿を見てくれぇぇ!」

アレク「負けるもんか!アイリーンは俺の嫁だぁぁ!!」


うぉぉぉ!!


しゃがみ込むアレクは勢いよく踏ん張って立ち上がろうとする。しかし踏み込む力が強すぎて勢いが良すぎたのか、カインが剣を振り上げた時にアレクは体あたりするほどの勢いでカインの目前に迫った。


ぴょこん!


それはまるでカエルジャンプのようだった。


目前に迫るアレクの頭を見たカインは慌てて振り上げた剣を下ろそうとしたが間に合わず、ついにはアレクに体あたりされてしまい仰け反るように倒れてしまった。


ぱたり。


とうとう体力の限界だったのか、アレクに体あたりされたカインはとうとう倒れてしまった。かろうじて体力が残っていたアレクは頭突きの後すぐに起き上がり、カインの顔面にめがけて剣を振り下ろす。


倒れたカインの顔面には剣がめり込んでいた。

試合終了である。


「それまで!しょ、勝者アレク王子!」


審判がそう言うと観客たちはやっと終わったと大盛況で喜んだ。


「勝った……」


勝利を確信して魔力を解いたアレクは弱体化の呪いによってもう立っていられずに倒れてしまう。


アレクの勝利は人によって反応が違った。


女生徒たちはカインの負けた姿を観てシクシクと泣きながら悲しんでいるのであった。反対にユラン推しの男子生徒たちは負けたカインを見てザマアミロと中指を立てて喜んでいた。


一部の貴族たちは不満気に無言で退席しており、今回の主犯であるローズマリアは悔しそうに顔を顰めていたが、扇子で顔を隠して無言で闘技場を去っていった。


アイリーンとサラとメリアを引き連れてアレクのもとに駆けつけるとスヤスヤと眠りについたアレクを見て安心したようだ。


アイリーンはサラとメリアに指示を出してアレクを担架に乗せ、そのまま休憩室へと運んでいった。


倒れたカインはそのまま放置。


こうしてアレクは剣術大会に優勝したのだが呪いの解除が出来ずに寝込んだままだったのでその後の表彰式には出られなかったのである。



♢♢♢♢♢♢♢



大会終了後、


アレクサンドル王は表彰式の後、心配になって部下たちを連れて救護室へ向かった。中に入るとアレクはベッドで寝ておりアイリーンとメリアそしてサラが看病してくれていた。


「陛下!」

「君は、アイリーン・サラトム嬢か。アレクを看護をしてくれたのだな。ありがとう」

「陛下にそのようなお言葉をいただいて光栄でございます」


アイリーンは立ち上がりアレクサンドル王に挨拶する。


「いや、アレクの相手いいなづけがそなたであってくれたことに心から良かったと思う。学園ではいつもアレクを守ってくれているそうだな。……本当に感謝する」


アレクは寝込んだまま起きてこない。

アイリーンは拳を握りしめて王に直訴する。


「あ、あの実は陛下にお伝えしたいことがございます」

「なにかな?」

「先程のアレク様の試合ですが、どうやらアレク様は弱体化の呪いを受けていたようです」

「なぜそう思ったのだ?」

「試合の途中からアレク様の様子がおかしいと感じましたので、私の側使いにも聞いたところ隣国に呪いの札があるということでした。それがアレク様を呪っていたのではないかと」

「うぅむ、さすがに証拠がなければ罰することはできまい。しかもアレクの方が勝ったのだ。負けた者に呪いかけたと疑いをかけるにもやはり証拠がなければ対処は難しいであろうな」

「そうですね」

「しかし、呪いの札に関してはこちらからも調べてみよう、何かあればまた教えてほしい。よろしく頼むぞ」

「はい、かしこまりました」


アレクサンドル王はそう言って帰ってしまった。

アイリーンとメリア、そしてサラの三人はアレクが目を覚ますまで待っていた。しかし、すぐにアレクの侍女サーシャが慌ててやってきて、一緒に連れてきた騎士と共にアレクの身柄を回収してくれたおかげで彼女たちはそのまま寮へ帰ることができた。


剣術大会終了後、カインは負けたことにショックを受けて部屋に閉じこもってしまったそうだ。


こんなもの!


カインは呪いの札を破り燃やしてしまう。

その後は不貞腐ふてくされて寝込んでしまった。


同情の余地無しである。


一方、アレクの方は翌朝に目覚めると呪いは解除されたようで、体の怠さが取れていつも通り元気に朝の鍛錬をするのであった。


「よし!今回は身体強化をやるぞ!」


昨日の出来に満足し、もう一度身体強化をかけてみる。


「あれ?」


昨日はあんなに強くなれたのに何故?とアレクは不思議に思った。


もう一度!


はあ、はあ、


もう一度!


アレクは何度も身体強化の魔法をかけるのだが2時間ほどやったあたりで諦めた。


アレクが身体強化だと思って使っていた魔法は単に呪いを解除しただけのように見えたが、実はもう一つカインに呪いの効果を跳ね返すという効果もあったのだ。


カインの疲弊はアレクの呪い返しによるものであった。


結局剣術大会の決勝戦はお互いに弱体化の魔法をかけあうだけという、なんとも残念な結果となったのである。


結局アレクは身体強化魔法の鍛錬も上手くいかず、思った成果が出なかったために仕方なく部屋へと戻り、朝食を済ませてからいつも通り学園に登校するのであった。


こうしてアレクは剣術大会の優勝者でありながらも、勝利を勝ち取った最後のカエル飛びが災いしてか、今度は『カエル王子』という不名誉な称号を得るのである。


そしてこの大会以降、アイリーンは呪いをかけた原因を探るため、ローズマリアの行動を見張ることになったのである。

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