第35話 侯爵家の内情

王城にあるアレクサンドル王の執務室には珍しい来客が来ていた。


「久しぶりだなクラウス」


アレクサンドル王はクラウス・カルバン侯爵に声をかける。


「いや、王都にいながら王城への足が遠くなっておりまして申し訳ございません」


「いや、そなたには騎士団全体を任せておるゆえ仕方なかろう。息子は息災か?」


「は、あいつは白金騎士団では団長の立場を預かっておりますが、いまのところ上手く団員たちを纏めてくれております」


「そうか、さすがはカルバン侯爵家だ。そういえばそなたの娘は息災か?最近社交界には顔を出していないようだが」


「いや、陛下のご存じの通り、娘はなにやらイスタル殿下を慕っておるようでして、王子の出席するお茶会ばかりに顔を出しておるようです」(汗)


「ん?そなたの娘はいくつだったろうか」


「16でございます。今年で学園を卒業します」


「そうか、あの娘がもうそんなに大きくなったか、しかしイスタルはもうすぐ10歳にはなるがそなたは年の差は気にならんのか?」


「は、はい、それよりも娘の意思の方が強いものですから、しかも今までまったくもって異性に関心を持っていなかった娘がなぜか急に心を入れ変えたようでして」(汗汗)


「そうか、しかしイスタルは第二王子であり王位継承権はアレクの次だ。アレクが王太子になるゆえにイスタルと婚約を結んだところで何を得られると言うのだ?」


「……おそらくはイスタル殿下を慕っておるだけなので結婚さえできれば特に問題なかろうかと思います。とにかく思い込んだら一途なところはありますので」


「そうだったな、確か火魔法の魔法師の中でも指折りの実力だと聞いている。私も火属性の魔法師だったからな。同じ属性の同士として鼻が高いぞ!」


「恐れ入ります」


「そなたらに二心がなければ、また第二王子との婚姻は本人の了承を得られるのならばこの婚姻は許可しよう。アレクを支える立場にいるのであればだがな。あとイスタルはまだ幼い。イスタルが学園に入る前になれば婚約発表することにしよう。それでも良いか?」


「はい、御心のままに」


「ではよろしく頼む」


「はっ!」


こうしてカルバン侯爵のイスタル第二王子婚約の話は進んだ。


ローズマリアの父、クラウス・カルバンは侯爵であり、騎士団の軍団長として騎士団全体をまとめる立場にある。


いまは現役の時ほどの実力はないが、若き日は王国一のソードマスターとして知られていた。


隣国との戦いにおいては多くの手柄を立てて先王より直々に表彰されたほどだ。


隣国との戦争が終わり平和な時期になってからは騎士団の軍団長として全兵力の底上げを目指し兵の養成に尽力している。


また歳を取ってからは政治の方にも侯爵家の当主として貴族全体のパワーバランスの調整に力を入れている。


しかし今回、娘であるローズマリアの恋の大暴走により父としての責任感ゆえか、他の貴族を押し退けた形で無理やり王族との婚姻を結んでしまった。


しかもローズマリアは16歳、対しイスタル第二王子は10歳になったばかりである。


王国一の美女と崇められていた若き令嬢はいまや少年好きの変態令嬢として貶められているそうだ。(ローズマリア本人は全く気にしていない)


侯爵としても汚名返上を得るにはイスタルが王太子となってもらうのが一番望ましいのだが、アレクサンドル王は侯爵家の狙いを見定めるように婚約の条件を突きつけた。


クラウス侯爵はとりあえず娘の為と我慢に我慢を重ねて今回の婚約の条件に応じたのである。


歳を重ねたせいか昔よりも慎重で柔軟な性格になり我慢強くなったのが良かったのだろうか。クラウスは侯爵は王からの圧力、そして他の貴族たちとの牽制という貴族としての重労働を娘の我儘のためになんとか成そうと頑張っている。


歳を取ってから生まれた娘だったからか娘に甘々なのである。


余程可愛かったのだろうローズマリアのためにはとクラウスは普段では考えられないような判断をするのであった。


そしてローズマリアに婚姻の条件を話したところかなり喜んでいた。


またイスタル第二王子も今回の婚姻に対して受け入れたということでローズマリアは感情を抑えずに喜んでいた。(その時のローズマリアは人様にはお見せできないほどの喜びようだったらしい)


さてここで侯爵家のもう一人の出番である。


クラウスの息子であるブライトは白金騎士団の団長を任されており、父ほどではないが剣の技は白金騎士団で最も優れており魔法師としても優秀な実力を有している。


ローズマリアと同じく美しく整った容姿、侯爵家という地位、そして騎士団団長としての確かな実力を有しているため数多の貴族令嬢から恋慕われているそうだ。


年は28歳、結婚適齢期を過ぎても未だに結婚しようとしないため父であるクラウス侯爵も早く結婚しなさいと急かしている。


ブライトは仕事人間のため普段は騎士団の兵舎で仕事をしており、あまり社交界には顔を出さずにいるせいかローズマリアの婚約の噂は何故か身内ではなく部下である団員からの情報として伝わってきたのである。


「なんだと!?ローズマリアがイスタル第二王子と婚約しただと?」


ブライトは驚いて立ち上がる。


ここは白金騎士団の兵舎、騎士団団長の執務室である。ブライトはいつもここで仕事をしているのだが、なぜか身内の情報を他人である部下から知らされ酷く困惑していた。


「ど、どうして」


兄には知らせてくれなかったのだ。


突然の妹の婚約に驚いていたブライトだが、実は重度のシスコンであった。


「わ、私の小さな女神が……」


ローズマリアはブライトにとって幼い頃から愛してやまない愛しい存在だ。


愛しい存在が故に遠くから見守りたい。


ブライトはローズマリアへの重たい想いを隠すために仕事に専念しているのであった。


そして未だに結婚しない理由でもあったのだ。


「ローズマリア……」


ブライトは机にあるローズマリアの少女の時の姿絵を見て悲しみに打ちひしがれる。


「こうしてはいられない」


ブライトは慌てて仕事を放り出し、実家である侯爵家の邸宅に帰るのであった。


「なぜだ!なぜなんだ!」


そして家に帰るなり真っ先に父の部屋へ向かう。


「父上!何故ローズマリアを婚約させたのですか!」


クラウス侯爵は深く溜息を吐き、ブライトを見つめる。


「お前は自分が未だに結婚せずにいるにもかかわらず妹が先に婚約するのが嫌だと、そんな事を言える立場だと思っているのか?」


ブライトは父の地雷を踏み込んだにもかかわらず、それを敢えて無視して果敢に踏み込んでいく。


「私のことは後で良いのです。今はローズマリアの婚姻の事を言っているのです!なぜですか!?」


「本人が強く望んだからに決まっておるだろう!そうでなかったらこちらから望むことなどあり得ん!」


「な、なぜ……」


「本人に聞けばよいだろうが!これ以上私の心配事を増やさないでくれ!」


クラウスがそう言うとブライトは深く落ち込んでとぼとぼと歩いて部屋を出る。


「はぁ、全く困ったものだ」


クラウスはこのような事態を事前に避ける為にあえてローズマリアの婚約の件はブライトには伝えなかったのである。


「頼むからお前も早く結婚してくれ……」


クラウスの心労は続く。


傷心のブライトはとぼとぼと歩きながらローズマリアの部屋にたどり着いた。


深く溜息を吐いてから力なく扉をノックする。


「どなた?」


可愛らしい声が聞こえた。


「天使かっ!」


「はい?どなたですの?」


「あ、ああ、ローズ!私だ!兄のブライトだ!」


「ああ!ブライトお兄様なのね!少々お待ちくださいませ」


久しぶりに聴くローズマリアの美しい声にじんわりと余韻に浸るブライトは扉が開くまでしばらく部屋の前で待っていた。


「お兄様♪お待たせいたしました」


ああ、愛しいローズマリア……。


ブライトは涙をながしながら感動に打ち震えている。


「お兄様?どうなさったの?」


「あ、ああ、久しぶりにお前と会ったからな、あまりにもの美しさに意識を失いそうになったよ」


「まあ!お兄様にそう言われると恥ずかしいですわ!」


「ははは……」(本当に気を失うかと思った)


「さあ、お入りになって」


「ああ」


ローズマリアの部屋は侯爵家ならではの豪華絢爛な部屋だ。シャンデリアにアンティークな家具、天蓋付きの大きなベット。そして部屋の壁には一面には巨大なイスタル第二王子の姿絵が飾ってある。


よく見ればあちこちにイスタル王子の姿が……。


ブライトは唾をゴクリと飲み込み、恐る恐る天蓋付きのベットに近づいてみると天蓋には小さなイスタルの姿絵がたくさん貼られてあり、よく見たらイスタルの顔の枕、イスタルの等身大の抱き枕が……。


ああ……。


もう、妹の心は私のもとには無いのだな。


ブライトは幼いころの兄を慕うローズマリアの姿を思い出しながら涙を浮かべた。


大きな溜息をつき肩を落とすブライトを見てローズマリアは不思議がった。


ローズマリアも自分の部屋の異常性に気づかないほどおかしくなっていることに問題があるのではあるが、落ち込んだブライトの腕を組みローズマリアは健気に気遣う。


「お兄様?どうなさったの?」


「ああ、ちょっと疲れが出たようだ。久しぶりにローズの顔が見れて良かったよ」


「そうですか。ああ、そういえばお兄様!私イスタル殿下と婚約しましたのよ!」


無邪気に喜ぶローズマリアだが、彼女の言葉によってブライトの心には大きな刃が突き刺さるほどの苦痛を受けた。


「あ、ああ、そう、か、それ、は良かった、はは、お、おめ、でとう」


「この方ですのよ♪ほら可愛らしいくて聡明なお方でしょう?」


ローズマリアは壁一面にあるどデカいイスタルの姿絵を自慢げにブライトに見せる。


も、もう、これ以上は言わないでくれ!


ブライトの心の叫びはローズマリアに届かない。


傷心に苦しむブライトに対してさらに追撃をするばかりか、とどめを刺すような甘い声で次々と叩き込むかのようなイスタルへの想いを語り出すローズマリア。


哀れ、ブライトは打ちひしがれたままローズマリアに別れを告げ、母にも会わずに家を出て兵舎へと戻るのであった。


その日、ブライトは久しく飲んでいなかったお酒を浴びるように飲み続けて一人泣き崩れるのであった。

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