第26話 忠誠心

サラ・トーランはボルトの娘であり、トーラン男爵家の三人兄妹の末娘である。


兄弟構成は上に二人の兄がおり、一番上の兄は騎士団に所属してはいるものの、まだ入りたてで見習い兵として毎日上司にしごかれている。


二番目の兄はサラと同じ学園におり、来年卒業する予定だ。サラと同じ騎士コースで彼も騎士団への入団はすでに決まっている。


騎士コースでは上位クラスの成績をおさめており、その実力は騎士コースの中で二番目に強いそうだ。(いつも勝てない相手がいるらしい)


サラの母は父と同じく傭兵出身で魔法師である。彼女は火を使う魔法に長けており、夫婦揃って戦場では恐れられていたらしい。今は宮廷魔法師として王城に勤めており、時々学園で魔法を教えているそうだ。


母はかなり厳しい(激しい)性格のようで、母が怒った時はさすがのボルトも唯一勝てない相手らしい。


それだからか、ボルト一家にとって母を怒らせない事が唯一の共通ルールとなっている。


そうした家族のもとにいたものだからか、サラは女の子でありながらもトーラン男爵家の後を継ぐわけでもないのに、幼少の頃より、ただただ純粋に強さに惹かれて、自分の意志で剣の鍛錬をしていた。


そんなサラはトーラン家の血筋だからか幼いながらも戦いのセンスがあり、鍛錬と積むごとに次第に強くなっていった。


十歳の頃には上の二人の兄と稽古をしたり、同年代の男子達と戦っても余裕で勝つほどの実力となっていた。


そしてサラが学園に入る一年ほど前のこと。


ある日、父であるボルトがアレク王子の事を話し始めた。


いわく王子でありながらも強くなることに貪欲で一生懸命に鍛錬し、過酷で厳しい鍛錬にも必死でついてきたこと。


魔法師としても優秀で魔獣の出る森に行っては騎士でも苦戦するような魔獣を剣と魔法で数多く討伐してきたこと。


話の後半からはどうでもよい事ばかり言っていたが、剣に対し厳しい父が誰かを誉めることは珍しかった。


それを聞いたサラはアレクに嫉妬した。


「地味な王子なんかより私の方が強いに決まっている!」


そしてサラは憤慨し、またまた鍛錬に励むのであった。


しかし入学してからすぐに現実を思い知らされる。


サラは体力テストでとうてい敵わなかったドルトン先生にアレクは渡り合えていたことに驚いてしまった。しかもアレクの実力を見て自分には敵わないと思ってしまったのである。


サラはアレクに対し、同じ歳でここまで強い人だとは思ってもいなかった。


サラも自惚れていたわけではない。


今まで父に憧れて少しでも父の強さに近づこうと必死に頑張ってきたのだ。女だからと言われようとも幼い頃から剣を握り、毎日毎日剣術の鍛錬に取り組み、そして強くなっていった。


しかし自分よりも強い者との出会いによってサラも自分の実力を客観視することが出来た。そして客観的評価を通してより謙虚にもなり、彼女にとってさらに強くなるための良い機会となったのである。


そしてこの精神的敗北がきっかけとなってサラはますます強くなるのであった。


サラには父から教えられた流儀がある。


「強き者は弱い者を守ることが大事だ!」


ボルトの教えとは、


「騎士たる者、主君に忠誠を誓い、主君と共に弱き民を護る事。そして神の僕として悪なるものとは勇気をもって戦うべし」


父は傭兵上がりであったが、アレクサンドル王の下に仕え、傭兵から騎士として成り上がった時に、周囲からさまざまな嫉妬をうけた。そこで旧知であるガスタル辺境伯からいろいろと助言をもらったらしい。


それが騎士の誓いである。


騎士として認められるためにボルトは自らに騎士の誓いを立て忠実に実践した。


そうしてボルトは騎士団の団長となり、トーラン男爵家の当主として活躍し続けているのである。


サラは拳を握りしめて自分も強くありたい。騎士として父のように強くありたいと決意するのであった。


そして入学してから一週間ほど経った頃、


たまたまサラは校舎の廊下を歩いていた時のこと、隣の校舎にいた男の子のいじめの現場に遭遇していたところを目撃する。


サラはいじめている連中を叩き伏せていじめられた子を助けた。


「あ、ありがとうございます」


いかにもいじめられそうな雰囲気のひ弱な子はメガネをつけて淡い薄緑色の髪をしていた。髪はボサボサでそのまま肩まで伸ばしており、名前はオレアリスという。


話を聞くと、先程のいじめっ子たちに外見をよくからかわれていたので無視していたのだが、そのうちいじめられるようになり現在にいたるらしい。


「僕も強くなりたいとは思うんですが……」


本人も頑張って体力作りに取り組んではみたものの、1キロ走ると倒れ、腕立て伏せは10回やれば腕が動かなくなるそうだ。


サラもどうフォローすれば良いかわからなかった。


「まあ、何かあったらまた相談になってやろう」サラはそう言ってフォローした。


「なんて心優しい方なのだろう」


オレアリスはサラの行いに感動した。

終始ありがとうございました!とお礼を言って去っていった。


その後教室に戻ると何やら騒いでいる連中がいる。どうやらさっき懲らしめた奴らだった。


「私に何か用か?」


サラがそう言うと、連中は調子づいて絡んできた。


「お前のせいで怪我したじゃねぇか!」

「責任取ってもらおうか!」

「慰謝料を払いな!」


どうやら上級生だったのか、サラを罵ってきた。しかし先程もいじめを犯している割には連中は随分と弱かったためサラは思わず苦笑した。


「何がおかしい!」

「俺たちを馬鹿にしているのか?」


いじめっ子たちはさらに勢いづきサラを脅してきた。クラスの生徒たちは「あいつらもう終わったな」、「可哀想に」と小声で話していた。


サラといじめっ子たちが教室の前で話をしているとアレクとアイリーンがやって来た。


「ここで何をなさっているのです?」


アイリーンは厳しい表情でいじめっ子たちを見る。


いじめっ子たちはアイリーンの可愛らしさに見惚れてアレクとサラを無視してアイリーンに話しかける。


「ねえねえ君可愛いね!名前は?」

「俺たちと付き合おうよ」

「彼氏いるの?」


そんなゲスな奴らをアイリーンが恐ろしくも冷たい表情で見下すように言い放つ。


「私はガスタル辺境伯の娘、アイリーンと申します。そして隣にいますアレク王太子の婚約者でもありますわ。あなた達が何者か存じませんが、これ以上の不敬を働くというのであれば、二度とこの学園にいられないようになりますよ?」


アイリーンがそう言うといじめっ子たちは震え上がり、「すみませんでした!」「もう二度とここへは来ません!」「あいつがあの王子かよ」などと言って逃げるように去っていった。


アイリーンのもう一つの顔を見たアレクはアイリーンを怒らせないように気をつけようと心に刻むのであった。


そしてサラの方はというとアイリーンの勇ましく気丈な姿を見て、強さとは単なる力だけではなく、力なき女性であっても色々な強さがありその立場によって相応しい強さを振る舞えるようになることも必要なのだと悟った。(アイリーンの場合は単なる権力の乱用ではあるが……)


さすがは父を導いてくれたガスタル辺境伯の孫である。


サラは誓う。


「私は学園を卒業したら騎士団に入り、アレク様とアイリーン様のもとに仕えよう。そして生涯この身を捧げていこう!」


サラは意気揚々として授業を受けるのであった。


次の日。


学園に朝がやって来た。

今日の天気は快晴。

眩しいほどの朝日が部屋に差し込んでくる。


時刻は5時5分前。


「よしっ!今日も一日頑張るぞ!」


サラ・トーランはシャキッと起きてすぐに身支度をはじめる。


今日もアレクとの朝の鍛錬である。


「アレク様!おはようございます!」


「ああ、サラおはよう」


「今日も朝の鍛錬を一緒にさせていただき本当にありがとうございます!」


「あ、ああ、それじゃはじめよっか」


「はいっ!」


(サラの奴、今日はやけに元気だな)


アレクはあくびをしながら不思議がった。


(よし!頑張って一日でも早くお二人に近づくんだ!)


今日のサラは燃えていた。


「一日も早く強くなって、(騎士として)生涯(お二人に)この身を捧げてまいります!」


サラはアレクに熱く決意発表をする。


しかし、サラが紛らわしい言い方をしたものだからここでアレクは勘違いをする。


(生涯、この身を、捧げるだってぇぇぇ!?)


アレクは動揺した。


(サラの奴、俺の事が好きになったのか?俺がサラより強いものだから憧れちゃったのかな?ふふ、俺にもモテ期到来?一時は諦めた異世界ハーレムもひょっとしていけるんじゃない?あ、でもアイリーンは一夫多妻は許してくれんのかなぁ、もし浮気ダメだったらちょっと考えないといけないし、あ、でも俺王子だし、側妃も必要なんじゃあ、ということは何人までOKなんだろ。ちょっとアイリーンに聞いてみようかな、でも聞いてアイリーンに嫌われたらどうしよう……)


簡単に妄想の世界に入ってしまったアレクを見てサラは反応に困った。


(???、アレク様、どうかされたのか?何か深い考え事をされているようだが……)


モテない男子は女子との距離がちょっと近くなっただけですぐに勘違いしてしまう。


アレクは大いに勘違いした。


今日の天気は快晴。

眩しいほどの朝日が二人を照らしていた。


(私もアイリーン様のように立派な女性になるぞ!)


サラが強さにおいて憧れたのはアレクではなくアイリーンの方だった。

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