第25話 体力テスト

講堂で行われた魔力判定テストの日のこと。


アレクの魔法によって放たれた竜巻によって講堂はことごとく破壊され、さらに生徒たちは服を剥かれて全裸になるという(珍)事件はたちまち全校生徒・全教員に知られるようになった。


そして次の日。


周囲の生徒たちからはアレクはもうヤバい奴認定されており、昨日よりも全生徒との物理的距離が遠くなっていた。


アイリーンだけは相変わらず上機嫌で話しかけてくれていたのはアレクにとって唯一の救いであったろう。ただメリアとの距離だけは先日よりも少し離れているように感じたが……。


(やっぱり別の魔法にしておけば良かった)


心の内で嘆くアレクではあったが、あの時に手に込め続けた魔力の量を考えたならば、どの属性の魔法を出しても大惨事になっていたであろう。


今更ではあるが……。


健気にも励ましてくれるアイリーンの声も届かず、アレクはひとりしょぼくれた。


教室に着くとさらにアレクを警戒する生徒たちを目の当たりにする。ヒソヒソと話しをする生徒たちを見ては益々落ち込むアレクであった。


フラン先生が教室に入り、ようやく午前の授業が始まる。


今日の授業は学園生としての心構えと将来の夢であった。


先日の建国の話の続きで、学園の創立者であり、建国の父であるアルテマの意志を受けて、自分達が目標とすべきものは何か。それぞれが自分の夢や目標を語った。


アイリーンは王妃として夫を支えて国をさらに豊かにしていきたいと熱く語ったためにアレクは周囲の男子生徒から強烈な嫉妬の念波を受ける。


アレクはというと次なる王としてこの国を支えさらに発展させたいと無難なあたりのことを話すと、アイリーンは一緒に頑張りましょうねと微笑みながらアレクを励ましてくれた。


その結果、ますます周囲の嫉妬の念は強くなったが、アイリーンの一言で浮かれたアレクはまったく動じずに幸せそうな顔をしていた。


午前の授業が終わると昼食の時間だ。


アイリーンは寮でやることができたと言っていたので、アレクは寮に戻り自室で食事を摂った。


午後13時。


フラン先生が教室にやってくると今度は修練場への移動してくださいと言って来た。


どうやら今度は体力テストである。


フラン先生の指示通り、各々、動きやすい服装に着替えてから修練場に集まった。


同級生たちもさすがに今度は全裸になることはあるまいと警戒心は解いてはいるものの、ほとんどの生徒たちが何をしでかすかわからないアレクに対してはどう接すればよいかわからないという理由によりアレクに話しかけるような者は誰一人いなかったのである。


そんな空気を感じながらアレクはアイリーンがいるからいいやと諦観することにした。


しばらくすると鍛錬の担当教師がやってきた。三十代半ばだろうか、ムキムキマッチョでナイスガイなおっさんだ。優男の多いこの異世界では珍しいほどにストイックな雰囲気とタンクトップと軍服が似合いそうな容姿をしている。


「私の名はドルトンという。皆、今から体力テストを行う。まずは走り込みだ」


そう言って自分について来いと走り出す教官。まるで軍人のようなその厳つい後ろ姿を見てアレクは師匠であるボルトを思い出すのであった。


「ああいう人たちってこうも似ているのか」


一人ほくそ笑むアレクは皆と一緒に走り出す。アイリーンたち女子グループは少し後ろの方にいた。


学園全体の敷地面積は広く王城の五倍ほどはある。王城が約2キロ平方メートルだとすれば学園は約10キロ平方メートルぐらいはある。ということは学園の外周を1周走るだけでも敷地が正方形ではなくともだいたい約40キロメートル走ることになる。


つまりドルトンは今から学園の外周にあたる塀を一周するのであるが、生徒たちはいきなり40キロ走らされることになるのだ。


当然のことながら脱落者は出てくる。その場合はすぐに上級生たちが現れて、何キロ走れたかを教えてくれる。そしてドルトンについていけない場合は修練場に戻らされる。


そうして、ドルトンが1周を走り終える時、後ろには余裕の顔をしてついてくるアレクがいた。そしてアレクのすぐ後ろには同じく余裕の顔をしてついてくる女の子が一人、そしてアイリーンたちは1キロ程後ろから遅れてついてきていた。


ドルトン先生が一周を終え、修練場に戻るとほとんどの生徒たちがすでに修練場で待機していた。


その後は前世学校でやった体力テストと似たようなことをやった。跳躍や垂直跳び、腕立て伏せや腹筋運動など、一通りやった後にドルトン先生が次の課題を言ってきた。


「次は槍投げだ!」


今度は男女別にわかれて槍投げを行った。


女子たちは男子より軽い槍を投げて距離を測る。


まずはドルトン先生が見本を見せてくれた。


「うおおりゃあああああ!!」


元気よく大きな声を出して長い槍を投げた。


投げられた槍は遠く約200メートル先の地面に突き刺さる。


満足そうなドルトン先生は満遍の笑みを浮かべて皆にやってみろと言ってきた。


それぞれが「こんなの出来ないよ」と愚痴を零しながら一生懸命に槍を投げる。


一人三回ずつ、一番遠く投げた距離を記録されるようだ。


男子たちの記録は結構分かれて、最低記録は5メートル、最高記録は体力のある生徒が唯一80メートルという記録を出してみんな大騒ぎしていた。


アレクの番がきた。


皆、今度はどうなんだ?といった顔でアレクに注目する。


アレクが槍を投げると59メートル先に槍が突き刺さる。

三回投げたが、最高は60メートル程であった。


「ま、こんなものか」


アレクには大してショックではないようで、「風の魔法を使えばもっと遠くに投げられるしな」などと、さも当たり前のように言っていた。


他の男子生徒たちはアレクの好成績を見て体力は普通なんだなとホッとしているようだ。


ちなみにメリアは20メートル

アイリーンは18メートルほどであった。


次は剣術だ。

体力テストはこれで最後となる。


こんどは希望者のみ参加して判定を行うことになった。

アレクは当然参加したが、アイリーンとメリアは剣術の嗜みはあると言うのに何故か参加せずに少し離れたところで見学している。


剣術となると貴族か騎士団への入団希望者がほとんどで男子生徒が約八割ほど参加していた。


女子は数人でその中に先程走り込みの時に唯一アレクの後ろについてきた女の子も剣術テストに参加している。


女の子はやや褐色の肌で髪は赤色。すこし筋肉質ではあるがムキムキではなくスレンダーな体型の女の子だ。キリリとした少し吊り上がった大きな目が特徴的というか綺麗で、とてもよく整った顔立ちをしている。


どちらかというと中性的な雰囲気を醸し出しており、可愛いというより少し大人びており落ち着いた雰囲気だ。


アイリーンとメリアほどではないが彼女も結構美人さんである。


ドルトン先生の掛け声で参加者が全員揃った。


判定基準はドルトン先生と各自参加者の生徒たちが、それぞれ先生と一対一で戦い、生徒たちの力量を試験監督であるドルトン先生が判定するというものであった。


見学者の中には女の子がいるため、男子生徒は皆良いところを見せようと果敢にドルトン先生に立ち向かうが、全く通用せず皆軽くあしらわれてしまう。


「次!サラ・トーラン!」


「はい!」


さっきの女の子が前に出てきた。


サラは木剣を構えて先生に打ち込む。さっきまでの男子生徒たちが全然敵わないほどの洗礼された素速い動きで何度もドルトンに攻撃をしかけていた。ドルトンも剣を受けながら何回かは反撃するのだが、それらを避けたり剣で受け止めたりと、そしてまた打ち合うといった高度なやり取りが続く。


皆が「おぉ!」と驚きながらサラとドルトン先生の戦いを見学していた。


少しずつではあるが、ドルトン先生の攻撃が増え、いつの間にか反撃できずに剣を受けるだけになったサラは焦ってしまう。そして根負けしたのか、無理な攻撃を仕掛けたところを打ち返されて負けてしまった。


「それまで!」


サラは苦しそうに息を弾ませながら深呼吸をして息を整える。ドルトン先生は嬉しそうにサラの剣術を誉めた。


「さすがボルトさんの娘だな!素晴らしい剣術だった!」


「へっ!?」


ドルトン先生のいきなりの爆弾発言にアレクは驚いた。


嘘だろぉぉぉ!


なんであんなゴツいおっさんからこんな綺麗な女の子が生まれるんだ?というか師匠は何も言ってなかったぞ!?


あまりにも驚きすぎて変な顔になったアレク。

サラはそんなアレクを見てくすりと笑った。


「次!アレク王子!」


いよいよアレクの番である。さすがに師匠の娘の前で無様な所は見せられない。


(後でチクられるかもしれないしな)


アレクはサラから木剣を譲り受けドルトン先生に向かった。


「さあ来い!」


何戦も戦っていたはずなのに一切疲れていないドルトン先生を前に生徒たちは皆「化け物か」と呟いている。


「ではよろしくお願いします」


アレクは木剣を構えてすぐにドルトン先生に打ち込む。


アレクの動きの速さはサラと同じぐらいであったが、サラと比べてアレクには圧倒的に力があり、サラとは違う剣の重さにドルトンも驚いていた。


「まだまだいきますよ」


アレクはそう言ってサラと同じように剣撃を繰り返す。動きはサラと似ているのに剣の重さが乗っているため、ドルトン先生は受けるだけでもしんどいといわんばかりに顔を顰めていた。


アレクも動いているうちに少しずつ体が温まったのか、ますます調子にのったようでアレクの攻撃は更に勢いを増す。ようやくドルトン先生も思うように手抜きが出来ず、少しずつ本気になってアレクと打ち合うようになった。


もはや次元が違う。


見学する生徒たちは言葉も発せずにただ打ち合う二人を見るだけだ。


さすがに十数人との戦いでようやく疲れてきたのかドルトン先生の動きが鈍くなってきた。


「チャンス!」


ドルトン先生に隙が出来た時、すかさずアレクは剣を向ける。


その瞬間、ドルトン先生がニヤリと微笑んだ。


どすっ!


気がつけばアレクの腹部に鈍痛が走り、先生の剣がアレクの胴を斬っていた。


アレクは吹き飛ばされ、思わず吐きそうになる。アレクは腹部からこみ上げてくるものを飲み込み我慢して痛みに耐えた。


「いや!さすがはアレク王子!正直ヒヤリとしましたぞ!」


(よく言うわ!)


アレクは心の中で反論しながら涙目で口を押さえていた。


「サラもアレク王子もやはりボルト師匠の弟子だな!動きも似ていたぞ!」


「えっっ!?」


「ドルトン先生も父の弟子なのですか?」


「ああ!私はもともと騎士団にいたのでな。上司であるボルト殿に剣を教わったのだ!」


ああ、だからノリが同じなのね。


走り込みの時からドルトン先生の言動がやけに師匠と重なったわけだ。


やっと全てがわかったアレクであった。


剣術試験が終わるとアイリーンが興奮してアレクに話しかけてきた。


「アレク様!本当に素晴らしい剣術でした!」


アイリーンに褒められてアレクもまんざらでもない感じでまたまただらしない顔をしていた。


すると今度はサラがアレクに話しかけてきた。


「アレク王子、はじめまして私はボルト・トーラン男爵の娘、サラ・トーランと申します。先程の戦い、とても素晴らしかったです。今後ともぜひ手合わせしていただければと思います」


そういってサラはにこやかにアレクに挨拶してきた。


(ボルトって男爵だったの?今はじめて知ったわ!あのおっさん何年も俺をしごいてきたくせに肝心の事は何にも教えてくれなかったんじゃん!)


などと考えていた。


「あ、ああ、サラさん「サラとお呼びください」ああ、サラ、これから共に学ぶ者として、私の方こそ、今後ともよろしく頼む」


アレクは内心はどうであれ、表面的は必死に取り繕いながら互いに握手した。


隣には何やら黒いオーラを放つアイリーンが静かに微笑んでおり、何か観察するような目で握手する二人を見つめていた。その後ろではメリアが困った顔をしてその場を見守っていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る