第23話 それぞれの思惑

入学式とオリエンテーション終了後、アレクは寮に帰り部屋に戻っていた。


「お帰りなさいませ」


アレクはいつの間にか部屋にいたサーシャを見て驚いた。


「あれっ!?サーシャなんでここにいるの?」


「何故って、アレク様のお世話をするために決まっているではありませんか」


「いや、ここ男子寮だよ?女性のサーシャがいたら問題なんじゃないの?」


「すでに陛下を通して学園長の許可はいただいております。寮長にも話は伝わっておりますし、特に問題はございません。もし私に手を出す殿方がいましたら、ちゃんと責任取っていただき、私と結婚していただくだけですから大丈夫です。行き遅れと言われている私としても助かりますね」


「あ、ああ、そうなの?」


「それではお風呂の準備をいたしますので、しばらくお待ちください」


そう言ってサーシャは仕事を続けた。


(あれ?これって、変な噂が立つんじゃないの?)


アレクの思った通り、男子寮にてサーシャを見た男子生徒たちは王子が寮で気に入った女性を囲っているのではないかと噂するのであった。


サーシャがアレクのもとで働くことは、既に国王からアイリーンに直接伝わっており、何も心配することは起きないと知らされている。


しかもサーシャは既にアイリーンに呼び出されており、面会をした上でちゃんと了承も得ていた。


アイリーンいわく、「信用おける女性が側にいるのであればアレク様がハニートラップなどに引っかかる心配もなくなりますわね」とのこと。


わずか12歳の少女が貴族としての威厳ある佇まいを持ち、薄らと笑みを浮かべながらのこの発言はさすがのサーシャも「この娘恐いわ」などと心の底から恐怖するものがあった。


「アレク様と間違いなど起きるはずがありませんものね?」


「は!はいぃ!」


(やっぱりこの娘、恐いわ!)


サーシャは絶対に間違いが起きないように、いやトラブルメーカーであるアレクが間違いを起こさせないようにと決意するのである。


今回はお給金が上がることを条件に行き遅れのメイドは仕方なく奉公することにしたのだが、一応サーシャにとってもメリットが無いわけでもない。


彼女サーシャは彼女で密かに学園で働く将来有望な独身男性を射止めようかと考えており、多少の下心はあるにはあったのである。


(さっさと結婚してこのダメ王子の世話から解放されたいわ)


一生トラブル王子とメンヘラ令嬢の世話など考えたくもない。


お金も大事だが、そろそろ自分の幸せも考えたい年頃のサーシャであった。



一方、そのメンヘラ令嬢アイリーンはというと、彼女はメリアと共に女子寮にある貴族用の個室部屋にいた。


「メリア、第二王子派の動きはどうでしたの?」


「はい、今のところ目立った行動はないようですが、入学式の時のようにいきなり行動に移してくるかもしれませんので注意は必要です」


「私も驚きましたわ。まさかいきなり入学式のプログラムを変えてくるとはおもいませんでしたもの。でも収穫もありましたわ。そのプログラムを変えられる立場にあるという者が第二王子派だということがわかりましたもの」


そういうとアイリーンはにんまりと笑う。


「そうですね。今までも王家と共にアレク様の暗殺計画を未然に潰してはいましたが、まだまだ終わりそうにありません。奴らにとっては学園に入ってから好機ありと考えていると思います」


メリアがそう言うとアイリーンも頷く。


「まあ、アレク様の側にはあのメイドがいるので毒殺などの心配はありませんが、剣術や魔法の授業で狙ってくるかもしれませんしね。私たちが見張っておけば問題は起きないと思いますけど」


「すでに影の者たちには通達しております」


「そう……。ありがとう。私たちもしっかりしませんとね」


「はい」


アイリーンは扇子を口に当てて静かに考えるのであった。



その頃、学園長の執務室では学園長が担当の教師達を呼び出しており、こっぴどく説教をしていた。


「まったく!どうして急にプログラムが変わったのかしら!誰の指示ですか!?」


「いや、私たちはヘンリー教頭からの指示でしたから突然の事で変だとは思いましたが……」


「ヘンリー教頭!何故プログラムを急に変更したのですか?」


メサーラは怒りながらヘンリー教頭に問いただす。


ヘンリー教頭はヘラヘラしながら答えた。


「いやあ、メサーラ学園長なら聞かなくてもお分かりいただけるのではありませんか?なんせ人の心が読めるのでしょうからな。いやなに、久しぶりの王族の入学でしたから、入学式直前に思い出して急遽プログラムを変更させただけですよ。いやアレク王子もいままで王族ではないのではないかという噂もあったのでちょっと判断が遅くなっただけのことです。いやあ、申し訳ありません」


全然反省しているように見えない教頭は厚顔にも上司であるメサーラにそのように答えた。


メサーラも気に入らないとばかりに綺麗な顔をしかめながら腕を組みヘンリー教頭を睨みつけている。


「今回は無事、何事もなく終わりましたが、王族にあのような対応は不敬であり、下手をすればあなたはクビになっていたかもしれないのですよ?何故あなたはそんなに平気なのかしら?」


「いや、不敬であろうとも王族への対応として間違ったことをしたとは思っておりません。慌てて修正しただけのことです。本来なら王族が入学した際は代表で挨拶していただくのが筋でありますので間違ったことはしておりません」


「……まあ、良いでしょう。国王陛下にはそのように伝えておきます。何かあればまたあなたを呼びますからね」


「はい、承知しました」


「はぁ……、下がって良いわ」


「失礼します」


そういって教頭や教師たちは執務室から去って行った。


メサーラは困惑する。


「なぜヘンリーの思惑が読めないのかしら」


他人の思惑を読める超能力を有しているメサーラはなぜかヘンリー教頭の思惑が読めなかったことに困惑していた。


「なにか大きな問題が起きそうね」


メサーラは不安になり、同時に嫌な予感がした。



学園長の執務室を退室したヘンリー教頭と他の教師たちは会議室にいた。


「ヘンリー教頭、何事もなく終わり良かったですな」


ヘンリーの側にいた教師の1人が安心した顔で言ってきた。


「なにが良かっただ!あの凡愚め!恥をかかせてやろうとおもってわざわざ代表挨拶をさせたのに!」


「まさかあんなにスラスラと話すとは思いませんでしたね」


「えぇい!私に恥をかかせおって!」


完全な逆恨みである。


しかし収穫もあった。


「メサーラ学園長は教頭の御心が読めずに困惑しておりましたな」


「ああ、これのおかげであの忌々しい女狐に心を読まれない事がわかっただけでも良いかもしれないな。この魔道具のおかげで無事にシラを切れた」


ヘンリーはおもむろにジャケットの内ポケットから薄っぺらいカードを取り出す。そのカードにはなにやら小さな魔法陣が刻印されていた。


「これがあればアレク王子暗殺も可能になるな、いやこれもクレメンス殿のおかげですな」


ヘンリー教頭の側には20代後半の見目麗しい金髪碧眼の男性がいた。


「その魔道具がヘンリー教頭のお役に立てて何よりです」


「いやいや!本当にこの魔道具は素晴らしいですな!これからもよろしくお願いしますぞ!」


ヘンリー教頭はそう言って機嫌を取り戻すと高らかに笑うのであった。


そう、誰もがクレメンスの思惑には気づかずに……。



アレクは夕食を食べ終えてベッドに寝転がりながら休憩していた。


既にサーシャの姿はなく久しぶりに1人だけの時間だ。


明日から本格的に授業がはじまる。


「楽しみだな」


これから毎日アイリーンに会える。


アレクはアイリーンの姿絵を見ながらにやけ出した。


「えへへ♪今日は気絶しなかったし、ちゃんと話もできたぞ!」


第一ノルマを達成したアレクは自分で自分を褒めてあげた。アイリーンの様な美少女とちゃんと会話ができたのである。普通の人たちからすれば大したことではないのだが、アレクにとっては大いなる前進である。


そもそも恋愛経験皆無なだけに最初から目標設定が低い。ハードルを下げている分、小さな成功で喜べるアレクは幸せ者だった。


明日が楽しみだ。


アレクはいつの間にか寝ていた。


歯も磨かずに……。

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