第21話 モブ王子入学する①
王都中央にある王城より南に下って約30Kmほど先に王立の学園がある。
ここには王国中から集まった学生達が主に12歳から16歳までのあいだ寮生活をしながら学園で学んでいる。
学ぶ内容は身分によって異なるが、共通科目としては主に言語学、算術、宗教や歴史などである。
貴族などは階級によって異なるが政治学や軍事など様々な分野を選択性で学んでいる。
裕福な商人は算術や地理、天文学、交渉術などを中心に学んでいる。
街の衛士や騎士団への希望者は剣術や体術、守衛のための知識や役割、実施訓練、そして怪我人や負傷者の対応として医療などを学ぶ。
魔法師を目指す者たちは選択性で学ぶことになっている。主に各人の魔力属性を計測し、それぞれ自分たちの属性に合った魔法を学ぶ事になる。適性の魔法属性が分かれば、適性に合った魔法師のもとで弟子として魔法を教えてもらうことになる。
基本的には身分によって授業が分かれるのだが、共通科目などは貴族と平民が一緒に授業を受けることもある。
現在学園に通う学生の人数は約1680名ほど。
アレクも今日から晴れて学生となる。
地球でいえば4月の春に近い季節に学園の入学式がある。この世界に桜はないが、白いコスモスの様な形の花が咲く木があり、並木になって街路樹として石畳みの道の両側にまるで桜並木のように美しく花を咲かせている。
アレクは王族の紋章を象った馬車に乗り、ぼーっと景色を見ながら学園に向かっていた。
(まだ学園につかないのかな。この馬車結構揺れが激しくて気持ち悪いんだが…あと尻も痛いし、王族の馬車でこれなんだから他の馬車なんかもっとひどいんだろうなあ)
などと、割とどうでもいい事を考えていた。
出発時は結構元気だったのだが、30分もしない内に気分が悪くなり現在に至る。
アレクの正面にはアレクサンドル王が座っており、彼も目を閉じて静かに座っている。ひょっとしたらアレクと同じ乗り物に弱いのかもしれないとアレクは勝手に解釈していた。
「アレクよ、もうすぐ学園だ。着いたら最初に学園長に挨拶しに行くぞ」
「えっ?すぐにですか?」
「我々は王族だ。他の学生たちとは立場が違う。あと学園長は身内でな。挨拶にいかなくては後でうるさいからな」
王はそう言って少し面倒臭そうな表情をしていた。
「そうなんですか」
「お前はすぐにでもアイリーン嬢に逢いたいのだろうが、我慢して王家の者として順序を守らなくてはならないことを忘れるな。感情ばかりを優先するといつか誰かに足をすくわれると思いなさい」
「はい、わかりました父上」
「其方は女性関係で問題を起こさないようにさえ気をつけておけばよい。特に甘い言葉で誘う貴族達には気をつけなさい。何があっても言われるがままに後について行ってはいけない……」
と、アレクは狭い馬車の中で王からの(小学校の頃に聞いたことのあるような)説教を長々と聞いているうちに、(うんざりしてきた頃に)とうとうアレク達を乗せた馬車が学園に到着した。
アレクを乗せた馬車は門を越えて幾つかの建物を通りすぎて一番奥にある大きな屋敷に着いた。
「着いたぞ」
アレクサンドル王はそう言うと颯爽と馬車を降りて屋敷に向かって歩いていった。
アレクも慌てて王の後について行く。
豪勢な建物である屋敷は昔のヨーロッパの建築物、特にパリにあるような豪勢な宮殿(アレクの認識ではそう見える)に似た建物であり、内装も豪華。アレクが前世で見たことのある美術の教科書に載っていたどこかの美術館に似ていた。
そして絵画もルーブル美術館にあるような色んな絵が飾ってある通路を歩き、二人は最上階(五階建て)の奥の部屋に着いた。
アレクサンドル王が扉をノックすると、
「入っていいわよ」
王は何も応えずに勝手に部屋に入って行った。アレクもその後をついて行く。
「あら、国王様。久しぶりね♡」
「お久しぶりです。学園長」
「嫌ねえ。学園長だなんて、他人行儀で姉さんは悲しいわ。あら、背後にいるのは甥っ子かしら?」
「姉上、一応ここは学園長として威厳を示していただけないか。いくら身内といってもこれからこの学園の生徒になる息子にも示しがつかないのだが……」
「あら寂しいことを言うじゃないの。せっかく久しぶりに会えたのに……、貴方が当校に入るアレク王子ね♡私はあなたの叔母であり、この学園の長のメサーラよ。当校へようこそ!」
学園長はハイテンションでアレクに挨拶した。
「あ、アレクです。これからよろしくお願いします」
メサーラはアレクの顔をじーっと見つめた。
メサーラは父とはあまり似ておらず、美人で綺麗な顔立ちではあるがちょっとキツい感じのつり目で鼻筋がとおっており口は小さい。赤みを帯びた艶やかな長い髪はとても綺麗で腰まで伸びている。
メサーラの衣装は魔法使いというか魔女っぽい服装に似た黒いローブのようなドレスを着ていた。しかしゲームの魔法使いのようにヒノキの杖みたいのは持っていなかった。
首には大きな宝石のついた首飾りをつけており、両手には大きな宝石のついた指輪を左右のそれぞれ人差し指と中指、薬指につけていた。
メサーラはアレクを見てニンマリと笑うとくるりと振り返り学園長の机に向かった。机の上には大きな水晶玉があり、大切に持ち運びアレクの元に持ってきた。
「さあ、アレク。この水晶玉を見てみなさい」
「えっ?は、はい」
アレクはいきなり言われたので驚きながらも、メサーラの言われる通りに水晶玉を覗き見た。
突然、水晶玉の中心が光り輝く。
「うわっ!」
アレクは驚いて尻餅をついてしまう。
それを見たメサーラはケラケラと笑いながら机に水晶玉を戻してしまった。
「この水晶玉はね。見た者の潜在能力を示すのよ。光が強いほどその者の能力が高いってことね」
「えっ?それじゃ俺、いや私はどうなのですか?」
「そうねえ、このぐらいの光はまあ、まだまだこれからって事ね。ただ……白い光だったわね。これはあなたに聖なる使命があることを示しているようね」
「聖なる使命?」
「そうねえ」
「どんな使命なんですか?」
「さあねえ、それはこれから起きてみないとわからないわ」
(それじゃあ、何がなんだかよくわかんないじゃん)
アレクは心の中で愚痴る。
「姉上、アレクの素質はどのようなものなのです?」
「んーー、そうねえ……、平凡だったものが非凡に変わるといったものね。素質は平凡だったはずなのに、なにかをきっかけに非凡なる者になるような暗示だったわ」
(わかんねーってば)
アレクはまた心の中で愚痴る。
メサーラは相手の目を見てその素質を見抜く能力を持つ。これは魔法とは異なり、超能力的なものであった。生まれた時から先天性の能力を持ったメサーラは読心術や予知能力などといった超能力に目覚めていた。
だからこそ歴史ある王立の学園の長を任されているのであり、メサーラの能力によって生徒達の能力がフル活用できるようになっていた。メサーラはそうした学園のサポートする仕事を任されているのであった。
ただメサーラは相手の心が読めるため結婚は上手くいかず独身を貫いていた。
相手の下心がわかる分、政略結婚も恋愛も上手くはいかなかったし本人もそんなに簡単に割り切って結婚する気もなかったようだ。
「アレク、良かったな」
父であるアレクサンドル王はアレクの頭を撫でてくれた。ただアレクはよくわかっていない顔をして戸惑っていた。
「さあ、あと3時間後には入学式が始まるわ。寮に行って準備をしてきたら?」
「ああ、姉上、ありがとう。これから息子をよろしく頼む」
「あら、陛下もこれから頻繁に来るのでしょう?来ないとあなたの息子にあなたの昔話をしちゃうかもしれないわね」
「い、いや、わかった。これからも頻繁に来させてもらおう。だから姉上!それだけはやめてくれ!」
「うふふ♡冗談よ!相変わらず反応が可愛いわね♡」
「はぁ、その口調、息子の前ではやめてほしいのだがな」
「あら、そんなに昔の話をしてほしいのかしら?」
「いや!そうではない!わかった!もう何も言わん!それでは息子を任せた!私はもう帰る!」
「いやねえ、入学式も出るのでしょう?久しぶりだから少し意地悪しただけじゃないの」
「はあ……、アレクよ、もう行こう」
そう言ってアレクサンドル王は逃げるように学園長の執務室を出た。
「だからあまり此処に来たくはないのだ」
アレクサンドル王は小さな声で呟く。
実はアレクサンドル王には3人の姉がいる。一番上の姉は他国の王族に嫁いでいったのだが、二番目の姉はメサーラであり、三番目の姉は好きだった者と結婚しており、とある貴族に嫁いでいる。
アレクサンドルは末っ子であったため姉3人には頭が上がらず、いつも女性に対して苦手意識を持っていた。しかし姉とは違い包容力のある女性らしい優しさを持った妻マグダに出逢い無事結婚できたのは幸いであったろう。
ただ大きくなっても姉との関係は変わらず、王としての威厳を保ちたいアレクサンドルにとって姉たちは厄介な存在であった。
さて、学園長のもとを去って数刻後、父アレクサンドル王は別の先生の所へ挨拶に行くと言ってさっさと別れてしまった。
1人残されたアレクは付き添いの先生に案内されて学園の寮にたどり着いた。
寮に入ると先に寮長がやってきて挨拶をしてきた。そして寮長の指示のもと、上級生である他の生徒が案内してくれる。
寮とはいっても王族であるアレクは他の学生と一緒に住むことはない。アレクは上級生の後について行き王族専用の部屋に案内された。
部屋に入ると1人部屋とは思えないほどの広い個室が用意されていた。すでに使用人たちが家具や教科書、着替えなど用意しており、アレクは学生服に着替えて入学式が始まるまで部屋で1人待っていた。
「はあー、疲れたな」
おもむろにベットに寝転がるとアレクはため息と共に呟いた。
「アイリーンに早く逢いたいなあ」
ここひと月ほど、文通でのお付き合いを始めた二人。
アレクにとってはリアル交際であり、とても浮かれていた。
しかし、文通をしたことのないアレクは文才もなく、何を書けば良いかまったく思い浮かばないため、最初は紙面を埋めるのに苦労していた。
サーシャに相談すると「ご自分で考えるしかないのでは?」と冷たく引き離されたので、仕方なく部屋にある本棚からそれらしい詩集を出して書き写すところから始めた。
しかしネタも尽き、結局日記のようにその日ある事を書いたら意外に反応が良く、それ以来交換日記のような手紙のやり取りをするようになったわけだ。
ひと月なのにだいたい週3日ほど手紙のやり取りをしており手紙を配達する人はさぞかし大変だったであろう。
しかも王子であるアレクの印章を押した手紙や辺境伯の印章の手紙である。
中身が大したことないのに頻繁に王都から辺境領地へ手紙を届けるのは大変苦労したに違いない。
入学式が始まる前にアレクは寮の上級生に呼ばれてこれから通う教室へと案内された。入学式は講堂で行われるが、事前に教室で待機して全員揃ったら講堂へ移動するとの事。
アレクは教室に入るやいなや真剣にアイリーンを探す。
教室は階段状に席があり、ふと一番上の席に美少女が二人見えた。
アイリーンである。
そしてもう一人は以前森で助けた美少女に似ていた。
アレクはすぐにアイリーンのもとへと移動した。
アイリーンの制服姿は異世界ラノベの学園モノに出てくるヒロインのような感じでとても良く似合っていた。前回のお茶会で着ていたドレスも良かったが、制服姿も素晴らしい。
「あ!アレク様!」
アイリーンがまたもや破壊力のある笑顔でアレクに微笑んだ。
アレクはここ一月、アイリーン対策としてイメージトレーニングをしながらなんとか気絶しないように努力してきたのだ。
本物はあまりにも美しいのでまた意識が飛びそうになったが、必死で意識を取り戻す。
まるで顔面パンチをモロに受けたボクサーの様だ。
アレクは必死で頬をつねりながらアイリーンに挨拶する。
「やあ、アイリーン、やっと会えたね」
初めての会話にアイリーンの機嫌は益々良くなる。よく見るとアイリーンの周りにはキラキラと宝石のような光が輝き、白い百合の花?のような花が咲き乱れているように錯覚が見えた。アレクは次に自らのお尻をつねった。
涙目になりながらアレクは微笑む。
「アレク様!私もお会いできて、しかもこうやってアレク様とお話が出来て本当に嬉しく思います!」
「僕もアイリーンに会えて、ホントウニウレシイ」
アレクも少しずつ言葉がカタコトになりつつあるが以前と比べてすぐに気絶しないだけかなり成長したと言えよう。お尻をつねる力も次第に強くなる。
「いよいよこれから学園での生活がはじまりますわね♪うふふっ♪毎日アレク様とお会いできるのですね♪」
(て、天使かぁーー!!)
あと一歩で昇天しそうになりつつあるアレクであったが、いま気絶して入学式に出られなくなっては恥である。
これから毎日気絶するわけにもいかない。
ただ対策としてはアイリーンと毎日会う事で慣れていくしかないのだろう。
アレクは必死で耐えた。
「あっ!紹介しますわ!私の側使いのメリアです。私たちと一緒にこれから学園で学ぶ事になりましたの!」
アイリーンの隣にいる美少女は自分が紹介されたので前に出てアレクに挨拶をした。
「アレク王子。私はアイリーン様の側使いのメリアと申します。以前は魔獣から助けていただき誠にありがとうございます」
「あ、ああ!やはり君はあの時の娘だったんだね!どうりで見た事あるなと思ったんだ」
なにやらメリアと気軽に会話するアレクは楽しそうだった。あの時再会を待ちわびながら魔獣の棲む森へ通っていたのだ。再会の喜びは望外のものであろう。
そしてあんまりにもメリアと楽しそうにしかも流暢に話し出すアレクを見てアイリーンは少し嫉妬してしまう。
「あら?アレク様は私以外の娘とこんなにも流暢にお話しが出来るのですね?私とお話するのがそんなにお嫌だったのかしら」
アイリーンのターン。アイリーンの攻撃が始まる。
アレクはヒュッとなり、慌ててフォローに入る。
「い、いや、それはアイリーンが美しすぎて緊張しているだけなんだ。本当はもっとたくさん話したいのだけど、君の可愛い顔を見たら何も考えられなくなるんだよ!」
一応、事実を話しているのだが、タイミングが悪いのか、この時は言い訳にしか聞こえない。
しかし、アイリーンにとっては良かったようですぐに機嫌が良くなった。
「そうだったのですね。アレク様、申し訳ありませんわ。私、自分の事ばかり考えてしまって……、メリアもごめんなさいね」
「いえ!アイリーン様、こちらこそ申し訳ありません!アイリーン様の婚約者に対して私の方が馴れ馴れしくありました!」
「いや、僕の方こそ軽率だった。アイリーン本当にごめん、以後気をつけるよ」
あまりの危機感に気絶しそうなほどの気分は吹っ飛び、逆に普通に会話できる様になったのは僥倖だろう。
しかし、これからの関係の中でどちらが主導権を握ったのかはこれで明らかになった。策士アイリーンはまさしく辺境伯の孫であった。
他愛もないやり取りの後、担当の教師が教室にやってきた。
眼鏡をかけた身長の低い幼い感じの女の先生だ。
「はい、今から入学式が始まります。私が案内するので皆ついてきてください!」
少し可愛い声でとても先生とは思えない容姿ではあったが、みなわいわいと騒ぎながら先生の後について講堂へ向かった。
講堂に入ると約400名ほどの生徒たちが所狭しと並んでおり、アレク達は列の前の方に並ばせられた。流石に王族といえど、別対応にはならなかったようで全生徒と同じくアレクは列に並んで待機する。アイリーン達は隣の隣の列の前から五番目あたりに並んでいた。
目が合うと可愛らしく微笑みながら小さく手を振ってくれた。
アレクもにへらと気持ち悪く笑いながら手を振る。それを見た周囲の貴族たちはヒソヒソとなにやら話をしているようだった。
(あれが噂の王太子か?)
(なんかパッとしないよな。というか気持ち悪い顔してたな)
(あんなのが可愛いアイリーン嬢と婚約だなんて許せない!)
などなど、色々と悪し様に噂されているようだった。
そして入学式がはじまった。
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