第20話 アイリーン
アレクとアイリーンが学園に入る1ヶ月前。アイリーンは学園の準備をはじめていた。
「うふふ♡」
アイリーンは新しい学園での生活を楽しみにしていた。ただ一つ心配なことを除けば……。
それはアイリーンの母キャサリンのことであった。アイリーンの母キャサリンは現在、王都に住んでいる。
もともと母は王都の貴族の出であり辺境の地に嫁いだことに不満を漏らしていた。
そして長男のアランが学園に行くことになったことをチャンスと捉えて、夫のエリックと共に王都の屋敷に移り住むことにしたのだ。
実はその時アイリーンも一緒に行くことになっていたのだが、祖父のガスタルだけはアイリーンが両親と共に王都に行くことを拒み、ガスタルが責任をもってアイリーンを領地で預かることにしたのだ。
アイリーンはもともと小さい頃から自由奔放な性格で割とお転婆だった。
そのため母キャサリンとは性格が合わず、キャサリンは淑女としての躾として厳しくアイリーンに教育を施そうとしていたのだが、アイリーンはそれが嫌でよくガスタルのもとに逃げていたのだ。
アイリーンはお爺ちゃん子であった。
末っ子特有の甘え上手で賢いところもあり、ガスタルもアイリーンには甘かった。
そしてガスタルがアイリーンを王都に上京するのを拒んだのも、このままキャサリンとエリックの元に置いておけばアイリーンの良さがダメになってしまうと思ったことが大きい。
そのおかげかアイリーンは素直で清楚な淑女として見事に成長した。そして家族の中では一番祖父のガスタルの考え方に似ている。
質実剛健、外面ではなく中身が大事。
そして強さこそが全てであるということ。
辺境の地は防衛の要。
ガスタルが若い頃は隣国との小競り合いが多く、頻繁に戦に出ていたのだ。
最近では隣国との戦争はここ数十年なく平和が続いている。しかし、そうはいっても国境を護るために領地を預かっている身である。
甘っちょろい考えでは領地は護れない。
常に己を鍛えて万全の備えをしておかなくてはならないと永らく辺境の領地を治めてきたからこその考え方であった。
そしてアイリーンも小さい頃からずっと領地で育ってきたため、一番にガスタルの影響を受けたのである。
だからこそアイリーンはアレクを選んだのだろう。
しかし、他の家族はそうではなかった。
キャサリンもそうだが、エリックなんかは結婚してからやたらと中央貴族の機嫌を伺うようになり、外見ばかりを取り繕って肝心の中身が育っていなかった。
もちろんアランも同じである。もともと母であるキャサリンのおかげでひ弱でプライドだけが高く、いつも誰か強い者の側で偉そうにしている狐のような性格になったために後継者としての素質の無さにガスタルは心配していた。
さらに王都の学園に行くようになってからは父と同じように外見ばかりを取り繕うようになり大局的なものの見方ができていなかったためにガスタルもエリックとアランには厳しかった。
そのため、アランもキャサリンもアイリーンだけを可愛がるガスタルを嫌い余程のことがなければ領地に戻ることはなかった。
そうしたものだからアイリーンは新しい王都での学園生活が楽しみではあったものの母の介入が頻繁になることに嫌気がさすのであった。
「アレク様とお会いできるのは嬉しいのですが……お母様も介入してくるでしょうね」
そう、今回の婚姻に関しても父親のエリックは反対していた。兄のアランも文句を言っていたので母のキャサリンなんかは言うまでもない。
きっと頭から否定してくるに違いない。
それでも今回の王太子との婚約は当主の意向であり、王が決めた婚姻にたいして反対などできるはずがないのだが……。
愚かな両親と兄にはそれがわからず、いつも第二王子派のことばかり話していた。
アイリーンにとっては学園に行ってからが試練なのだろう。
「私も負けてはいられません」
将来の王妃に相応しい器となるために。
アレク様の隣にいられるために。
「いざとなれば学園の寮に篭っていれば良いのです。母たちが私を呼び出したとしても行かなければ良いだけのこと。さあ、アレク様にお手紙を書きましょう♪」
お茶会以来アイリーンはアレクと会っていない。しかし、最近になってアレクと手紙でのやり取りをするようになった。
もちろんアイリーンから先に手紙を出したのがきっかけだ。(アレクにそんな勇気と根性はない)
アレクも最初は短文だったり、どこかの詩の写しを書くだけだったりとややも面白味に欠ける内容のものばかりだったのだが、頻繁に手紙を出すようになってからはやっと慣れてきたようで、普段の出来事や妹のマリアのことなど結構面白いことを書くようになってきた。
まるで子供のように可愛らしいとアイリーンも喜び、彼女自身も領地での出来事や面白かった話を手紙に書いていた。
2人の距離は以前と比べて少しずつではあるが確実に縮まってはいた。
「うふふ♡学園生活が楽しみだわ♡」
アイリーンは嬉しそうに手紙を書いていた。
季節は春、もうすぐ学園生活が始まる。
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