-9- 小さな映画館、そして

「加藤さん、早いね!」

渋谷駅のモアイ像の前で、二人は待ち合わせをした。

「今日、どこか行きたいところある?」

「先生の行きたいところで。」

「うーん。今日、行きたい映画があるんだけど、いいかな?」

「はい。」

昌彦は、真夏を連れて歩き出した。普段は渋谷の群衆の中にひとり溶け込んでいるつもりだが、この日はなんだかよそよそしい。そして、二人がたどりついたのは、ホテル街だった。

「え…映画館だって。」

「あ、変なところでごめんね。このホテル街の隣にあるのが、映画館。変なことはしないから、安心してね。」

「あ…。」

変なことを想像してしまって恥ずかしいのと、昌彦を疑ってしまった罪悪感で、真夏は真っ赤になった。昌彦はそれに気付かない風で、

「ミニシアターが好きなんだ。」

と、微笑んだ。

昌彦と映画の話をしたことは、一回もなかった。人間って、どんなに自分が信頼していると思っていても実は疑っていたり、相手について知らないのだと気付いた。



映画の登場人物がこう言った。

「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」

真夏には難しい映画だった。でも、不思議な雰囲気で、何が善で何が悪か、決めつけなくてもいいのかもしれないと思えた。真夏の気持ちに関しても。


「加藤さん、行こうか。」

映画が終わり照明が明るくなっても、真夏は立ち上がれないでいた。

真夏は映画の楽しさを、昌彦のおかげで知ることが出来た気がした。

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