-3- 記憶の破片

真夏には、高校時代に、友達がいた思い出がない。小学校の頃は、みんなとそれなりに仲良く出来ていた気がする。中学に入って、高校受験の勉強をするようになり、生活リズムが崩れ始めた。よく、学校に遅刻していたので、生活指導の先生から目をつけられ、それをクラスの子にからかわれて、学校を休みがちになった。内申点は悪かったので、私立の進学校に進学した。親は、真夏が勉強を好きなのだと思っていて、高校に入る前の春休みに、真夏を個別指導の塾に入れてくれた。

高校に進学すると、真夏は、自分は勉強が好きなのではなく、人間関係から逃れるために、勉強ばかりしていたのだと気付いた。クラスメイトはみんな勉強がよく出来て、進路もはっきり決まっている子が多かった。

真夏は、塾の講師だった昌彦にも、心を開けないでいた。

ある日、昌彦が真夏に、

「学校は楽しい?」

と、聞いた。すると、真夏は、大声をあげて泣き出してしまった。真夏は、聞かれるでもなく、自分の人間関係の悩みや将来への不安、信頼出来る大人が誰もいないことなどを話し始めた。授業はほとんど進まなかったが、昌彦は、静かに、真夏の話を聞いてくれた。

「先生、指導報告書は書かなくていいんですか?」

「世の中、一番大切なことは勉強だけじゃないと思うんだ。進路についての相談を受けたとか、書いておくよ。それで怒られたら、僕が悪い。」

真夏が高校2年生になると同時に、雅彦は大学を卒業し、塾の講師を辞めて就職をした。真夏は、最後の授業で、昌彦に、

「私も、この塾を辞めます。先生がいたから、通っていただけだから。」

と言った。昌彦は、

「それじゃあ、これ、僕の連絡先。僕はもうここの講師じゃないし、加藤さんもここの生徒じゃない。本当はダメかもしれないけど、これからも加藤さんを見守っていきたいから。」


真夏は、ちゃんとした人間関係を初めて築くことが出来たと思った。そして、この関係性は、誰にも言わないでおこう、自分の世界の中に閉じ込めておこうと思った。

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