第6話 魔王、悪魔を懲らしめる

「わ、私……とんでもない事を……ごめんさあああああい。うわああああん!」

「そんな、アキラちゃんのせいじゃないんでしょ?」

「でも、でもおお」


 いきなり泣き出されてハルカは対応に困ってしまう。そんな2人を眺めながら、レヴィンはアキラを操っていた悪魔に近付いていった。


「いつまで寝たふりをしているんだパラク。あの一撃程度で気絶するお前ではなかろう」

「へへ、やっぱり魔王様は騙せねえか。けどいつからこっちに? 何故あの娘を助けるような事を?」

「パラクトス! 事情を聞こうか。吾輩は悪魔が人間界で悪事を働く事を認めた覚えはない!」


 レヴィンは魔王らしく強い口調でパラクトスと呼ばれた悪魔に詰め寄る。彼はこの悪魔の事を知っていたようだ。相手が魔王と言う事で観念したのか、パラクトスは抵抗らしい抵抗もせずに弁明を始める。


「そ、そんなの決まっているじゃないですか。生きるためですよ。自分は人間に召喚されたんでさあ。だから自力では戻れないんですよ」

「お、お前もそうだったのか」


 レヴィンは、人間に召喚されたと言うパラクトスの事情に同情する。それで同じ状況の自分の事を話そうとしたところで、パラクトスはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら話を続けた。


「魔王様も御存知の通り、自分はこっちの世界では実態を持てません。生きるためには魂を食うしかない。知ってます? 絶望した人間の魂は美味しいんです。そ、そう、これはただの食事なんです。だから見逃してくださいよ~」

「そんな訳にいくか!」


 同情しかけたものの、自分の欲望を満たすためにハルカの魂を狙っていたと知ったレヴィンは、怒りの感情を爆発させる。次の瞬間、パラクトスは魔王のフルパワーパンチをその身に受けて呆気なく空の彼方に吹っ飛んでいった。


「フギャンニャ~ッ!」


 放物線を描いて視界から消えていく悪魔をレヴィンはじいっと見つめる。流石にあの一撃で完全消滅はしないものの、ダメージを受けたパラクトスは完全復活に100年はかかるだろう。消滅させなかったのは彼の温情とも言えた。

 悪魔の王たるもの、犯罪者の悪魔にはまず反省を促すのが筋なのだ。


「フン……」


 悪魔関係の問題がレヴィンによってカタが付いたその頃、ハルカは正気を取り戻したアキラの肩に優しく手を乗せる。


「アキラちゃん、何があったの?」

「私、少し前に占い師の人に呼び止められたのですわ。そこで色々言われて……なんて言われたのかは覚えてないんですけど、最後にこの指輪をもらって、つけなさいって言われて」

「それでパラクが背後についたのだな」


 2人の会話にレヴィンが割り込む。いかつい鎧を着ている上に魔王らしい威厳のあるクールなその表情を目にしたアキラは、顔から血の気がすうっと消えていた。


「ハ、ハルカさん……この方は?」

「うん、魔王のレヴィン。私が呼び出しちゃった」


 説明を求められたハルカは苦笑いを浮かべる。自身がさっきまで悪魔に操られていたと言う事もあって、アキラは彼女の言葉をすぐに受け入れてガタガタと震え出した。


「ままま、魔王……?」

「大丈夫、悪い魔王じゃないよ」

「アキラとやら、その指輪を今すぐ外せ。それは悪魔を呼び寄せる」

「でも、外せないんですの。きっと呪いの指輪なんですわ」


 アキラは右手の小指にハマった指輪を見せる。レヴィンは顎に手を当てながらじっくりと観察。指輪には悪魔を呼び寄せる悪魔文字が刻まれていて、装着者の生体エネルギーで稼働する外せない呪いが発動していた。

 仕組みを理解した彼が指輪を触ると、呪いはあっさりと解除される。レヴィンはアキラから指輪を取り外すと、それを握りしめて粉々に破壊した。


「あ……」

「これで大丈夫だ。もう変なのに捕まらぬようにな」

「有難うございます!」


 呪いの呪縛から解き放たれた彼女は深々と頭を下げる。こうしてハルカのいじめ問題は無事に解決。レヴィンが魔界に戻る条件は見事に達成されたのだった。

 とは言え、今後も彼女が別の誰かに訳もなくいじめられる可能性はゼロではない。レヴィンはこの事件の背後関係を考え、顎に指を乗せる。


「しかしその占い師、放置は出来ぬな……。ハルよ。吾輩は少し用事が出来た。もう大丈夫だな」

「占い師のところに行くの?」

「ああ、もう悪事をしないように灸をすえてやらねば」

「分かった。気をつけてね」


 ハルカに見送られて、レヴィンはまた教室の窓から飛び去った。この騒ぎの元凶を潰すためだ。指輪に残っていた術師の魔力の残滓から、彼は占い師の現在位置を特定する。辿り着くのも時間の問題だろう。

 レヴィンが見えなくなるまでその姿を目で追っていたハルカの背中越しに、アキラの弱々しい声が届いた。


「やっぱりハルカさんはすごいですわ。私は悪魔の力に逆らえませんでしたのに」

「ねえ、アキラちゃん。一緒に帰ろ」

「よ、喜んで!」


 すっかり憑き物が取れたアキラは、ハルカと手を握り合う。こうして以前のような関係に戻れた2人は、仲良く並んで雑談を交わしながら下校する。もうそこに悲しい顔の女の子はいなかった。

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