第4話 魔王、暇を持て余す
「そっか、うん。心配かけちゃったね。でも姉は妹のためなら何よりもそれを優先するんだぞ。遠慮しないでこれからはどんどん相談して」
「うん。分かった」
「で、なんで悪魔を召喚しようと?」
事情を知らないナツキは、改めてハルカに向き合う。蛇ににらまれた蛙状態になった彼女は口を開いたものの、何も喋れなかった。そのままうつむいたハルカを見て、ナツキは腕を組んでため息を吐き出す。
「お姉ちゃんが信用出来ない?」
「そ、そう言うんじゃなくて……まだハッキリはしていないんだ。だから……後でちゃんと言うから」
「そっか、分かった。じゃあ話せる時が来たら話してね」
ナツキはそう言うと、改めて妹の頭を優しくなでる。ハルカもまた姉のスキンシップを何も言わずに大人しく受け入れていた。こうして召喚の事情が落ち着いたところで、ナツキは改めてキョロキョロと室内を見回している大男の方に顔を向ける。
「ちょっとレヴィン、そこに座りなさい」
「何故吾輩がお前の命令に従わねばならん?」
「当たり前でしょ。あんたは私達がここに置いてあげてるんだから。立場は私達の方が上。よって、私は命令していい立場なの。当然、妹の言葉にも服従ね。分かった? 分からなかったら今すぐここから追い出すけどいい?」
「ふ、ふん。座るくらい従ってやる」
レヴィンは、少し不服そうにしながらもハルカの隣にどっかりと座る。全員が座って話し合いが出来るようになったところで、ナツキは妹の顔をまじまじと見つめた。
「レヴィンを元の世界に返すには、ハルが帰還魔法陣を作らなくちゃいけない。私も協力するから一緒に頑張ろ」
「で、でも、あの召喚した時の魔法陣はうろ覚えで作ったやつで、だから……」
「大丈夫。召喚が成功したなら、その逆の帰還だってうまくいく。私が保証する!」
「ハルの望みを叶えても吾輩は戻れるのだが……?」
いきなり話の腰を折ったレヴィンに、ナツキの冷たい視線が刺さる。
「で、その対価でハルにキスをするって? 絶対にそんな事させないんだから」
「ぐ……ならば仕方ないな。吾輩も戻れるならそれに越した事はない」
「じゃあ決まりね。ハル、頑張って魔法陣を作ろ!」
こうして、ハルカが自らの手で帰還魔法を作り出すまでレヴィンはこの家の居候と言う事になった。ナツキが部屋に結界を張り、彼は部屋から出る事を封じられる。事実上の軟禁状態だ。
悪魔は何も食べなくても人の想念を摂取すればエネルギー補給が出来るので、食事も排泄も必要ない。暇は室内の魔導書を読めば潰せるので、彼は案外この不意自由な生活を楽しんでいた。
「本当に何も食べなくて平気なの?」
「ああ、見える範囲に生き物がいればその精神を糧に出来る。こうしてハル、お前と会話をしている事が吾輩にとっては食事にもなっておるのだ。別に食事が出来ない訳ではないが、お前の姉がまたうるさそうだからな」
「ご飯食べなくていいって、便利だね……」
レヴィンの話を聞いたハルカは、うつむきながらぽつりとつぶやく。その淋しげな様子から大体の事情を察した彼は、彼女の顔をじっと見つめた。
「何かあったらいつでも吾輩を頼れよ。こう見えても魔王だ。きっと力になれる」
「有難う。じゃあその時は頼るね」
「うむ。大船に乗ったつもりでな!」
レヴィンはふんぞり返ると、オーバーリアクションで自身の胸を叩いた。その大袈裟な仕草を見たハルカはクスクスと笑う。彼女の笑顔を見て、レヴィンも優しく微笑むのだった。
居候になった彼がハルの家に来て一週間。事態はほぼ何も進展していない。帰還魔法陣は逆転移魔法陣とも言い、召喚魔法と全く正反対の作りにならないといけない。呼び出した魔法陣がほぼハルカのオリジナルだったために、それを解釈した上で正反対の図形を作るのがとても難易度の高いミッションになってしまっていたのだ。
「えーと、これでいいのかな?」
「ハル、丸写しじゃダメだよ。魔法陣の意味を理解した上で反転させないと効果は発揮されないから」
「うえ~ん、難しいよ~」
「じゃあ今日はここまでにしよっか。今までやった事が理解出来てればいいよ。焦らなくていいから。ちょっとずつやってこ」
シスコンのナツキは甘やかしながらハルカに教えていたために、進捗状況ものんびりとしたもの。魔法陣の基礎からの勉強は魔導書200ページ分の情報を頭に入れなくてはならないのだけれど、今のペースは1日に1ページ程度。しかも後半になるに従って内容が高度になっていくため、200日後にマスター出来ている確証もない。
このゆっくりペースを眺めていたレヴィンは、大きくため息を吐き出した。
「吾輩、いつ戻れるのだ……」
「そこ、うっさいよ! 居候は黙る!」
「ぐぬぬ」
そんな感じで、日々はまったりと過ぎていく。いくら暇潰しの書物が多いとは言え、読破していけばやがては読み切ってしまう。一ヶ月近くが過ぎた頃、ついにその時が来てしまった。
同じ本を二度読む主義ではないレヴィンは、次の暇潰しの方法を模索する。
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