第2話 願いを叶える対価はキス

「あの、えっと……わたしはただ……みんなと仲良くしたいんです。最近はいじめみたいになっていて、わたしにはもうどうする事も出来なくて」

「なるほど、分かった。そのくらい簡単な事だ。吾輩に任せよ!」


 ハルカの望みを聞いた魔王はどんと力強く胸を叩く。その頼もしさから、彼女の顔に希望の灯火が宿った。喜びの表情を浮かべるハルカを見て、魔王もうんうんと満足そうにうなずく。


「うむ。お前もその表情の方がいいぞ。では、望みを叶える対価をいただこうか。吾輩、タダ働きはせぬ。当然先払いだ」

「えっ、た、魂ですか……。か、覚悟は……してます」

「安心しろ。お前の望み程度のものに魂まではいらん。そうだな……」


 完全に怯えきった彼女を見て、魔王は顎に指を乗せて考え始める。叶えたい望みと釣り合う対価はその貴重さで計るもの。彼は、改めて召喚主のハルカを上から下まで見定めるようにじっくりと眺め始めた。


「あの……どうしたんですか? お、お金もあんまりないです」

「金もいらぬ。そうだな……対価はキスだ。お前、キスもまだだろう? 乙女のファーストキスにはそれだけの価値がある」

「キキキ、キスゥゥゥゥゥ……!!!」


 魔王から提示された条件を聞いたハルカは、顔から火が出るほどに赤面。そのまま両手で顔を覆った。魔王はその両手を力付くで払い、彼女の顔をじいっと見つめる。


「魂に比べたら安いものであろう。それだけで願いを叶えてやると言うのだ。吾輩に全てを委ねよ」

「あわ、わわわわわ……」


 ハルカの顔に、よく見たらすごいイケメンの魔王の顔が近付いてくる。この雰囲気に抗えなかった彼女は、そのまま流れに身を任せた。


「よ、よろしくお願いしまぁす」

「うむ」


 ハルカの唇に魔王の唇が近付く。彼女はギュッとまぶたを閉じて、やがて来る未知の体験に身構える。

 魔王がその小さく可愛らしい唇を奪おうとした瞬間、事に及ぼうとした2人に向かって猛烈な勢いで近付いてくる影があった。


「そこまでだ! このロリコン悪魔ーッ!」

「な、何奴?」

「問答むよおおおうッ!」


 大声を張り上げてきたのは制服姿の女子高生。彼女はハルカがキスをされそうになっているのを目にして、それを止めようとやってきたようだ。そして、その勢いのまま魔王に向かって強烈なビンタを一発ぶちかます。

 彼はその衝撃でふわりと空中に浮かびながら、自分の身に何が起こっているのか状況を把握出来ないでいた。


「あれ? 吾輩……飛んでる……? グエッ!」


 魔王はそのまま地面に激突。ビンタのダメージと落下の衝撃でしばらく動けなくなった。女子高生は自分がふっとばした魔王のマヌケな姿を確認すると、まだまぶたを閉じているハルカの手首をぎゅっと握る。


「ほらハル、帰るよ!」

「お姉ちゃん?」


 ハルカを助けに現れた女子高生は彼女の姉だった。強引に手を引っ張られてまぶたを上げたハルカは、突然の姉の登場に困惑する。


「な、何でここに?」

「あんた、私の魔導書読んだでしょ。それでピンときたんだよ。そしたら案の定。あんな悪魔呼び出したりして、何かあったらどうするつもりだったの?」

「でもあの人、そんな悪い悪魔じゃないよ。私の願いを叶えてくれるって……」

「はぁ……? あんたさっき何されようとしてた?」


 姉の視線が冷たく突き刺さる。確かに望みを叶える対価とは言え、事情を知らない人から見たらコスプレロリコンの変態が邪悪な欲望を叶えようとしている図にしか見えないだろう。

 ハルカが事情を説明しようとした時、倒れていた魔王がムクリと起き上がった。


「女! 吾輩をふっとばすとはやりおるな! 名を聞こう」

「はぁ? 変態に名乗る名前なんてないんですけど」

「吾輩が変態? 魔王たる我輩を変態だと?」


 その毒舌に魔王は憤慨する。対する彼女も、不敵な笑みを浮かべながらポキポキと拳を鳴らして臨戦態勢を取っていた。

 一触即発な雰囲気を敏感に感じ取ったハルカは、2人の間に立って両手を広げる。


「お姉ちゃん止めて! 魔王様、姉の名前はナツキって言うの」

「ナツキか。ならばナツと呼べばいいのだな?」

「ちょ、何勝手に人の名前を口にしてんの! 悪魔に本名を知られるのはヤバいんだから。って言うか、あいつが魔王? 嘘でしょ? 弱すぎる。騙されてんじゃないの?」


 自分のビンタ一発で吹っ飛んだ彼をナツキは魔王とは認めなかった。魔王側も自身の不甲斐なさに納得がいかず、首を傾げる。


「確かに吾輩、本来ならあの程度の攻撃ではビクともせぬはず……。弱体化しておると言うのか? この吾輩が?」

「何訳の分からん事言ってんの、この自称魔王。あんたはそこの魔法陣から出てきただけの一般デーモ……ん?」


 ナツキはハルカが描いた魔法陣をじいっと眺める。そうして顎に手を当てると首を傾げた。姉のその様子を目にしたハルカはゴクリとつばを飲み込む。

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