第8話

外が少し騒がしいので、いつもより早く起きてしまった。

気づけば、兄さんも父さんも母さんもいない。

急いで服を着替え、魔王軍から貸してもらった胸当てと靴、籠手を付けて外へ出た。

兄さんやアレイス部隊長がいるだろう昨日の仮小屋に向かう。

道中では、沢山の同じ胸当てを付けている獣人や魔人を見かけた。

彼らも魔王軍の一員なのだろう。

同じ魔王軍の胸当てを着ける僕を見ても、誰一人として足を止めることはなかった。

こんな若いオーガが戦闘に出ることは普通はおかしいのに。

それだけ大変なことが起きているのだろう。

しばらく走っていると、空から一人の兵士が降り立ってきた。

「コルス様、おはようございます」

「あなたは昨日、案内してくれた兵士の」

「覚えてくださりありがとうございます。魔王軍第三部隊副団長アーレイド様がお呼びです。本営は大変混み合っていますので、私が案内役の命を受けました」

アーレイド様というのは、戦時中のアレイス部隊長のことだ。

流石に、あのサイズがおかしい鎧を付けて戦うのはアレイス部隊長でも無理なようで、顔を見せる代わりに別名を名乗っているらしい。

そんなアレイス部隊長の代わりに、漆黒の鎧をつけて本営で指揮を取るのがネルグ副団長。

本営では、沢山の兵士が各部隊からの情報をもとに行動している。

そして、その最高指揮官がネルグ副団長だ。

ちなみに、ネルグ副団長は兄さんとの実力は同じくらいらしい。

さすが、実力主義の魔王軍の一部隊の副団長となると、武道にも勉学にも通じている。

兵士には、ネルグ副団長は別任務だと伝えてあるので誰も本当の中身を知らない。

ここまでが、昨日3人で打ち合わせしたことだ。

「中でアーレイド様がお待ちです」

案内されたのは本営となった昨日の粗末な家の横にある、小さな兵士用の仮小屋。

「では、私は次の仕事がありますので、これで失礼します」

礼を言う前に翼を持つ鳥族の兵士は飛んでいってしまった。

部屋の中にいたのは、赤と青の目立つ服を着ているアーレイド副団長もといアレイス部隊長。

「コルス、魔蟲どもが動き出した」

第一声は、不要な言い回しを一切しないアレイス部隊長の報告からだった。

周りが騒がしかったので、予想はしていた。

「詳しく教えてもらえますか?」

「今日の朝早く、偵察部隊の2名が帰還した。彼らの話によると、魔蟲が動き出したのは1日前の深夜。奴らが戦闘開始予定地に着くのは今日の夜だろう」

「巣帰り鳥を飛ばせば、予定通りに帰還できたのではないですか?」

「私たちも不自然だと思い、どうして飛ばさなかったと聞いたのだが……」

アレイス部隊長が難しそうな顔をする。

偵察部隊の使った馬は森馬という、森を走ることに特化した馬だ。

そのため、長い森を抜けれるように、長い時間を一定の速さで走ることを得意としている。

その特徴を知らないはずがない。

そして、森馬より圧倒的に速い巣帰り鳥を飛ばさなかったこともおかしい。

ならば、飛ばさなかったのではなく、飛ばしたが届かなかった可能性があるのでは。

仮に魔蟲が気付いたとしても、空を飛ぶことに長けた巣帰り鳥に追いつけるはずがない。

だとすると、誰かが意図的に殺したということになる。

「別の敵、魔蟲ではない何かがいる……」

僕の呟きを聞いたアレイス部隊長が一瞬驚き、すぐに破顔する。

「お前は賢いな。いや、賢すぎるくらいだ。考えている通り、奴らの群れに人族が混ざっているとの情報があった。数は2人だ。すでに全兵士に通達は終わっている」

「彼らを倒せばこの戦いは終わるのでは?」

「いや。どちらにしろ合成蟲が残ってしまうから、人族との戦闘は合成蟲との戦闘が終わった後だ。それまで絶対に手は出すな。出会ったとしてもすぐに逃げてくれ」

「分かりました。兄さんから離れないようにします」

人族がいることは驚いた。

だが、それは人族と会える好機でもある。

元人族の立場からすれば、争いはしたくない。

だが、彼らが攻撃をするなら敵対しなくてはならない。

人族は前世、今世はオーガなのだから。

「そして、これはエナトからだ。お守りとして持っておけ」

「母さんからですか?」

渡された袋の中には、欠けた緑の石が入っていた。

「オーガは自分にとって大切な者が戦場に行くとき、この草翠石を半分に割って渡す。その大きさだと、武王とマリスにも渡しているだろう」

「あの……武王って誰のことですか?」

少し前にも武王という名前を聞いた。

でも、僕の知り合いにその名前はいない。

アレイス部隊長が首を傾げる。

「知らないのか?お前の父さんであるメレインさんは元魔王軍第一部隊部隊長、武王という名で呼ばれる凄い人なんだが」

初めて聞いた。

確かに父さんは、あらゆる武器を使いこなすとても強くて凄い戦士だ。

「じゃあ、僕がまだ魔王城に行ったことがないのは……」

「メレインさん、休日は街の人たちに剣を教えてたりしてたからな。弟子の志願とかで、帰れなくなることが分かっていたんだと思う」

父さんはいつも自分の力を正しく使えと言っていた。

それは、元魔王軍の兵士だった頃の名残なのだろう。

「弱者を守ることが戦士の務め。コルスもそうなってほしい」

模擬戦の後に、いつも父さんが言っていた意味がようやく分かった。

草翠石を一度握りしめて、ズボンのポケットに入れる。

「いい顔だ。では、これからマリスの元へ向かうとしよう」

アレイス部隊長に続き仮小屋を出ると、まだ外は騒々しい。

でも、これから始まる戦いに負ける気はしなかった。










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