第9話

兄さんは隊列の先頭に立っていた。

いつもの木刀とは違う、本物の剣を腰につけて兵士を率いる姿は、部隊長だということを改めて思い出させる。

「兄さん、遅れてごめん」

「コルス!すまない。後々呼びに行かせるつもりだったのだが。アーレイドが動いてくれたのか。すまない」

「いえ。部隊長には他の仕事があるはずなので、そちらを優先してください」

裏では、先輩後輩の壁なんて無かった2人。

今は上官と部下の立ち振る舞い。

全く違和感を感じさせない2人のやり取りに驚く。

「コルス、頼み事があるんだ」

「僕にできることならいいよ」

「じゃあ、兵士の指揮を高める宣誓をお願いするよ。コルスの宣誓を合図として、魔王連合部隊は進軍を開始する。頼まれてくれるかな?」

「え!それは兄さんの役目じゃ……」

「総員注目!」

よく響く声でアレイス部隊長が注目を集める。

周りを見渡し、完全に注目が集まったところで後ろを向き片目を瞑る。

「大丈夫だよ。コルスはまだ8つ。少し大人びていてもまだ子供だ。難しく考えなくてもいいんだよ」

合計年齢は大人なんだけどね。

そんなことも知らない兄さんに背中を押され、全兵士の注目を浴びる。

目を閉じて深呼吸。

彼らも緊張しているはずだ。

死ぬかもしれない戦場に平常心で向かえる兵士はいない。

ならば、僕から言えることは一つ。

「皆さん、今回の戦闘は辛く厳しいものになるでしょう。もしかすると、今隣にいる同胞が帰りにはいないかもしれません。ですが、あなたたちは誇り高き魔王軍。人族から僕たち弱者を守る剣であり盾。そして、その武器を扱うのは魔王様に選ばれた勇士。使い方が上手ならば、武器はそう易々と壊れません。僕たちは最期の最期まで折れない。何度でも立ち上がって戦うことをここに宣言します!」

「全体進め!目的地は山の中腹部だ!」

「おうっっっっっっ!!!」

僕の宣誓に合わせた兄さんの進軍の合図で、兵士たちが動き始める。

僕は兄さんとアレイス部隊長と一緒に先頭を歩き、兵士たちを率いる。

不意に兄さんが僕の頭に手を置いた。

「よくやった。これから俺はどうやって彼らの指揮を高めればいいのか悩ませるくらいにな」

やりすぎたと思ったけど、この宣誓が役に立ったのならよかった。


山の中腹部まではかなり距離がある。

人数も多ければ移動が遅くなる。

途中でお昼休憩を挟んで、ついたのは日が少し傾き始めた頃だった。

「これは……凄いな」

兄さんが思わず声に出すのも無理はない。

前一度父さんと来た時は、ただの平坦な土地だと思うだけの場所だったそこは、今は自然の要塞となっていた。

木を切り倒して視界を開き、柵を立てる。

土を掘り返して穴を作り、土壁で弓兵を守る。

切り株まで抜かれている。

驚いていると、一人の兵士がこちらへやってくる。

「空中偵察部隊より報告します!魔蟲の群れを発見。あと半刻ほどで到達するものと思われます」

「そうか、思っていたより時間があるな。他の部隊の様子はどうだ?」

「エルフ魔法騎士団、オーク守備隊、獣人戦士団、オーガ自警団、補給部隊、どれも戦闘準備はできています」

「報告ありがとう。ちなみに、その様子だと人族の目撃情報は無さそうだね」

「申し訳ございません。合成蟲の姿は視認できましたが、人族の姿は今のところは目撃されていません。合成蟲のほうはかなり前線に出てきているので、早めの戦闘になる様子です」

「合成蟲が前に出ているのは、こちらにとっても好都合だ。早めに邪魔者は潰しておきたいからね」

綺麗な敬礼をして、再び空へ戻る兵士。

朝に僕を呼びに来てくれた兵士とは違うから、他にも沢山の仲間がいるのだろう。

しばらくして、木々が倒れる音が聞こえてくるようになった。

緊張が漂い、所々で自分の武器を握る兵士も現れる。

呼吸も荒くなっていく。

「奴らがくるぞ!オークの底力見せてやれ!」

「弓隊、矢を引き絞れ!」

「魔法は奴らの動きが止まるまで放つなよ!」

音が近づくにつれて、各部族の司令塔が指示を出していく。

いつもは嫌々聞いている上司の声も、緊急時は緊張する兵士を安心させる声となる。

「槍襖を作れ!先頭を止めたら奴らは進めなくなる。急げ!」

兄さんも声を荒げ、柵と穴を利用した相手を止めることに特化した槍襖を形成し始めた。


「来るぞ!」

いつ、誰が叫んだのかは分からない。

おそらく、最前線で防御陣形をとるオークの誰かだとは思う。

刹那。

正面の木々を薙ぎ倒してきたマンティスが、スコーピオンが、ギガントアントがオークの防御陣形にぶつかった。

しかし、オークの陣形は微動だにしない。

オーク達の身長の2倍もある大きさのギガントアントですら足を止めざるをえなくなる。

「弓隊、放て!!!!!!」

「風魔法放出!!!!!!」

その隙に、エルフと獣人が攻撃を開始。

エルフの得意とする風魔法が獣人の怪力で放たれる矢を押し出し加速させる。

矢は動きを止めた魔蟲たちの頭を見事に打ち抜き、絶命させる。

いつのまにか僕の緊張は取れていた。

彼らと一緒なら負けることはないだろう。

「兄さん、僕たちも負けてられないね!」

「そうだね。魔王軍連合部隊、側面からの攻撃でオークを援護する。彼らに負けるな!」

「おうっっっっっっっっっっっっ!!!!!」

ついに、魔蟲との戦いが始まった。












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