第7話

「失礼します。第三部隊副団長のネルグ。団長がお呼びということで参りました」

外から声が聞こえる。

先程、兄さんが呼んだ副団長がやってきたようだ。

しかし今、部屋の中で他の兵士の前で顔を隠していたアレイス部隊長が素顔を出し、威厳のかけらも無い状態で鎧を脱ぐのに悪戦している。

流石に見せるわけにはいかないと思って、副団長を止めに行った僕を兄さんが止める。

「入っていいぞ」

「えっ!兄さん、アレイス部隊長の顔見えてるけど大丈夫なの?」

入ってきたのは大柄の男の獣人。

おそらく、熊の獣人だ。

父さんを超える兄さんと同じ背丈に少し驚く。

「失礼しま……アレイスまたか?外で兵士が笑うのを堪えていたので薄々分かっていたが、今日もまた酷いな」

「なっ!私の声は外にまで漏れているのか。この布には防音の魔術が付与されているはず」

「それだけ悶絶したり、大鎧で動き回ったら誰だって気付くぞ。いいか?その鎧は上と下が分かれていてな……」

入ってきた途端に砕けた口調になった大熊。

兄さんも手伝って、ようやく鎧の上半身部分が外れ、アレイス部隊長の華奢な体が出てくる。

動きやすいように作られた赤と青の二色が目立つ服を着ているようだが、鎧のサイズとかけ離れているので驚く。

「ネルグはコルスに自己紹介をしておけ。あとは俺でもできるからさ」

兄さんに促された大柄の熊人、ネルグ副団長がこちらを向いて深呼吸をした。

そして、とても大きな手を差し出してくる。

「ネルグだ。第二部隊の副団長を務めている。戦場ではアレイス部隊長に代わって指揮をとる。あの鎧は俺用に大きさが調整されてんだが、どこぞの団長様は威厳だのなんだの言って戦闘が始まる寸前までつけてんだよ。ちなみに、お前の兄さんの先輩でアレイスとは古い付き合いだ」

「コルスです。これからよろしくお願いします」

ネルグ副団長の大きな手に、僕の手が重なる。

その手はとても暖かかった。

「ずるいぞネルグ!私はまだ握手すらしていないのだぞ」

「あっ!ちょっと急に動かないで。もう少しで外れるから止まってくれ」

アレイス部隊長のサイズに絶対に合わない鎧をどうやって動かしているのか、ずっと疑問だった。

どうやら、かなり丈夫な紐を腰巻きにくくりつけているようだ。

「あの、アレイス部隊長のこの姿を知っている人は多いのですか?ネルグ副団長も知っているようですし」

「いや。このことを知っているのは各部隊長と魔王様、あとは今見張ってる外の2人だな」

意外と知られていないようだ。

「軍団長という方は知らないのですか?」

だが、前に兄さんが口にしていた軍団長という魔族は呼ばれなかった。

部隊長達は知っていて、軍団長は知らないのはおかしい。

「あの爺さんは興味がないのだ。私の性別などという些細なことにはな。魔王領全土を探しても、あれほどの愛国者はいないだろうな」

愛国者で兄さんより強い。

人間側からしたら、とてもじゃないが正面からやり合いたくはない相手。

「アレイスは知らないのか?あの爺さん、孫にはめっちゃ甘いらしいぞ」

「その話は俺も知ってます。たしか孫はコルスと同じ年齢だとかでしたっけ?」

「軍団長さんはどの種族の方ですか?」

「龍人だよ。とても由緒ある家系らしい」

龍人は龍種の中でも珍しい種族だ。

見た目は普通の人間。

されど、中身は魔王に続くほどの魔力を持つ。

もとの大きさにも戻れるらしいのだが、あいにく生前も今世も龍人には会ったことがない。

ただ、敵対は絶対にしたくないと思った。


夜の見張りの当番だった俺は外の異変にすぐに気づくことができた。

大量の魔蟲どもを見張り続ける命を受けて2日。

ようやく彼らが動き始めた。

このまま、ゆっくり帰ってくれればよかったのだが。

とりあえず、横で寝ているもう1人を起こしにかかる。

「起きろ!奴らの様子が変だぞ」

「敵襲!」

寝ぼけた同胞の護身用の短剣を受け止める。

偵察部隊としては合格だが、今はそれどころではない。

「違う、俺だ!起こしたのは悪いが、緊急事態だ。お前は巣帰り鳥を飛ばす準備を。あと一羽残っていた筈だ。俺は馬を出す支度をしてくる」

「まったく、急だな。奴らの狙いは一体なんなんだよ」

「そんなことを考えてもしょうがない。早く手を動かせ」

「ちゃんと動かしてるよ。ほら、巣帰り鳥さんよ。この籠手と同じやつがこの森の向こうにいる。しっかり飛んでくれよ!」

元気よく飛んでいった巣帰り鳥を見送る。

偵察に必要だった荷物をすぐに片付け、二つある籠に入れて一つを背負う。

すぐそばで魔蟲の列が動く音が聞こえる。

「いくぞ。あの速度なら、奴らが戦闘予定地に着くまで1日ほどかかるはず。俺たちは1日で帰って部隊に参加。いいな?」

「はいよ。まったく、これが終わったら酒でも飲んでゆっくりしたいものだな」

もう一つの籠を背負った同胞を乗せた馬が先頭を走る。

森を走るのに長けたこの馬は、奴らより速く村に帰ることができるだろう。

おそらく、あの巣帰り鳥は途中で殺されてしまう。

彼らは気づかれたくないのだ。

だから、俺たちが知らせるしかない。

この戦いは厳しくなりそうだ。











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