第6話
「俺たちも行こうか」
「あ、うん。そうだね」
兄さんに言われるまで、僕は空を眺めていた。
気づいた時には、周りに兄さんしかいない。
「緊張するかい?」
「それは……うん」
「初めてだし、無理もないさ。俺だって初めは怖かったさ」
「兄さんの初めての戦場って何だったの?」
あの兄さんが怖がった戦場。
おそらく、人間との争いのはず。
「えーっとね。コルスが思ってる俺の人物像と実際の俺は全然違うと思うんだ。なぜなら、俺の初戦場の相手は魔蟲の群れだったんだ。今回の戦いよりかなり少ない数なのに、俺は怖がった。相手が何匹いようと、どれだけ強くても関係ない。命のやりとりは怖いんだよ」
「命のやりとり……」
考えたこともなかった。
相手も同じ生き物だ。
そんなことも考えずに、ひたすら向かってくる存在は殺していた。
全ては人のためと。
「このことを昔、師匠に話したんだ。そしたらさ、師匠はなんて言ってきたと思う?」
父さんのことだ。
それも承知で相手も殺しに来てるんだ、とか言っているのだろう。
「正解はね。そんなことをいちいち考えていられるか!って怒られた。師匠らしい答えだったよ」
「父さんは頭を使うのが苦手なんだよね」
それもまた一つの答えなのだろう。
父さんの言うことも、兄さんの気持ちもどちらも間違っていない。
自分の中で、何かに理由をつけて区切りをしておくことが大切なんだと思う。
ここで止めなければ、平和に暮らしていた誰かが死ぬのかもしれない。
それだけは、たぶん良くないのだろう。
「うん。ありがとね。これから頑張れそう」
兄さんの大きな手が、また僕の頭を撫でた。
「総員、敬礼!第三部隊部隊長、マリス様と第二部隊部隊長、アレイス・ウォルテッド様の到着だ!」
僕は今、とても緊張している。
なぜなら、マリス兄さんとその横にいるアレイス部隊長の間に入って、魔王軍の兵士たちでつくられた花道を歩いているからだ。
しかも、所々で喋る声が聞こえる。
「あのオーガは誰だ?」
「お前、知らないのか?コルス様だよ」
「あれが、先代武王と鷹の目の子供だと?!」
「若くしてマリス部隊長と並ぶ存在か。恐ろしい子よ」
「部隊長の剣技を剣一本で受け流すらしいぞ」
「あの年齢で鷹の目と同じ距離から的を射抜くらしい」
「今のうちに拝んでおくか……」
「ははっ。コルスは人気だな」
兄さんが笑って僕を撫でる。
それにしても、アレイス部隊長は一瞥もしてくれない。
まるで興味がないようだ。
黒い兜で覆われて、表情は確認できないが。
花道を歩き終えると、兄さんは手を挙げる。
すると、先ほどまでの花道が崩れて各自が自分の持ち場について、武器の点検などを始めた。
「マリス部隊長。アレイス部隊長。コルス様。
こちらへ同行をお願いします」
1人の兵士がこちらへやって来て、僕らを簡易型の家へ案内した。
入り口には2人の兵士が立っていて、僕らに一礼してくれる。
アレイス部隊長はすぐに入ってしまう。
「ありがとう。君は副団長を呼んできてくれ」
「何かあったら、すぐに駆けつけますので!」
案内してくれた兵士は背中から翼を生やして、飛んでいってしまった。
鳥の種族の獣人族なのだろう。
「さぁ、入ろうか」
「兄さんは随分慕われているね」
「心配されているんだよ。まだ若いからね」
簡易型の家は広いが粗末な作りだった。
木の柱に布を被せただけ。
すぐに畳めて移動するためらしい。
「さて、アレイス。そろそろ兜を取ったらどうだい?コルスが怖がってるぞ?」
「な!それはすまない。すぐに取ろ……あれ?なぜ取れないのだ?すまん、マリス手を貸してくれって、うわぁ!」
足元にあった手頃な大きさの石につまずいて、
後ろに盛大に倒れる漆黒の大鎧。
一連の動作を見てだけど、この鎧はたぶん体に合ってない。
「それ以上動くと危ないぞ。お前、戦闘以はまるでダメなんだから。はい、取れたぞ」
「うぅ……。ありがと」
「やっぱり」
兜を取ると出てきたのは、白髪の魔族の女性だった。
前がよく見えるようになったのか、自分で立ち上がる。
「やぁ。君がコルス君だね。私はアレイス・ウォルテッド。第二部隊の部隊長を務めている。先程は、見苦しい姿を見せてしまってすまない。こう見えても、君のお兄さんよりは強いんだ。これからよろしくね」
「コルスです。よろしくお願いします。アレイス部隊長とお呼びしていいですか?」
「あぁ、どんな呼び名でも構わないぞ」
「黒騎士。作戦を……どんな呼び名でも構わないと言っていたじゃないか」
刹那、兄さんの首元の少し手前に細剣が突きつけられる。
黒鎧の腰元には何もついていなかったので、おそらく魔法で創り出した物だろう。
兄さんより強いは本物なのかもしれない。
「お前に許した覚えは無い。あと、その呼び名はやめろ。せめて、黒騎士ちゃんにしろ」
あまり変わってない気がする。
剣を消して、魔法発動の速度に驚いていた僕に頭を下げてくる。
「コルスはそんな剣の速度には驚かない。怖いのは、たぶんお前の鎧だ。オーガはふつう、機動力を失うようなものは身につけないからな」
「そうなのか!すまないコルス君。今、この鎧を外すから待っててくれ……うわぁ!」
今度は自分の兜につまずいて、頭から前に倒れる。
「はぁ。そろそろ作戦を話し合いたいのだが」
再び、兄さんがため息をつきながら助けに向かった。
騒がしい人だが、悪い人ではなさそうだ。
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