第5話

朝だ。

まだ外は少し暗く、父さんも母さんもマリス兄さんも寝ている。

いつもなら父さんの訓練が始まる時間だが、害蟲駆除が終わるまで休みにするらしい。

「実践訓練か……」

布団の上で思わず呟いてしまう。

家族の前で言ってしまったからには全力で戦うしかない。

マリス兄さんは守ってやると言ってくれた。

父さんも母さんも大丈夫だと言ってくれた。

ラベスおじさんも笑顔だった。

だが、胸の中にある不安はなかなか取れない。

これから向かうのは戦場。

相手は魔蟲だが、敵ということは変わらない。

だから、何が起こるか分からない。

生物は死が近づくと、自分ごと相手を巻き込んで死ぬ習性を持つ。

味方のために、同胞のためにと。

己の名誉のために死を選ぶ。

残った奴らのことは考えずに。

今回の戦いは、死者無しで勝つのは不可能。

それが知り合いかもしれないし、知らないかもしれない。

もしかしたら自分かもしれない。

「考えるだけ怖くなるだけか」

まだ夜は長い。

不安はやがて恐怖になる。

恐怖は体の動きを鈍くする。

そうなれば魔蟲どもの格好の餌だ。

再び寝るのに、そう時間はかからなかった。


村の大広場は広い。

夜が明け、続々と到着した兵士たちがどれだけ集まっても、まだまだ余裕がある。

中央には木製の台座があり、そこに、各族の最高指揮官が並んでいる。

僕は兄さんと一緒に、村の人が並んでいる列に加わった。

「高齢の長老に変わってエルフを纏めさせてもらう。アルーシス・メルロ・エイントスだ。

里ではエルフの戦士長を務めている。此度の争い、絶対に勝とうぞ!」

初めに台座の中央に立って宣誓をしたのは若い細身のエルフ。

エルフは魔法や弓を得意とする部族だ。

過去に沢山の同胞を人間に奴隷にされたことを恨んで魔王軍にいる強力な奴らだ。

「俺はマルハ。オーク達纏める。俺たちは強い!蟲になんて負けない!絶対に勝てる!」

短く、それでも力強い宣誓をしたのは、ずんぐりとしたオーク。

オークと獣人で違うところは、獣が強く出るか出ないかの違いしかない。

簡単に言うと、喋る動物がオークだ。

大楯に槍を構えた彼らの列は、とてつもない威圧感を放っている。

「今回、獣人を率いる大役を承った。獅子族の族長を務めているレイトマルクだ。この戦いが終わったら、是非とも俺たちの村へ来てくれ。

そろそろ桃の木から沢山の実が手に入る。

俺たちの村の桃を食わずに死ぬのは勿体ねぇ。だから、こんな戦いで死ぬんじゃねぇぞ!」

獣人はほぼ人間だ。

違うところとすれば、今回は獅子族特有である2本の尻尾と獣耳が頭に生えていることだ。

過去にエルフと同様に、奴隷にされた仲間を助けるために人間と争い、敗北した。

魔王軍には、過去に人間との争いで敗北し、復讐のために人間達と戦う部族は沢山いた。

「この村の自警団長を務めているメレインだ!

ここが突破されれば次は魔王城。勇猛なる諸君よ!忌々しい蟲どもを殲滅するぞ!」

父さんの宣誓の後は魔王軍だ。

マリス兄さん曰く、

「俺は前に出るような人柄ではないからね」

らしく、今は僕の隣で立っている。

代わりに前に立っているのは、黒い甲冑に身を包んだ性別不詳の何か。

「第二、三魔王連合部隊を指揮する。第二部隊部隊長アレイス・ウォルテッドだ。我ら魔王軍は、決して諦めずに最後までこの目に炎を宿して剣を、槍を相手に向けよう。我らの強さを思い知るが良い!」

黒い籠手が装着された拳を空へ突き上げ、アレイス隊長は後ろに下がる。

「それでは、今回の作戦を伝えます」

父さんの側にいた、女性のオーガがそう言うと同時に、アルーシスさんの後ろにいた護衛のエルフが魔法を発動する。

見事な遮光結界をすぐに張り上げ、漆黒の空に文字が映し出される。

所々で感嘆の声があがる。

「おや?コルスは驚かないのか。初めてこれを見る者は腰を抜かすんだけどね」

実は僕も遮光結界や光魔法にこんな使い方があるのには驚いている。

光魔法を吸い込む結界に、あえて内側から光魔法をぶつけることで、自由に消したり映し出したりできる紙に変えているようだ。

流石に、腰を抜かすまではいかないけど。

「今回は、3つのグループに分かれて襲撃を開始します。前衛はオークとオーガ、魔王軍第三部隊の3つで大型の敵の動きを止めます。エルフはその援護。第二部隊は、現在作戦実施場所を開拓しているためにここにいないゴブリン達と協力して、側面からの奇襲をお願いします」

空に戦場の図や、どの部隊を配置するのかが、次々と上がっていく。

それに応じて、指揮官が采配をして、移動の準備のために動き出す者も現れ始めた。

僕は魔王軍第三部隊に臨時で入るのだと、マリス兄さんが教えてくれた。

暗闇が晴れ、急な光に目が眩む。

「実施場所はここから3時の方角にある山の中腹部にある平野。それでは、各自行動を開始してください。ご武運を」












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