地獄の光景


二度目に意識を取り戻した時、何というか周囲は地獄だった。

航空機の事故なんてものの特集とか見た事もあるが、生身で落ちたせいか、

それは酷いもんだった。

言葉で言い表すには何とも難しく、赤いペンキを辺り一面に流し込んで、

それを更に塗りたくり、それが乾いたら腐敗させて湿らせた最悪な光景。

嗅覚が今でも俺に存在すれば、匂いだけで胃の中の物をぶちまけただろうが、

幸運な事に幽霊である為、そんな事にはなっていない。

だが、そんな事を幸運と思えぬような、吐き気をもよおす光景が飛び込んで来る。

「化け物にとっては楽園ですか」

奴等にとってはそれこそ降ってわいた祝祭。

喰っても喰っても喰いつくせぬご馳走に、化け物は狂喜し、

咆哮を上げては肉を貪り、骨を砕く。

人類にとって最悪な光景に、気持ちの悪さを感じた。

「地獄って言い表すのが適切なんだろうが、何時まで続くんだ」

目覚めてから数時間、終わる事の無い地獄に、慣れてはいけないんだろうが、心が慣れ始めているのを感じてしまった。

本来なら絶望して全てを投げ出して、口でも開けて茫然とするべきなんだろうが、

魂だけの存在である俺にはそうしたものに対する耐性が備わっているのか、

今となっては涙も浮かばない。

「俺も人から見たら化け物なのかもな・・・・」

自分が持つ価値観を客観視しても明確な異常があるわけで、

そんな俺が人恋しいなんてのもまったくもって意味不明。

「でもまぁ、それが人間って事かもなぁ」

あくまで主観でしか測れない愚かな生き物だと憂鬱になるが、

それもこれも悪夢みたいな現実のせいで。

「・・・やりきれん」

見たくもない光景のオンパレードだったが、見慣れている内にある変化に気が付いた。

「なんだあの白いの」

俺の目に映るのは獄の中に浮かぶ白い塊。

ふわふわと重力に逆らい、浮かぶ様は幽霊のなりそこないのようなもの。

直感的に俺と似たような性質のものだろうと理解はするが、見ただけで分かるのはその程度。

ならば後は触れてみるしか無いかと手にした瞬間。

「お、おおお?」

触れた手から流れ込んで来たのは動物の一生。

生まれてから化け物に喰われるまでの記憶と経験。

恐らく、人であれば人生と呼ばれるものが俺の中を駆け巡り、手の中で熱を放つ。

「・・・・まさかこれ、魂とかそんなのに近いものか?」

信仰の類に疎い俺だが、何となくそのような種類のものだと分かってしまった。

本能的な感覚と言うべきか、同種の存在であると理解して・・・絶望した。

「つまり・・・この世界では死ねば意識の無い塊になるのが普通って事か」

最悪な結末に声を荒げそうになるが、結論を言ってしまえば『幽霊』と定義していた存在が、

俺だけであり、それ以外は記憶や経験を宿したただ浮かぶだけの存在に変化するのがこの世界の理であり、白い塊が徐々に消えている事からも、それらに意思は無く、この世界にとってのただの栄養でしか無い事は明白。

「・・・・ふざけてやがるな」

勝手にこの世界に落として、死ねばよし、死なねば殺すという遊び気分。

人の理解の範疇を超えた世界によるものだと本能は理解しているが、納得などできる筈も無い。

俺達は箱庭シミュレーションゲームの住人でも無ければ、戦略ゲームの駒でも無い。

一人一人生きているただの人でしか無いのに、酷すぎる。


「だったら、抗うしかねえよな」

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