和歌山県

第10話 ドッキリ

「ささ!着きましたよー!」

「んー、もうちょっとだけぇー」

「だめです。もう交渉の時間ですよ?」

「んー。あと5分でいいからー」

 翌朝。

 夜行列車ならぬ夜行馬車によって移動していた俺は、オロチの到着を告げる声によって目覚めた。

 しかし寝起きが悪い俺は、二度寝を決め込んで一度開けた目をもう一度閉じる。


 そんな俺を見て、オロチはため息を付いたのがわかった。

 ゴメンな。でも朝くらいはゆっくりさせてほしいんだ。


 そう思いながら、再び夢の世界に再び飛び立とうとしたその時、


「スキル発動。蛇奴隷スネークスレーブ


 ……ん?なんか物騒な声が聞こえたような?


 そう思い目を開けてみると、そこには

「シュルルッ」


 アオダイショウくらいの大きさの蛇が目の前でドクロを巻いていた。



「ヒェッ!たた、たしゅけてぇー!」


 俺は飛び起きてオロチに助けを求めるような視線を送る。

 すると、オロチはニコニコとしながら、

「なるほど…こうしたら大宮神は朝起きるんですね。覚えておきますね!」

「いや、オロチの仕業なんかい!あとこれ、もうやらないよね…?」

「さあ、どうでしょうねー?むちゃくちゃ効果抜群だったので癖になっちゃいそうです。」

「もうやめてください……」


 これからは早起きするから、それだけは勘弁していただきたい。

 そう思いながら、慌ただしく支度を始めた。

          ◇◇◇


「ここ天水分神あめのみくまりのかみがいらっしゃるはずです。」

「へえ…」


 馬車を降りた先にあった神社は随分とごちんまりとしたものだった。

 と言っても比べる対象が昨日までいた天照大神あまてらすおおみかみの棲家――伊勢神宮というらしい――だからしょうがないのかもしれない。


 あの規模のものと比べられたら仕方ないよな、と自分の中の感想をリセットしつつ、鳥居の前にポツンとある井戸の横で天水分神あめのみくまりのかみが出てくるのを待つ。


 今回はどんな姿をしていて、どんな正確なんだろう?


 期待半分、緊張半分で待つ。


 しかし、その神の声は思わぬところから聞こえた。


「おそらくじゃがお主はわしを探しておるのであろう?大宮神」

「うわぁ⁉」


 今日は朝から何回驚かされたら良いのだろうか。

 天水分神あめのみくまりのかみは境内から出てくるのだろうと思っていたのだが、今それらしき人が俺らのすぐ隣りにあった井戸の中からひょっこりと顔を出してこちらを見ている。


 小太りでいかにも陰キャっぽいその女性。

 ただ、天照大神あまてらすおおみかみのときに感じた威圧感に親しいものを感じる。

「……」

 びっくりして声が出ない俺を一瞥して、天水分神あめのみくまりのかみは「話がしたかったらついてこい」と言うと井戸の下に降りていった。


 ―――なんで井戸の下?

 そう思いながらも結局他にどうすることもできないので、俺も井戸の中に入っていくことにした。

          ◇◇◇

 井戸の中は螺旋階段状になっていて地下三十メートルあたりにある水面の高さまで続いていた。


 その一番下まで降りた女性は静かにこちらを向くと、

「もうわかっておるとは思うが、わしが和歌山県の県神、天水分神あめのみくまりのかみである。以後お見知りおきを」

「あ、はい。僕は奈良県の県神の大宮神です。よろしくおねがいします。」


 相手――天水分神あめのみくまりのかみが挨拶をしてくれたから、こちらも返す。


 大丈夫。ここまでは相手が不機嫌になるようなことは何もしていないはず。


 そうやって自分に言い聞かせていると、天水分神あめのみくまりのかみは胡乱な目をこちらに向けながら、

「なんの用なのかは知らないけどさ、私って見ての通り協調性皆無な人間なんだよね。だからさ、あんまり他の神と関わりたくないわけ。」


 と突き放すような口調で俺に言葉をかける。


「でも…」

「は・や・く」

 何故かいきなり不機嫌な天水分神あめのみくまりのかみに困惑しつつ、話を聞いてもらおうとして俺が言葉を発しようとすると、自分のまとっているオーラをより強くしながら、俺に圧をかけてくる。



「その神は比較的穏やかな性格をしているので最初に仲間にするにはいいと思います。」


 きのう、オロチがこうやって言っていた気がするのだが、何だったんだろうか。

 この神は今にも俺のことを無理矢理にでも追い出そうとしてくる。


 パッと、遠くにいたオロチの顔を見ると、彼も顔を真っ青にしている。

 今の現状は彼の想定の範囲外ということか。


 ――え?やばくね⁉

 頼みのオロチが混乱のあまりボーッとのを見て俺の頭は真っ白になる。


 俺の直感が警鐘を鳴らしている。

 ――はやくケリを付けないと、取り返しのつかないことになるぞ、と。


 だから俺はもう最後の切り札を登場させた。

 それは…

「あのっ、これおみやげなんですけど、よかったらどうぞ!」


 自分の荷物に入れていた、紙袋を取り出してそれをさしだすことだった。

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