第5話『シオ、監視を受ける』

「はぁっ!!」

「やぁ!!」

 シオ・タマカズラとレア・アートマンは再び室内訓練場で刃を交えていた。事は五時間前に遡る。


「正式に監視が付くんですか?」

「まあ、そうなっちゃったなーって言う……」

 組織の関東D地区訓練所及び収容所の所長室。サファイア隊は早朝から呼び出しを受け所長の執務室へと足を踏み入れた。待っていたのはエディ・ブラックマン所長とラウ・ハヤマ副所長、そしてエウロス派の上層部研究員アルコルだった。

「監視がないのが一番なんだけど、高域帯の子は暴走した場合周りへの損害が甚大になりがちで……。一人二人腕の立つ人を置かないと上は安心出来ないみたいなんだよね。で、僕自身が付くって話をつけたんだけどボレアス派が介入してきて……」

「アートマン准尉が来ると」

「そう、レオン将軍付きでね」

アルコルはボサボサ頭をぽりぽりと掻く。

「ごめんねタマカズラさん。サファイア隊の皆さんがいるし君の場合は大丈夫って説明したはずなんだけど、沽券こけんと言うかプライドと言うかそう言う話からこじれて……いやぁ、あはは……」

「そうですか……」

ムスッとしたシオの顔を見るとアルコルは両手を見せて慌てる。

「あ、でも! ボレアス派だけに任せるのは嫌だって他の派閥も口を出して来たから、来るのは彼女だけじゃないよ!」

「はぁ!? 他にも来るんですか!?」

「ま、まあね……」

「ちょっと! そこは止めてくださいよ! 上層部なんでしょ!?」

「リザ」

「だって! あたしたちのシオちゃんなのに!」

「私一人しかいないんだから取り合わないでー」

「そもそも人を取り合うな」

「本当にそう……」

シオがしょぼんとしていると、彼女の手をナミが取る。シオが見上げると、ナミは頷いた。

「他の奴には指一本触らせん」

「……えへ」

シオははにかむとナミの手を握り返した。

「あーら可愛い」

「あのー、それで、他の派閥なんだけどね……」


「レアちゃーん。つぎー、ウラリーちゃんなんだからシオちゃんの体力残しておいてよー」

「うるさいわね!」

 シオとレアの試合に言葉を投げる少女がいた。少女は薄茶の髪を丁寧に腰まで伸ばし流れるままにしている。服装はドレープたっぷりのゆるいシャツに、レースたっぷりのロングスカート。年頃の娘らしい格好をした彼女、ウラリー・フィヨン三尉は上司である南風ノトス派のマイアと共にシオを見に来たのだった。

「レアちゃん頑張れー♡ シオー、頑張ってー♡ レアちゃんに負けたらしょうちしないぞー♡」

「どっちの味方なのよあんたは!」

「ど・っ・ち・も♡」

「もう、そのくらいにしときなって」

 ウラリーの横では焦げ茶髪の少女がスポーツウェアを着て座っている。彼女はウラリーと旧知の仲で訓練生時代も共にしたイルムヒルデ・ヴァインツィアル三尉。イルムヒルデことヒルデは己の目付け役、西風ゼピュロス派のエレクトラと共にやはりシオを見に来たのだった。

 マイアとエレクトラは薄金の美しい髪と紫色の変わった瞳を持つ女性たちで、この訓練所へ着くと早々に姉妹だと言うことを明かした。

錚々そうそうたるメンバーですね」

「いやぁあはは……」

困り笑いを顔につけたままアルコルは少女たちの計測を続けている。

「僕がヤポンに行くなら俺も私もって感じになっちゃってね……」

「エウロス派からは高域帯の女の子来ないんですか?」

「僕らは……いや、エウロス派はそう言うの好きじゃなくて。監視とか。だからそう言う子はいなかったんだけど、エレクトラやマイアならともかくボレアス派のアルクトウロスにタマカズラさんを掠め取られると困るから……このまま僕が見ることになるんじゃないかなぁ」

「えっ」

「あっでも僕がこっちに住むし! タマカズラさんのことは引き続きサファイア隊の皆さんにお願いするよ」

「それ、監督はするけどその他は何もしませんってことですか?」

「えーっと、な、なんだろう。遠くからの見守り、かな?」

「ええー」

「ちょっとあんた! 本気出しなさいよ!」

レアにげきを飛ばされたシオは彼女の剣先を軽くかわし溜め息をつく。

「この後二人も相手するのに本気なんて出せません。まだ訓練始めて一週間なんですよ私はー」

「余計にしごいてやるわ!」

「この人ほんとイヤ」

シオはエルとの同調率を格段に上げるとレアの懐に飛び込む。

「きゃーっ! シオやるーぅ!」

「へえ、なかなか強そう」

「私たちより強いかもー♡」


「よろしくお願いしまーす」

「あーん! ヒルデちゃんズルい! 私が先ー!」

「ウラリーまだ着替えてないじゃない」

「だってマイア様の前ならギリギリまで可愛くいたいもん♡」

「はー、全く。あ、彼女ほっといていいから。いつもああなの」

「よろしくお願いします。イルムヒルデさんはウラリーさんと親しいんですか?」

「訓練生の頃から同じところに通ってたってだけ。でも、そうね。仲はいいかな?」

「そうですか」

間延びした会話をしながら少女たちは打ち合いを始める。

「確かに、強いね! ウラリーの言う通りかも」

「同調率が高いといいんでしたね」

「ただ高くてもダメなんだけどね。えーと、許容値は八十九までだったかな? それ以上は危ないんだって」

「どう危ないんですか?」

「体の方が追いつかないんだってさ。軌刃の思考速度に人間が追いつけないって。……っと!」

シオの放った槍の穂先をギリギリでかわすとイルムヒルデは双剣ポルクスを振り抜く。

「いい勘してる!」

「これで本気じゃないんだから怖いですー」

「貴女もそうじゃない」

「私はまだ訓練中なので本気が分かってないんです」

「それは言い訳よ。私たち、他とは違うんだから。打ち合ってれば言わなくても伝わるでしょ?」

シオは考えが筒抜けの相手へむくれた顔を向けて試合を終えた。


 イルムヒルデと交代して、スポーツウェアに着替えたウラリーが双剣カストルを腰にマイアに手を振る。

「マイア様〜。ウラリーの強くて可愛いと・こ・ろ♡ いっぱい見ててね!」

マイアはウラリーに手を振った。

ウラリーは甲高い声を出して喜ぶと、双剣を引き抜きシオに対峙たいじする。

「いっくよー!」

「よろしくお願いします」

「とうっ!」

可愛い掛け声とは裏腹にウラリーは素早くシオの懐に突っ込んでくる。

(この人速いっ……!)

「たぁ!」

剣先をギリギリでかわすとシオは穂先を突っ込む。しかしシオの攻撃はかわされ隙を突かれる。

「ダメダメ、おそーい、よ♡」

エル・エウロパの制御により体をひねったシオは同調率を上げペイルブルーの瞳になる。

「きゃっ! 本気になっちゃった! でも負けない♡」

激しい打ち合いが始まり、シオはエルと呼吸を合わせながらウラリーの隙を狙う。しかしウラリーは二人の連携を上回り、悠々と穂先を弾いていく。

「久しぶりに強い子に会えたかも。ウラリー嬉しい♡」

「シオ、この子強いわ!」

「わかってる!」

「きゃー♡ 軌刃とお喋りしてる! すごーい!」


 ウラリーとの勝負は持久力の差でシオが負け、シオは寝転がって大きく息をしながら汗だくになっている。

「つ、強い……」

「でもでも、ウラリーに一本でも入れた子は久しぶり♡」

ウラリーは肘に近い二の腕のあたりを手で揉む。

「ウラリー強いでしょ? 私もレアも完全に勝てたことないの」

「ちょっと悔しい〜」

「じゃあじゃあ、ウラリーを目標にしてね? シオ♡」

「そうしまーす……」


 シオは少女たちに引き上げられ、立ち上がるとそれぞれから水をもらったり労われたりする。

「いやー……すーごいもん見ちゃった」

「訓練の中ではハイレベルだったな」

 ナミはヘルメットで計測を手伝っていたが、鬼の面を取り出し付け替えて少女たちの元へズカズカと歩いていく。

「ちょっとナミ?」

ナミはシオの肩を掴むと他の派閥の姫君たちから相棒を引き離す。

「な、ナミさん?」

「あー、こら! 男の嫉妬はみにくいんだぞ!」

 ナミは面の下から黙って少女らをにらむとシオを引っ張ってサファイア隊の元へと戻る。

「番犬お疲れ様」

「ば、番犬? ナミさんが?」

「自分の相棒なのに他の子にチヤホヤされたらヤキモチくらい妬くわよ。ねえ?」

「……今回は否定しない」

「あら素直」

ナミがギュッと握った肩を感じ、シオは頬を染める。

「あらー初々しい」

「リザ」

「何よー、本当のことよ?」

「そうではない。派閥の争いで誰が取るの取られるのといったことはナミも苦い思いをしたのだからんでやれ」

「ああ、ごめん。そう言えばあったわね、そんなこと」

「そうなんですか?」

「ナミも高い数値を叩き出したことがあったの。その時に上層部が揉めてね。今回みたいに上層部自ら出ては来なかったんだけど……」

シオが見上げるとナミは面の下でいきどおっていた。シオがそっとナミの服を引くと彼はハッとして少女を見つめる。

「……大丈夫ですか?」

「……平気だ」

ナミはシオを抱き寄せると耳元でささやく。

「親しみやすい印象を持たせておいて人をさらっていく連中だ。油断するな」

「は、はい……」

ナミがシオを解放すると、アルコルが遠慮がちに顔を出す。

「測定結果なんだけど……」

「あ、はい」

「これね。サファイア隊で試合をしたデータと、今の試合ね。三人連戦して今回の方が高い数字をキープしてた。ライバルとしては丁度いいかもねえ……」

「ライバルならいいけど引き抜きはイヤです……」

「引き抜きはないよ。僕から正式に書類出したから。うちで面倒見ますって」

「えっ?」

「いつの間に……」

「目は忙しくても手は暇だからね」

「き、器用ですね……」

 アルコルはニッコリ笑うと再びタブレットをいじり出す。彼は短剣アルコルをまたマイクのように使いながらサファイア隊から離れるとベンチに腰掛け仕事を始めた。

「……何語だろ。八月さん聞き取れた?」

「いや、わからなかった」

「ん?」

「八月さん、英語・ヨーロッパ圏ならどこの国の言葉か大体聞き取れるの。でも分からなかったって」

「ヨーロッパの外の人なんじゃないですか?」

「顔立ちがどう見てもヨーロッパ圏なんだがな……。まあいい。エウロス派が面倒を見てくれるならひとまず安心だ。所長も今日はよく眠れるだろう」

「その、派閥……すごく大事なんですね」

「人生を左右すると言われている。下っ端の我々には関係ないと思われるが、後々響いてくるからな」

「こわ……」

「シオー! 女の子のお喋りはまだ終わってないのよ! 戻ってきなさーい!」

「あー、あはは……どうしよう」

「行かなくていい」

「モテモテねえ」

シオははぁ、と溜め息をついた。

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