第4話-2
サファイア隊とアルコルは室内訓練場に戻り、エルを扱う時のシオの同調率を調べることになった。長く待たされた赤毛の将軍と人形のごとき少女の冷たい視線と苛立ちを受けながらアルコルは口の端を引きつらせる。
「怖いなぁ……あんなに睨まなくてもいいのに」
「あの、ボレアス派とかエウロス派って言うのは何なんですか?」
「え、あー、それ?」
アルコルは傍らに立つサファイア隊をチラリと見て、三人にも聞こえるようシオに話し始める。
「どこの誰を支持するかで上層部も割れててね。一枚岩じゃないんだ。風の神であるアネモイたちに例えて北風ボレアス派、東風エウロス派、南風ノトス派、西風ゼピュロス派って呼ばれてる」
「へーえ」
「ボレアス派は猛る吹雪のごとく過激でね……。僕は仲のいい人が多いのがエウロス派、ってだけ」
「そうですか」
「君は何も気にしなくていいよ。僕、この組織にしては珍しく階級はないんだけどあっちこっち出入りできるし、僕から他の派閥にあんまり新人巡って揉めると幻滅されるぞーって言っておくから」
ふにゃりと笑ったアルコルの顔を見てシオも微笑む。
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ計測しようか。身構えなくていいから普段通りやってみて」
「はい」
シオはスポーツウェアに袖を通すとアルコルの前で舞の練習を始める。アルコルは計測バイザーの機能も持つ眼鏡を通しタブレットでシオの舞を記録していく。
「ヤポンの古い舞踊……かな?」
アルコルは手早くタブレットを連打して上層部に上げられた報告書と照らし合わせる。
「タマカズラ家に代々伝わる舞の一つ……。特別保護区出身なのか。それで」
「……あれは何を?」
「さあ。上の人だからあたしたちの知らない使い方が出来るんじゃない?」
短剣を鞘に収めたアルコルは再びシオの計測に集中していた。
「同調率は体勢にかかわらず静止時五十パーセントから五十五パーセント。神楽の時は七十五パーセントか。久しぶりに見たなぁこの高域帯」
アルコルは室内訓練場のベンチに腰掛けサファイア隊に記録したデータを共有した。
「高域帯って言うんですか?」
「そう。高い水準で同調率をキープ出来る子たちは大体この五十から七十八くらいまでの幅を行き来出来るんだ。そこの、怖い顔してるけどアートマン准尉も高域帯の子だよ」
アートマンと呼ばれた灰の髪の少女はじっとりとシオを睨みつけている。
「……何で睨まれるんですかね私」
「アートマン准尉は感度が高い、ああ、霊感が強い子で……君がエル・エウロパと同調した時に海を越えた本土で何か感じ取ってたみたい」
「え」
「海を越えて? そんなに遠くから感じ取れるものなんですか?」
「彼女は特別で……。えっと」
アルコルはシオをそっと引き寄せサファイア隊と顔を突き合わせる。
「全体から見れば准尉と階級は高めなんだけど、上層部では彼女はレオン将軍とその上司の強い監視付きで実は全然自由じゃないんだよね。見てて可哀想なくらい……」
「あれま」
「タマカズラさんはアートマン准尉みたいなことにならないよう、僕からあちこちに話をしておくから……安心して」
「ありがとうございます」
「お喋りは、終わったの?」
アートマン准尉は冷たい視線でアルコルを睨むとシオに視線を戻す。
「手が空いたのなら手合わせをお願いするわ。タマカズラ二士」
「やーな言い方」
「何か言った?」
「いえ、何も」
「ならさっさと抜いて」
シオがアルコルに視線を向けると、彼は肩をすくめた。
「彼女なりに納得したいんだよ」
「納得……?」
シオは休憩も早々にエルの穂先を下げアートマン准尉の前で構える。アートマン准尉はフリルのついた黒い人形のようなドレスには見合わぬ雄々しい立ち姿で軌刃を鞘から抜き取る。
チリチリと空気が焦げるような気配を感じたシオは思わずエルの柄を強く握る。アートマンは不敵に口の端を上げた。
「さすがに感じるでしょう?」
「その軌刃は……何ですか?」
「これはマルス。軍神アレースの化身。火星の力を受けたマーズ」
「火星?」
「軌刃は全て星の名前よ。知らないの?」
アートマンはそう言うと早々にシオの懐に突っ込んできた。先に反応したエルによってマルスの剣先は弾かれる。軌刃同士が触れた瞬間、シオの頭にはアートマンの記憶が流れ込む。
レア・アートマン。貴族の娘だったが高域の同調率を叩き出したためにボレアス派に目をつけられ、アーチボルト・レオンの主人から強い監視と軟禁を受ける子供。
「貴女も古い血の遺産なのね」
レア・アートマンも軌刃越しにシオの過去を感じ取ったらしく、一度距離を取るとまた剣を構える。
「血の遺産……?」
「遺物を押し付けられた子供のことよ」
「押し付けられてません」
「よほど鈍感なのね」
シオはレアの言葉にムッとした。舞は確かにタマカズラ家代々のものであるものの、剣舞はそもそも男性の舞。シオに舞の才能があると分かった母ナギサはわざわざシオに剣舞を教えてくれたのだ。
(押し付けじゃないもん……)
(シオ、ああ言う子は意固地なの。分からない奴に効くのは殴ることだけよ)
(エルって時々過激だよね?)
ムスッとした顔を引っ込めたシオは目を瞑りエルとの同調に集中する。
(シオ、私たち軌刃の強さはね、使い手が武器を力強く振るえるかどうかじゃないの。私たちとパートナーがどれだけ呼吸が合ってるかの方が大事なのよ)
(うん)
(レアとか言うあの子は強いわ。訓練して来てるから。でも舞をずっと練習して来たシオは別の強さを持ってる。それは私がよく知ってる)
(うん)
目を閉じたままのシオに不意打ちをかけようとレアは再び懐に突っ込むが、体の制御を許されているエルによって剣先は弾かれる。
「っ!?」
眼鏡を使ってシオとレアの打ち合いを記録していたアルコルのタブレットでは、シオとエルの同調率が高まっていくのが計測される。
「七十五パーセントを越えた……まだ上がる……」
サファイア隊もバイザーやタブレットで二人の試合を記録しながらやはりシオの同調率の高さに驚く。
「ねえ八月さん。これって……」
「……あの夜に近いな」
シオは瞼を上げた。海色の瞳はペイルブルーに輝く。
アルコルは叩き出された数値に目を見開く。
「同調率八十五パーセント……! やっぱりこの子は……」
「行くよ、エル」
「いつでもいいわ」
先に仕掛けたのはレア・アートマン。だが今度はシオも踏み込んだ。
「アートマン准尉は調子が悪いかも。いつももっと冷静なのに……」
兵士ではないために警戒心の緩いアルコルは、うっかり二人の近くへ寄ろうとしてオーガスタスに首根っこを掴まれる。アルコルは襟を掴まれたことすら気付かず計測を続ける。
「アートマン准尉は普段何パーセント何ですか? アルコルさん?」
「起立静止時なら五十八パーセント、訓練の時は大体七十二パーセントなんだけど今は七十パーセントを下回ってる。焦ってるのかな? 何だろう?」
「へーえ」
アリザにちょろっと情報収集されたアルコルはデータ収集に
(この人大丈夫? 口軽いけど)
(上層部と言っても兵士じゃないならこんなものだろう)
(そうかしら?)
間合いを詰めていたシオとレアは一度離れ、それぞれに武器を構える。
レアは
「はぁっ!!」
だがその決着はつかずに終わった。シオの喉元にはレオン将軍の大剣が、そしてレアの喉元にはナミの大剣が突き付けられ男二人は互いに護るものを
「戦いに割り込むとは無粋だな」
「先に動いたのはそちらだろうに、よく言う」
フッと口の端を上げたレオン将軍はレアの胸ぐらを掴むと乱暴にシオたちの元から引き離す。
「離して! あの子にはまだ聞きたいことがたくさんあるの! きゃっ!」
レオン将軍は手の甲でレアの頬を張り飛ばした。
膝を折った少女を冷たく見下ろすとレオン将軍はシオにもその視線を向けた。
「片腕を飛ばすことが話し合いか? 化け物の言うことは分からん」
レオン将軍の言葉に
だが彼の肩を掴んで引き留める者がいる。
シオはまだペイルブルーの瞳でナミを見つめていた。
「……っくそ」
ナミは面の下からレオン将軍を睨んだ。将軍はフンと鼻を鳴らすとレアを無理矢理立たせ、ナミたちに背を向ける。
「……帰るんですか?」
「ああ、今回は私用なんでな。そもそも軌刃を振るう許可は降りていない」
「それなら何故、その人の要望を通したの? 引き留めればいいのに」
レオン将軍はシオたちに振り向く。その瞳は冷たくも温かくもなく、落ち着いたものだった。
「血肉を前にした猛獣が肉を食う前に言うことを聞くと思うか?」
「それを躾けるのが保護者じゃない?」
「保護者? フッ」
レオン将軍は鼻で笑うとアートマンを半ば引きずっていく。
「次は公式に許可を取って来る。せいぜい鍛錬しておけ」
レオン将軍とアートマン准尉の姿が見えなくなるとシオは体の力を抜いた。
「……何だったんだろあの人たち」
「さあな」
瞳の色が元に戻るとシオはナミの腕を引いた。
「庇ってくれてありがとうございました」
「……相棒なら当然のことだ」
ナミの言葉と面の下の穏やかな眼差しを見て、シオは嬉しそうに微笑む。
「はーいはい、いい感じのところ申し訳ないんだけど。アルコルさんがまだ計測したいって」
「……今ので足りないのか」
「悪いね。どれかと言えば回数が必要で……。サファイア隊の皆さんにご協力いただけるかな?」
「そう言うことなら相棒の俺からやる」
「ああ、お願いします」
「シオ」
「ナミさんと打ち合いですか!? 出来るかな〜」
「手加減はする」
「うひゃ〜」
シオははにかんでエルの柄を抱きしめた。
サファイア隊と満遍なく稽古をしたシオの記録を持って、アルコルは満足そうに帰った。
「お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま」
アメリカ共和国本土にある屋敷に戻ったアルコルを迎えたのは、人形のように美しくもどこか冷たい表情の女性。メイド服の彼女は金髪を無駄なくまとめ、立ち姿から清潔さを醸し出している。メイドは主人の上着を預かると部屋のように広いクローゼットへ向かう。
「探し物は見つかりましたか?」
「探し物そのものじゃないけど、その痕跡を見つけたよ」
「それはそれは。ようございました」
「それでなんだけど」
クローゼットに上着をかけるメイドを、アルコルは腕を組んで見つめる。
「しばらくヤポンにいようと思う。留守を頼むよ」
「かしこまりました。期間はどれほどに?」
「ひとまず半年。可能なら一年かな。アポを取ってくれる?」
「かしこまりました」
「ありがとう。助かるよ」
アルコルは微笑むと荷物を片付けにクローゼットから離れる。メイドは主人の背をやや見つめて、己の執務室へと姿を消した。
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