第3話-3

 報告書の提出を終えたシオは、オーガスタスから分厚い紙のマニュアルを受け取りサファイア隊専用の個室に案内される。

 豆腐の如きその部屋は、他の隊より小さいながらも装備やロッカーが充実しており、本来なら十人は所属できる小隊なのだと新芽たるシオは感じ取った。

「やっぱり小隊だからロッカーの数は十人分なんですね」

「そうだ。だが埋めるつもりはない」

「どうしてですか?」

「隊長である俺の方針だ。ロッカーは好きなところを取れ。マニュアルを開いたら“授業”を始める」

「じゅ、授業……?」

突然出された聞き馴染んだ言葉に、シオは返って困惑してしまった。


 オーガスタスが壁に備え付けのホワイトボードを使いつつ、組織の大体の構造をシオの若い脳細胞に叩き込んでいく。

組織の最高責任者は本土の大統領。上層部はやや特殊ながらも階級制になっており、地域ごとに収容所兼訓練所が存在しヤポンと本土に分散している。

「結構明確に階級が分かれてるんですね」

「公式の軍隊ではないが、政府の特殊部隊として動く都合上似たシステムを使っている。ヤポンでは士官、准士官、下士官、兵に分けられおおよそは年数で出世していく」

「おおよそ?」

「あたしたちは正式な軍隊じゃなくて、軌刃の適合者たちを組織化しただけ。年上を敬ってる暇がないくらい変動が激しい実力社会なの。だから軌刃を上手く扱えれば階級はトントンって上がってくし、逆にいつまでも下手なら階級を落とされることもある」

「き、厳しいですね……」

「シオちゃんみたいに最初から上手な子は飛び級で上がってくわよ。ナミもそうだったし」

「そうなんですか?」

鬼の面に戻ったナミはシオの視線の先で腕を組んで佇んでおり、静かに頷く。

「俺はお前と違って、軌刃こいつにこき使われているだけだがな」

「それでも成果が出せればいいの。上は大体そう言う考えみたいね」

「過酷ですね……」

「まあねえ。命懸けだしお給料はその分多いけどね」

「……給料出るんですか?」

「出るわよ。もっちろん!」

「あの、でも、オカルト的組織なのは隠してるんですよね……?」

「表向きはね。でも街中で買い物しちゃいけない訳じゃないし、そこまで窮屈きゅうくつでもないのよ」

「あ、外も普通に出れるんだ……」

「新兵が私用で出る場合はそれなりの理由か、上官の付き添いが必要だがな」

「おおう……」

「シオちゃんの場合はしばらくあたしたち三人の誰かが付き添いにはなるけど、気晴らしに外へ出るなら気軽に言って。そうだー、ねえブティック行かない? 新しい服買おうよー」

「リザ」

「何よー。年頃なんだからオシャレの一つ二つしたいでしょー?」

「はぁ……。まあ、リザの私語は置いといて。サファイア隊の方針だが、他の隊がいない時やこう言った会議でもブラックマン二尉、とか天道寺三尉、とは呼ばない。基本は名前だ」

「それは、あの、何故ですか?」

「堅苦しいだろう」

「……そう言う理由?」

「そう。八月さん昔からそう言うの好きじゃないの」

「わかりました……」

シオは手元のマニュアルを見つつ、サファイア隊の階級を照らし合わせていく。

「二尉、三尉、曹長……。私が二士、ですよね?」

「そう。現場に出られるのは二士からだから一番下の階級になってるの。現場に出られない子は訓練生。わかりやすいでしょ?」

「ええ、まあ」

シオは先程まで共にいたトルマリン隊の頭の上に浮かんでいた階級をぼんやり思い出す。隊長はやはり二尉か三尉あたりで、部下達はそれ以下の階級が満遍まんべんなくついていたように思う。

「あの、サファイア隊って下士官以下がいないんですか?」

「さすが、いいところに気付いたじゃない。そうなのよ。サファイア隊は下士官以下は入って来れないと言っても過言じゃないの」

「その、理由は?」

「サファイア隊は救助隊のような立ち回りがほとんどだ。己の身も守れないようなへなちょこは要らん」

「そ、その言葉今の私にはつらいです〜……」

「シオちゃんは大丈夫よ。これから鍛えるから♪」

「えっ」

シオが見渡すとサファイア隊は全員じっと新入りを見つめた。

「本日は出動だったが、明日からは徹底的に訓練とする」

「筋肉痛は覚悟してねー」

「ひ、ひええ……」

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