第3話-2

 サファイア隊はある倒壊した建物の前で足を止めた。

「この建物の中で軌刃らしきモノを見たと市民から通報があった。二度ほど捜索隊が出ているがまだそれらしいモノは発見出来ていない。我々は三度目の捜索隊となる。新兵は事前に決めたバディと二人一組で行動し、都度上司の判断を仰ぐこと」

「サー、イェッサー!」


 トルマリン隊が二人一組の点呼を取る中、サファイア隊は全員で顔を突き合わせる。

「先程の配給と組み合わせを変える。リザは通常通り俺と、ナミはシオと組め」

「了解」

「りょーかい」

「了解しました!」

オーガスタスとリザはやや離れると慣れた様子で打ち合わせを始める。

ナミとシオはお互いを見合って、シオが遠慮がちに手を差し出すとナミはその手を握った。

手から伝わる体温と、互いの呼吸を合わせるように二人は静かに見つめ合う。ナミの仮想空間では新兵のシオのバロメーターと己のバロメーターが見えている。

二人の人間が、歳の違う男女が、軌刃と人間のように周期を同調させていく。

(……不思議な気分だ)

ナミは青いシールドの下にある海色の瞳を想像する。その瞳と見つめ合えば、何物も恐れずに戦えると言う気分になれた。

そしてそれは、シオにとっても同じだった。二人でいれば、何も怖くない。そう思えた。

「……基本、俺の左後ろにいろ」

「はい」

ナミとシオが手を離すとオーガスタス隊長が頷く。

「サファイア隊、点呼」

「一」

「二」

「三!」

「四。全員を確認。トルマリン隊の点呼が取れ次第、建物に侵入。軌刃の捜索を開始する」

「了解」

「イェッサー!」


 倒壊したコンクリートの建物は自然に還ろうと埋め込まれた植物の芽を一斉に伸ばしており、滑るところも多々あるからか先に来た捜索隊によって足場が組まれていた。

「すごーい。これ前の小隊が作っちゃったんですか?」

「そうだ」

「おお……」

サファイア隊を先頭に彼らは時に段差をよじ登ったり、壁を伝う縄梯子なわばしごを登ったりと体力を消費しながら上へ上へと移動する。


 だがとある階数に至ると、道らしい道がパッタリとなくなりコンクリートと植物がただ剥き出しになっていた。目の前には建物を最下層まで貫く断崖。トルマリン隊の新兵のうち、二人ほど高所恐怖症なのか身を震わせている。

「たたた隊長、ここ渡るんですかぁ……!?」

「無理なら家に帰るか?」

「い、いえ!!」

サファイア隊は隊長とナミが腰に括り付けていたロープを取り出し、己とバディの腰に装着していく。

「あの、もしかして先に行くの私たちですか?」

「もちろん♪ 後輩に道を作ってあげるのもあたしたちのお仕事」

「お、おお……」

「シオ、リザの動きをよく見ておけ」

「は、はい! 隊長」

アリザは腰に種類の違うロープを四、五本付けた状態で長い助走を取り、走り幅跳びの要領で飛び上がるとシリウスの空砲で反動をつけ一回転し対岸へと渡る。

「うおお!!」

「すご……」

受け身を取って着地したアリザはそのまま建物の支柱へ向かい、腰につけた縄を組み合わせて向こう岸のオーガスタスと共に山岳隊が使うような頑丈なロープを組み上げる。

「おお……」

「シオちゃーん! お姉さんのところに飛んでおーいで♪」

アリザが柱の近くで手を振るのを見て、シオはオーガスタスとナミに振り向く。

「棒高跳びは出来ていた。エルがいるならこのくらいの距離は容易いはずだ」

「当然よ」

「り、了解です。……エル、手伝ってね」

「もちろんよ。シオが落っこちたら困るもん」

シオは早足で長い助走距離を確保すると、エルを構えて息を整える。

(集中、集中……)

サファイア隊の仮想空間ではシオの身体バロメーターが映っている。

シオが深呼吸を繰り返し、大きく息を吐いて静かになると軌刃との同調率がジワリジワリと上がり始める。

(ほーんと、普段から高いのに更に上がっちゃう訳?)

シオとエルの同調率が六十を超えた時、シオは走り出した。

棒高跳びの要領で飛び上がった彼女はエルを離すことなく空中で身を捻り、槍を振って反動をつけながらもう一回転。落下しながら槍の柄を下腹部に巻き込み受け身を取って転がり、エルを低く構えた状態で片膝をつき見事に着地した。

「お見事!」

「で、出来た……!」

アリザに指示を受けながらシオは同じ支柱に縄をアリザとは反対周りに巻いていく。トルマリン隊の新兵たちは同じ新兵でありながらとんでもない技を披露した少女を見て呆気に取られていた。

「……お前あれ出来る?」

「無理」

新兵たちのぼやきを聞いてトルマリン隊の隊長は首を横に振る。

「お前たち、マニュアルの半分も読んでないな?」

「す、すみません……」

「帰ったら読んでおけ。サファイア隊は精鋭だけの特殊部隊だ。我々とは役割が違う。あそこに入れられた新人ならあのくらい出来て当然だ」

「すげー……」

「サファイア隊、ロープの固定完了しました!」

「……ロープの固定をトルマリン隊でも確認。本隊新芽は訓練通り! ロープとスリングを使い速やかに進め!」

「サー! イェッサー!」


 と元気よく返事をしたものの、高所恐怖症の新兵たちは体を上官や先輩のバディとハーネスを繋いで固定して渡ることになり、全員が渡り切るまではそれなりに時間がかかったうえ膝は笑ってしまっていた。

「ここ帰りも通るんですかぁ……!?」

「そりゃそうだろ」

「やだぁ……!」

「ふふ」

シオは笑ってはいけないと思いつつも生まれたての子鹿のように震えているトルマリン隊の新兵を見て口元に手をやる。

トルマリン隊が全員渡ったのを見てからナミ、オーガスタス隊長が渡り、男性二人はバディと繋いだ最後のロープを付け直す。

「これは外さないんですか?」

「黄色のロープは外さない。この建物は崩落の危険性も高いので片方が落ちてもすぐ引っ張り上げられるようにしておく」

「なるほど……」

(さらっと怖いこと言われたけど、まあ……)

シオは留め具の具合を確認し終わったナミの横顔を見る。

(うん、大丈夫)


 トルマリン隊の歩兵を前にしてサファイア隊は最後尾を進む。張り詰めた空気のまま二つの小隊が進んでいくと、床にいくつもの小さな穴がある駐車場のような広い場所に出た。

「これは戦った跡……か?」

トルマリン隊が警戒しつつ進む中、シオは身を震わせナミにしがみついた。

「シオ?」

「こ、ここ……怖い……」

シオのバイタルリズムが大きく乱れたのを見て、ナミはすかさず彼女を抱き寄せ姿勢を低くする。

「隊長っ……!」

「全体、防衛の陣を取れ! 前方に警戒!」

サファイア隊隊長オーガスタスが叫ぶとトルマリン隊にも緊張が走る。

「な、なんかいるんすか……?」

「分からん! ボウルズ二曹! 嫌なものは感じるか!?」

「自分は何も感じません!」

ナミは体を小刻みに震わせるシオのシールドを上げ、己のシールドも上げて目を合わせる。

「シオ、シオ。俺の目を見ろ。他は何も見るな」

「呼吸が浅くなってる……。シオちゃん、息を深く吐いて。とにかく息を吐いて」

ナミとアリザの指示を受けシオは目元に涙を溜めながら目の前のナミと息を吐くことに集中する。

「よし、よし。いいぞ……その調子……」

シオのバイタルリズムが戻って来ると、オーガスタス隊長はアリザにハンドサインを送り二人一組でトルマリン隊の左右に展開する。

「オーガスタス隊長、指示を!」

オーガスタスは視線だけでシオの様子を確認する。己が死にかけた時でさえ取り乱さなかった少女が、まだ立つこともままならない状態を見て彼は警戒心を強める。

「撤退する」

「撤退開始!」

「サー、イェッサー!」

ナミはシオを自分に縛りつけると片腕で支え、トルマリン隊を先導し部屋から出て行った。


 二隊が出来る限り素早く建物を降り、建物から全員出た時だった。パラ、と小さな埃が舞う。

「全員、退避ー!!」

駆け出す兵士たちの後ろで建物が倒壊し始める。兵士たちが他の建物の陰で大きな土埃からお互いを庇いながら静かになるのを待つと、建物のあった場所はすっかり瓦礫の山と化していた。

「こっ……ええ〜!!」

トルマリン隊の新兵、ヴィンスは相棒のロニーを抱き寄せ力の限り抱きすくめる。

「……危なかったな」

ヴィンスとロニーは物陰でナミに抱擁されているシオを見やった。シオは先程の活躍と打って変わってナミにしがみついて震えており、自分たちとそう変わらない普通の女の子に見えた。

「なんか、不思議な子だな」

「そうだな。そろそろ離せヴィンス」

「怖いからもうちょっとハグしてていい? ぬはぁ!」

ヴィンスはロニーに鳩尾を殴られ脱力した。

オーガスタスは倒壊した建物の上空を見上げる。チラリと見えた黒い何か。

その姿の詳細が確認出来ないまま、影は上空の彼方へと消えていった。

「…………」

「八月さん?」

「何か見た。何かは分からん」

「えっ、こわ」

「……帰って報告しよう。シオの世話はナミに任せて、俺たちは所長のところだ」

「了解、ボス」


「大変だったねぇ」

 オーガスタスとアリザのバディが報告へ向かうと、所長は執務室で紙にガラスペンを走らせていた。

「例の新人、かなりいい感度をしていそうとは思ったけど本当にサファイア隊に混ぜて正解だった」

「軌刃らしき物を見たと言う報告がありましたが、俺もそれらしい細長い影を見ました」

「細長い。剣かな、槍かな?」

「形状までは確認出来ませんでした」

「そっかー……」

所長は書き物を終えるとガラスペンの手入れを始める。

「適合率の高い子には死人を減らすタイプと生者を連れ帰るタイプがいるけど、前者ならルビー隊だし後者ならサファイア隊だなと思ってたんだよ。ミズ・タマカズラは後者だね。引き続き育てておいて」

「承知しました」

「今回の処理ってどうなります?」

「んー……経年劣化で脆くなってたところを捜索で刺激しちゃった、ごめんなさい☆ って感じかな? 上にも政府にも余計なこと言いたくないし」

「了解しました」

執務室の扉を叩き音がして、丸眼鏡の副所長が顔を出す。

「失礼します。所長、本日のD-6地区配給の報告が上がって……ああ、いらっしゃいオーガスタスくん。アリザさん」

オーガスタスとアリザは副所長に頭を下げる。

「わざわざ口頭で報告に?」

「はい。新人のことで少々」

「そうですか。彼女、調子はどうですか?」

「悪くはありません。もう戻るので、詳細はこちらに」

オーガスタスはタブレットから記録端子を引き抜くと副所長に手渡す。

「ありがとうございます」

「いえ、こちらこそいつもありがとうございます」

副所長は丸眼鏡の奥で柔らかく微笑む。

「また今度お茶でも」

「はい。ありがとうございます」


 オーガスタスとアリザが執務室から出て長い廊下を進むと、突き当たりの簡易休憩所では黒いキャップに黒マスクのナミと紙コップの水面を眺めるシオの姿があった。

「珍し〜! ナミがお面取ってる!」

ナミはチラッとアリザを見ると、隣に腰掛けるシオに視線を戻す。

「ああ、目元が見えるように気を遣ってあげたの? ふーん?」

アリザは長年の経験でナミの言わんとすることを汲み取るとニヤリと口の端を持ち上げる。

「……何だその笑い方」

「いやー? ナミくんがシオちゃんには優しいなぁ〜? と思って♪」

「ひやかすな」

「だって本当のことだし? ねえ八月さん?」

オーガスタスは溜め息をつくと、元気のないシオの隣に腰掛ける。

「先程の報告書だ」

「え……あ、はい」

「ここに名前を書いておけ。それから、強烈な恐怖を感じて身動きが取れなくなった、とも書け」

「……すみません」

シオは暗い顔で更にうつむく。

「もうちょっと、現場でも役に立てると思ったんですけど……」

「恐怖と限界を知るのも訓練の内だ。それにお前が動けなくなったおかげで、死傷者はゼロだ。所長も褒めていた」

「八月さんの言う通りよ。シオちゃんがあそこで何かを感じてなかったら、あたしたち一人残らず病室送りだったわ」

「…………」

シオは暗い顔ではあるものの、オーガスタスのタブレットに名前と撤退理由を書き留める。タブレットを受け取るとオーガスタスは頷いた。

「所長には口頭でも仔細を説明しておいた。それで先程の動けなくなるほどの恐怖についてだが、詳しく書いて個人的にも報告を上げて欲しい。すぐにとは言わん。今週いっぱいかかってもいい」

「詳しく、ですか?」

「どう怖かったか、と言うことだ。書き上げるのはゆっくりで構わないが決して嘘や誇張は書くな」

「……わかりました」

オーガスタスはシオの背を軽く叩くと腰を上げる。

「腹が減った」

「あたしもー。ちょっと早いけどご飯にしよう。いや、遅いのか今日は」

「倒壊後の処理で二時間近くズレたからな。仕方ない」


 サファイア隊が普段より遅れて食堂に顔を出すと、トルマリン隊やエメラルド隊も彼らと大差ない時間に食事を取っていた。

シオとそう変わらない年頃の新兵たちは席を寄せて食事とお喋りを楽しんでいる。

「あ!」

「おい、来たぞ!」

トルマリン隊の新兵たちはエメラルド隊の新兵たちとサファイア隊をこっそり指して話を弾ませる。

「あの子? ふーん?」

「美人だな……」

「だろ!? いやそうなのか!? よく見えなかった!!」

「やめろヴィンス。俺が恥ずかしいだろ」

「声かけるなら今だって、今!」

サファイア隊が食事を持って席に座るとここぞとばかりにヴィンス・アーサーは隊長に断ってロニー・砂川サガワと席を立つ。


「お疲れ様です!」

 ヴィンスはサファイア隊の元へ行くと敬礼をして人懐っこい笑顔を見せる。ロニーはその横で渋々敬礼をする。

「トルマリン隊アーサー二士にしです!」

「同じく、トルマリン隊砂川二士です」

「さっきの新兵か。用件は?」

「はい! タマカズラ二士のおかげで無傷で済みましたので、感謝を伝えに!」

新兵たちをポカンと見上げていたシオはアリザに促されて立ち上がる。

「あ、いえ……ご無事で何よりです」

(おおお〜めちゃくちゃ可愛いぞぉこの子!!)

ヴィンスに背を何度も叩かれるロニーは顔を赤くして目を逸らす。

「じ、自分からも感謝を……その、ありがとうございます」

「いえ、その……足手まといになっちゃって」

「ええ!? とんでもない! 全員無傷ってすげえっすよ! な、ロン!?」

「そ、そう思います……」

緊張した面持ちで立つ青年たちを見て、シオはふっと微笑む。

(笑うともっと可愛い〜!!)

「皆さんにお怪我がなくて何よりです」

「本当に! どうもありがとうございました! じゃあ自分たちはこれで!」

「あ、ど、どうも失礼します……」

青年たちを見送り、シオは席に腰を下ろす。

「ね? 今日は役に立ったでしょ?」

「そうみたいですね……」

「まだ実感薄い?」

「うーん……」

一度表情が和らいだのに、シオは再び顔を曇らせる。

「ほとんどナミさんにしがみついてるだけでしたし……」

「そこは……役得じゃない?」

「ぶっ」

ナミは珍しく咳き込み、オーガスタスは溜め息をつく。

「リザ……」

「え? 何よ? 本当のことでしょ?」

「え? え?」

「えー? どう思うナミくん?」

シオはよく分からず上司たちの顔を見渡すばかり。ナミは急いで水を飲み干し、アリザはニンマリ顔でそれを見つめる。

「ひやかすな!」

「ひやかしてないわよー。楽しんでるの♪」

「同じだろうが……!」

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