第2話-2

 シオは食事後、スウェットからまた入院着のようなものに着替え大掛かりな機械だらけの検査室に連れられる。ライムグリーンの壁に囲まれ、傍らにはアリザのみ。男性二人は廊下で待機している。

「何を調べるんですか?」

「適合率って言って、軌刃とどの程度同調出来てるか調べるの」

「同調は高い方がいいんですか?」

「それがねぇ、高すぎてもダメなの。程よく? 軌刃を振るってる時は八十パーセント前後が理想値」

「ほー……」

「タマカズラさん、どうぞ」

「あ、はい」

検査医に案内され、シオはガラス越しにアリザを見ながら筒状の検査室に入れられる。

(エルが入ってたケース思い出しちゃうな……)

閉じ込められはしないけど、と考えていると白い光が背後で上下を繰り返す。その後カチッカチッと金属を叩く音が続き、シオはあっという間に解放される。

「早かった……」

「お疲れ様〜。じゃあ次の検査ね」

「え」

アリザはニンマリするとスウェットではなく体のラインが出るスポーツウェアを差し出す。

「次は身体検査。主に運動能力の計測」


「よーい……」

 ピッと吹かれたアリザの笛の音でシオは室内運動場を走り出す。ゴールでは計測器の画面を眺めるオーガスタスとナミが待ち構えている。

シオが通り過ぎると計測器が鳴り、結果を画面に表示する。

「百メートル十二秒ジャスト」

「女子陸上部並みだな」

シオは余った勢いでぐるっと回ってくるとオーガスタスたちの元へ戻ってくる。

「何秒ですか〜?」

「十二秒丁度だ」

「あれ、本当ですか? 今日は調子いいな」

「陸上部だったのか?」

「運動部にはよく誘われましたがどこにも所属してません」

「もったいないな。何故だ?」

「いやぁ、ドロドロした関係とかギスギスした派閥の対立とか本当イヤなんですよ……。最悪生き霊とかになるんで」

「ふむ、それでか」

「はい……」

「あと二回計測するよー!」

「はーい!」

三回の計測の結果、シオの百メートル走平均は十二秒半。

「他に得意な運動は?」

「ダンスと体操系は一通り出来ます。体は柔らかくしておけって家訓かくんなので」

「ふむ。では、苦手な運動は?」

「球技かなぁ……ボール蹴れなくて」

「ふむ」

オーガスタス隊長は質疑応答と計測結果などをタブレットに打ち込んでいく。

「では苦手な方から計測だ」

「えー」

「得意科目が残っている方がやる気が残るだろう」

「うう、はい」


 シオはバスケット、サッカー、バッティングと計測していき、最後にダンスに取り掛かる。

「この職にダンスはほとんど関係ないでしょ八月さん」

「念のためだ」

曲と道具選びはシオ自身で行い、彼女は曲をかけると木刀を片手に構えを取る。

「……ダンスって言っても」

「剣舞だな」

シオは厳かな音に合わせて栗色の髪を広げ水のように、風のように舞う。一曲分、四分から五分ほどを終えるとふぅと息をつく。

「シオ……とっても綺麗!」

「ほんと? へへ、ありがとー」

「私もやりたい!」

「じゃあ隊長に聞いてみようか? あの、八月さーん。エルも一緒に踊りたいって言ってるんですけどいいですかー?」

「構わん。試してみろ」

「はい! 良かったねーエル。そしたら姿は槍の方が嬉しいんだけど……」

シオは同じ曲で、今度は槍の形状に戻ったエルを手に舞を始める。

少女は時に栗色の髪を振り、槍のエルと手を取り合い、清流のように舞う。そしてその海色の瞳は、淡く青白く輝く。

「巫女さん?」

「かもな」

「神職系は適合率高いけど、飲み込まれやすいからだったよね?」

「そうだな。上層部にはシャーマン系や魔女、魔法使いの子孫とされる者たちもいるが……」

シオは先程の真剣な顔つきと違い、エルと楽しそうに舞う。

「嬉しそうだ」

「そうだね。計測なの忘れてるみたい」

「上層部とはそこが違うな」

「仔細は秘密だろうから、要点だけ聞きたいかな」

「上層部の人間は楽しむという原始的な感覚は早々に捨て去っている」

「あー、堅いもんね」


「サファイア隊の皆さん、お疲れ様です」

 室内運動場に先ほどシオの適合率を計測した検査医がやって来る。

彼女は舞い続けるシオを見て、口をむすぶとオーガスタスに「こちらを」と検査結果を差し出し早々に立ち去った。

「結果は?」

「……起立静止時で四十八パーセントから五十二パーセント」

「げぇ」


 シオは舞を終えると満足そうに息を整えながらサファイア隊の元へ戻ってきた。

「いやー久々に踊ったな〜。エルも踊り上手だった! うんうん! 本当! またやろうねー」

「適合率の検査結果出たわよ」

「本当ですか? いくつでした?」

「起立静止時、四十八から五十二パーセントだ」

「……えーと」

「軌刃と一緒に戦ってる時の理想値が八十パーセントね」

「高い、ですか?」

「多分上層部の人でも数人しか出さない数字」

「わぁ」

シオはフェイスタオルがかかった肩に槍のエルを立てかけ、飲み物をストローでチュウチュウと吸い込む。そんな少女を目の前に、サファイア隊は顔を突き合わせる。

「剣舞を基本とした立ち回りならルビー隊がやっていたな。頼ってみるか」

「えー、あそこと合同ですか? あたし嫌ですー」

「元親友との私怨は今は引っ込めろ。シオの訓練が最優先だ」

「ぶー」

「あの」

「何だ」

「エルが、踊りでなら槍の姿になってもいいって言ってます」

「そうか。では舞踏の訓練を最優先とする」

「だって? ……そう? まあ小さい頃から練習してたからなー。自慢じゃないけど、ふふん」




「隊長……、リザ!!」

 ナミはあの日、血塗れで倒れたシオの腹に生体ジェルを打ち込んだ。失血死を免れたもののシオには意識がなく、ナミは本来自分に使うはずの医療器具を彼女に使ってしまい己もあわや死ぬところ。

「ナミ!!」

オーガスタスが撃ったアルタイルの狙撃と、駆けつけたアリザの銃撃によって槍型の軌刃はナミの体から退く。その隙にアリザはナミの背後から生体ジェルを打ち込んだ。

胴体が繋がったナミは安堵してふらつくものの、すぐにシオの体を抱き上げる。

「脇引っ込んでて! 無茶しないでよ!」

「わかっ、た」

一歩でも二歩でも現場から離れなければと、ナミは少女を抱き上げて歩いた。

やがて脇道に入り家の壁に背を預けると、ナミはシオの体を抱きしめた。

「死なないでくれ……死なないで……頼む」

青年はそうして、軌刃がオーガスタスとアリザによって捕縛されるまで、少女の体をこすって温めながら祈り続けた。




 夜半、ふと目が覚めたアリザは食堂に飲み物を買いに部屋を出る。何人かなかなか寝付けない、もしくは夜間勤務の者たちとすれ違いながら食堂に辿り着くと、彼女の目に見慣れた背中が映る。テラス席の一つに近寄ると、アリザは購入したカフェオレを差し出した。

「……起きていたのか」

「あんたもねー」

ナミはカフェオレを受け取ると一口すすり、カップを握りしめる。

「……舞と言うものを初めて見た」

「あたしも初めてよ」

「あいつが保護区にされている理由は、あの舞だと思う」

「そうでしょうねぇ……」

「あいつは、強い」

ナミは水面をかげる瞳で見つめた。

「動きでわかる。無駄がない。あの精度を出すまでにあいつは、毎日床を蹴り刀を握ってきたはずだ」

「そうねえ……」

「あれを積み重ねてきて、あいつはそれを自慢しない。俺とは違う」

「あんたも強くなったわよ」

「俺は、昔からダメだ。心の底に穴がある」

「そうかしら? 真面目なだけだと思うけど」

「…………」

「生まれの違いを嘆くならやめなよ?」

「それも一因ではある」

「だとしても、恨むのは筋違いよ」

「恨みはしない。だが……」

ナミはカフェオレの水面に映る鬼の面を見つめた。

「既に、背中が遠い」

仮面をずらしカフェオレを一気に煽るとナミは席を立ち上がった。

「ご馳走様」

足早に立ち去った彼に、アリザは肩をすくめた。

「力み過ぎなのよ、ナミは」

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