第2話『シオ、相棒を得る』

 シオ・タマカズラは病室の天井を見上げていた。昨晩の夢を不思議に思いながら右手を見やると、冷たい金色が蔦のように、川のように流れる群青の美しい金属の手袋が己の腕を覆っていた。

「あ、おはようシオ!」

「……おはようエル。やっぱり夢じゃなかったんだ」

「シオは夢を見てたのよ? でも、約束は本当」

「そっか」

シオは昨日と打って変わって軽くなった体を不思議に思いながら上体を起こした。

「お腹の痛いの取れてる……」

「シオの怪我は治しておいたわ」

「エルが?」

「そうよ。私、そう言うの得意なの」

「へー、すごいな」

シオはうーんと体を伸ばした。腹の痛みどころか、体の隅々まで今までにないほど軽やかでシオは驚く。

「ああ、すごい。体が軽い」

「そうでしょ!」

エルは誇らしげにふふんと胸を張った、ような気配をさせた。


 二人が話し合っていると病室の扉が開かれ、褐色肌に白髪の男性、オーガスタス隊長が顔を出す。

「あれ、お面の人じゃない」

「オーガスタス・ブラックマンだ」

「シオ・タマカズラです。初めまして」

「名前は知っている。体調はどうだ」

「いやーもう軽くて軽くて。羽のように」

「そうか」

表情の変化に乏しいながらも整った顔立ちのオーガスタスをシオはまじまじと見つめた。

(お面の人と話し方似てるなぁ……)

「あの、お面の人は?」

「ナミならじきにここへ来る。リザ、昨日の金髪も一緒に来るだろう」

「……名前、教えてもらえるんですか? 言っちゃってますけど」

「お前はもう客ではないからな」

「ん? ……はー、なるほど。エルみたいな子とすると有無を言わさず職員になるんだ? ここ」

「……それは誰から聞いた?」

「今エルに聞きました」

軌刃きじんと会話が出来るのか」

「キジン?」

「お前が言う、エルのようなモノのことだ。大概は武器の形をしていて、特殊な能力をそれぞれに持っている。俺の弓もそうだ」

オーガスタス隊長は背にかけた大弓をシオに見せる。

「おおー。……君、名前は?」

「何?」

「アルタイルって言うのか! カッコいいなー! 空飛ぶワシって感じだ! ……え? 本当にそう言う名前? へー」

(この娘……)

「まさか、アルタイルと話しているのか?」

オーガスタスが振り向くとシオはきょとんとした表情を見せる。

「そうですけど」

「契約外の軌刃とも話せるとは、不思議な奴だ」

「ん? ……へー、普通他の人とは話せないの? ふーん? 何でだろうね? 不思議ー」

オーガスタスはじっとシオの顔を見つめた。まだ成人に満たない少女は彼の視線に気付くと首を傾げる。

「何ですか?」

「何度か、軌刃と高い適合率を見せる人間を見聞きしたが……お前は他の者より更に適合率が高そうだ」

「ふうん?」

「今後何度も検査されるだろうな。まあ、覚悟しておけ」

「検査?」


 口を開きかけたオーガスタスを遮るように、病室の扉が再び開かれる。

「おはようござい、おーっと、おはようシオちゃん」

「おはようございます。リザさん」

「よろしくー! あたしアリザ・天道寺てんどうじって言うんだ。隊長からある程度事情は聞いた?」

「隊長?」

「八月さん。オーガスタスだからオーガストで八月。あたしとナミの上司で、小隊サファイアの隊長さん。で、あたしの相棒♪」

「……朝からリザがやかましくて済まない」

「葬式みたいな空気よりいいでしょって。あ、着替え持ってきたの。寝間着じゃさすがにアレだから着替えて。外で待ってるから。ご飯も一緒に行こう」

「あ、はい。わかりました。エル、着替える間どうする? 外していい? ……やだ? うーん……じゃあ着替えの邪魔にならないところに動いて欲しいかな」


 受け取った着替えを広げ、独り言ちるシオに首を傾げるアリザの腕を引っ張ってオーガスタスは廊下へ出る。戸を閉めると、彼は相棒かつ部下のリザに先程見聞きしたことを伝えた。

「軌刃と明確に会話出来てる? ホント?」

「与えていない情報を口にしていた。俺の弓がアルタイルだと言うのも、飛ぶワシと言う意味なのも本当に聞いたように……いや、聞いたのだろう。口にしている」

「契約外の軌刃相手にも話してるって言うの?」

「そうなるな。我々ですら適合率には差がある。あの娘は特異な何かがあるのだろう」

「へー、すごい。もしかしてそう言う血筋?」

「呪文の件もある。可能性は高い」

「ワオ」


 サファイア隊の隊長と実質の副隊長が話していると、遠くから大股で歩いてくる鬼の面を被った者がある。

「お、ナミ。おはよう」

「おはようリザ。おはようございます、隊長」

「おはよう」

ナミは扉の前で留まっているオーガスタスとアリザを見ると、扉の向こうに視線を向ける。

「お嬢さんは着替え中」

「……そうか」

「あんたにしては随分気にしてるわねー。惚れちゃった?」

「ひやかすな」

「だって美少女だもん。ねえ八月さん?」

「見事な栗色の髪ではあるな」

「もー、素直に可愛いって言えばいいのに」

ナミはオーガスタス隊長に視線を戻す。

「……上からの命令は?」

「所長直々の命で、シオ・タマカズラの訓練及び世話は我々サファイア隊に一任された」

「え? いきなり? 他の訓練生と混ぜないの?」

「ナミや未回収の軌刃と遭遇した時、彼女は普段なら通らない道を通ったそうだ」

「つまり?」

「サファイア隊と関わるべくして関わった可能性が高い、と所長は考えている。何かしらの特異体質と言う推測もあるし、検査の時ほかの派閥に手を出されると困るからな」

「なるほど。八月さんの手元に置いておけば監視も保護も一度に出来て、気軽に呼び出せるし便利ってこと?」

「そうだ」

「りょーかい。女の子だしデリケートなところは任せて。あとはナミが大半面倒見なよ?」

「何でそうなる」

「懐かれてるから。あと、あんたも懐いてるから」

「懐いてない」

「ウソウソー。顔に書いてあるわよ、か、お、に」


 ナミがアリザに反論しようとした時、病室の扉が控えめに開かれる。

「着替え、終わったんですけど……」

「ああ、ごめんごめん」

 サファイア隊の面々が扉から離れると、シオは頬を赤くしてスウェットの裾を伸ばしつつ部屋から出てくる。

「お? 何? 照れてる?」

「いや、そのー……話ほとんど聞こえちゃったので……」

「……部屋は防音が効いてるはずだが」

「え? ウソ。あー、またか……聞きやすい作りなのかな……困ったな」

「聞きやすい、とは?」

「あ、いや、こっちの話なので」

苦笑いをして両手を上げたシオに対し、オーガスタス隊長はじっと少女の顔を見つめる。

「検査前に質疑応答もある。今のうちに話せることは話しておけ。何を上層部に共有するか、しないかは隊長である俺が判断する」

「え、えーと……」

「ほらここ、軌刃と関わる人たちばっかりだしオカルトな話も真面目に聞いてくれるよ? 霊が見えますーとか特別不思議じゃないの」

「……本当ですか?」

「うんうん、本当」

「そう、なんだ。……白状すると、霊媒体質です。生まれた時かららしくて、ホント昔から」

「あーやっぱり? そんな気はした」

「ナミさんも視えます……よね?」

オーガスタスとアリザは目を丸くしてナミを見る。

「お、俺は何も言っていない」

「シオ、何故そう思った?」

「何となく……。同類の気配と言うか……」

「へー、そうなの。当てちゃってるのがすごいわね」

シオは居た堪れない様子でスウェットの裾をいじっていたが、オーガスタスの隣やアリザの背後、ナミから人一人分離れた位置にチラチラと視線を向けた。

「……あの、軌刃さんたちにもご挨拶したいんですけど」

「え? ああ、いいよ。ね? 八月さん」

「構わん。が、律儀だな」

「えーと、それじゃあ……」

 シオは悩んだもののオーガスタス隊長の元へやって来る。シオの瞳にはアメリカ南部民らしい出で立ちのオーガスタスの隣に、見事な鷲の羽のマントを着た大柄な白肌茶髪の男が映っている。

「よろしくお願いします、オーガスタスさん。アルタイルさん」

「うむ、よろしく頼む」

「長いだろう。ガスでいい」

「あ、うーん……私あんまり名前を縮めて呼ぶの好きじゃなくて」

「ほう?」

「他の単語と混同するくらい短縮すると本質とズレるので……。呼ぶならまだ、八月さんの方がいいかなと思ってます」

「好きに呼べ」

「ありがとうございます。それなら名前を呼ぶ時は八月さんとお呼びします」

 シオはオーガスタスたちに頭を下げるとアリザの前に立つ。金髪碧眼の女性の隣には全体的に色の薄い、金の長髪に白肌のスレンダーな男が紺の鎧下姿で立っていた。

「よろしくお願いします、アリザさん。えと……」

「私はシリウス。よろしく、レディ」

「はい、シリウスさん」

「おお、本当に会話出来てるっぽい」

シオの視線を受け取るとオーガスタスは頷く。

「全員が全員己の軌刃と会話は出来ない」

「そうなんですね」

「ねえねえ、あなたから見てシリウスってどんな感じ?」

「うーん、王子様みたいかな? イケメンで鍛えてて……ほどよくマッチョで? 爽やかな」

「へーえ! じゃあその王子フェイス共々、よろしくねーシオちゃん」

「はい、よろしくお願いします」

 シオはナミと、ナミから離れた位置に顔を向けるものの、怯えた様子でナミの手を握り隠れるようにそばに立った。

「……どうした」

「ナミさんの軌刃さんは、ちょっと怖くて」

「怖い?」

ナミから離れて立っていたのは、近世の騎士のような鎧に身を包む赤い瞳の男。刈り上げた短髪はどことなくナミにも似て、しかし赤色のそれは金属らしい照り返しを持っている。軌刃はシオを黙って見るばかりで、その視線は冷たいものだった。

「人間が嫌い、なんですかね?」

シオは首を竦めると更にナミにくっついて軌刃から隠れる。ナミはシオが見ている方向を見て、少女の肩に手を添えた。

「大丈夫だ。こいつが暴走しても何度も抑えてる」

「はい……」

二人の様子を見たオーガスタスとアリザは視線を交わす。

(見た? この懐き具合)

(命の恩人に懐くシオはわかるが、ナミも無警戒とは珍しいな)

(でしょー?)

二人は視線での会話を終えると肩を竦める。

「まあ美少女だし?」

「一因ではあるな」

「え?」

「こっちの話。ご飯いこ! 食堂は人が多いけどあたしたちいるから安心してね」

「は、はい」


 食堂とは言っても百人二百人どころの収容量ではなく、あまりに広いためシオは目を丸くして思わずナミの背に体を半分隠してしまった。

「仕方ないよ。訓練生がまず驚くところだもんここ」

「……この施設、何人いるんですか?」

「何人だっけ? 千は超えてたような」

「二百人一組が中隊だが、この食堂だけでも中隊が五、六組は入る」

「ちゅうたい?」

「中隊は小隊の集まりだ。十人から五十人が小隊。我々サファイア隊のようなイレギュラーもあるがな」

「まず頼もうか」

「あ、はい……」


 四人はカウンターへ向かうとシオを真ん中にしてさっと並ぶ。

「何食べるー? お肉は大豆だけど食事らしい食事出来るからハンバーグとか人気なのよ?」

「食事らしい食事……?」

「保護区の外では現在、ワンプレートの配給制が主流でなどは高級食に分類されている」

「あの、その保護区って何ですか?」

「特別保護区って言うんだけど、治安のいいところを二千年代初頭のように整えて街ごと維持してるの。あ、お豆腐好き?」

「お豆腐は好きです」

「豆腐ハンバーグとかあるけど」

「じゃあお豆腐ハンバーグの定食にします。Bセット?」

「そうそれ」

四人は食堂の端にある丸テーブルを囲むと手を合わせる。

「いただきます」

「いただきまーす」

「いただきます」

(いただきますを普通にしてるなら、本土じゃなくてこっちの人かな?)

と言うのは属州ヤポンのこと。

列島で出来た日本国は第二次世界大戦後、アメリカの属国になっていた。アメリカの一部となった属州ヤポン、西暦二千六十三年。

それが彼らの暮らしている世界だった。

「いただきます」

シオは箸で豆腐ハンバーグを一口サイズに切ると口に運ぶ。

「ん、美味しい」

「よかった。まずいとか言われたらつらいもの」

「保護区以外だとワンプレートの配給制、なんでしたっけ」

「そうだ。まずいメシと嘆く奴も多いが、彼らは味より見た目に不満が強くてな。“食事らしい食事を”と言うデモを何度も行なっている」

「……ちょっとよくわからないです」

「保護区の人たちは外を知らずに育つもんねぇ」

「保護区……」

シオは普通に学校に通い、普通に家庭で食事をしてきた。それが破格の待遇だったのだと十八になって知り、戸惑う。

「私は、どうして保護区にいるんですか?」

「第三次世界大戦になりかけたの覚えてる?」

「授業でやりました」

「ああ、そうか戦後世代だもんね。二十二年前にね、世界大戦になりかけたんだけど、表向きの説明は打倒アメリカを掲げる集団によるテロ。実際は本土で発掘された軌刃が暴走して人間と大戦争。ヤポンもそうだけど古い血筋が絶えてない貴重な生き残りは保護区で保護、他の人はそれ以外のところでまとめて保護って感じ」

シオは思わずエルや、シリウスを見つめてしまう。

「……私さらわれたって言ったでしょ?」

「エルってもしかして私よりずっとお姉さん?」

「年齢だけならね」

「なんてこった」

「エルはなんて?」

「私より年上だって……」

「そうだろうな。軌刃はいつ製造されたか分からないほど古いのに、新品のように陳列されていてな。本土の深い地層にあった遺跡から出てきた」

「古代エジプトみたい……」

「エジプトどころかメソポタミア文明より古いのではと推測されていたが、戦争になってしまったため発掘も調査も進んでいない。分かったことは武器それぞれが意思を持つこと。自らの意思で変形して行動できること。それから、使い手となる人間を自ら選ぶことだ」

「エルと私が会ったみたいに……」

「そうだ」

「そうですか……」

シオは何となくエルの表面、右手の甲を撫でた。エルは嬉しそうに身をよじる。

「ふふ」

「じゃあここにいる人たちは……軌刃に選ばれた人たち?」

「と、その見込みがある候補生たちね」

「軌刃はが回収と管理をしている。我々はその末端だ」

「現場で汗水流すのはもっぱらあたしたちってこと」

「はぇ……」

「で、シオちゃんはあたしたちサファイア隊が面倒見るから、安心してね〜」

シオは箸を口元に添えたまま、パチパチと瞬きを繰り返す。

「お前は訓練を終えたらそのまま我々サファイア隊の一員だ」

「え、ええと……」

「一生面倒見まーすって、こと♪」

「それは、あの、よろしくお願いします……」

シオは隣で面をずらし静かに食事をしているナミの顔も見る。

「……そう見つめられると飯が食えん」

「あ、ごめんなさい」

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